さいしょのはじまり
何度目かの大改稿中
その日のことは、今でも鮮明に覚えている。
「…………んんぅ? ここは……?」
目を覚ました俺は、一人森の中に居た。
「なんで、こんな所で寝てんだ?」
記憶を探ってみると、どうやら昨晩、川から流された挙句辿りついた木の洞に頭から突っ込んで寝ていたらしい。
ってことは、俺は川から流れて来たのか? なんで?
周囲を見渡せばそこは、人が何人も手をつないでやっと一周できると言ったような樹木の生える、大木の森だった。
朝霧に混ざった重厚な緑の匂いが、今でも記憶に残っている。
……恐竜でも住んでそうだ。
そう思って背筋がぞっとした。
「おーい、誰かいませんかー!」
木霊が返ってくるだけで、返事は無い。
訳の分からないまま人を探し続け、途方に暮れた。
本当に、夢の中に居るかのように現実味が無くフワフワとした頭で考えがまとまらない。
汗と泥と涙まみれになりながら、それでも歩き続けた。
なぜこんなところに居るのか、全く理解できなかった。
一瞬、記憶喪失かとも焦ったが自分のことに関してはすらすらと情報が出て来た。
「俺の名前は、功刀 元希。専門学校中退で、今年20歳。家族構成は5人家族の真ん中、ペットのハリネズミの名前はトゲピー。よし」
ただ、どうやら突発的な記憶障害というやつだろうか、この数日の記憶がどうも思い出せない。
専門学校を中退して、海外留学するための手続きをしていた記憶はあるんだが……ってことはここは海外だろうか?
持ち物は、大したものは無かった。
携帯は電源が入らないし、適当な小物類やメモ帳、万年筆程度の物だ。
何故か、見知らぬ緑のビー玉と赤いクリスタル、ついでに赤い宝石のハマった指輪が入っていた。
どこか、宝石の名産地にでも観光に行ったか?
なんかうっすら光ってて綺麗だったから嵌めてみたら外れなくなった……何してんだ俺。
◇
「おぉ……すげー……」
近くから水の音が聞こえ、川に向かえばすぐそばには巨大な滝があった。
マジでどこだ此処。
とりあえずやたら汚れていたのが気になり、川で汗を流そうとして妙なことに気づいた。胸には謎の赤いゼリー状のような大きな傷があるし、洋服は貫かれたようにズタボロだ。
ほんとに、一体俺の身に何が起こったっていうんだ。
さっぱりわからない。
とにかく喉を潤した後、川から流れてきたのかもしれないということを思い出した。そこで、絶壁の途中から噴き出す滝の上に登ってみることにしたわけだが……。
「絶景すぎるだろ……」
思わず口から洩れてしまったつぶやきの通り、崖の上から見渡した先には超広大な土地を覆い尽くす、緑の海が広がっていた。遥か彼方、霞むほど先まで続いた森は、そこでようやく終わりを迎えているようだが、その先は見えない。
樹海って奴だ。あの木が全部、あの大木だと思うとぞっとした。
崖の上の森は普通の広葉樹の森だ。あぁいや、森の中には生き物の気配が無く、普通じゃないな。
それからしばらく、呆然とその絶景を眺め続けていた。
やがて、ふと気づく。
「……腹が減った」
そういえば、ずっと何も食べていない。
何を呆けていたんだろうか。まだ確定ではないが、遭難したのなら食べ物を確保しなけりゃまずいじゃないか。
そう思いとにかく食べるものを探し、ようやく見つけた食べられそうな木の実。
そしてそれをかじった俺は、後悔することになった。
胃がぢくぢくと痛み、意識が朦朧としだした。ようやく逃げ込んだ洞穴で意識を失ってしまったのは本当に不用意だったと思う。
いい子の皆は、遭難しても見知らぬ木の実なんて食べるんじゃないぞ。お兄さんとの約束だ。
今思えば、此処で死んでいてもおかしくなかったよな。
◇
やがて訪れた、夜。
そこで俺は、この世界の真の姿を目の当たりにすることになった。それまで何も生き物が居なかったのは、今でも謎で仕方ない。
「うわあああああ!!!」
暗闇に、悲鳴が響き渡った。
真っ暗な森の中で現れ襲って来たのは、巨大な頭を持った原始人のような化け物。さらに、甲殻類にイソギンチャクのような触手のついた生物など見たことのない奇妙な生物たち。
森の中には、昼に存在しなかった化け物が跋扈しており、俺は命からがら走り回った。
「で……でかい。でかすぎるだろ……」
辿りついた崖の先には数百メートルを超える巨人が、地響きを立てながら樹海を動き回る。慌てて逃げ出した先で、目の前をフワフワと漂う妖精を捕まえれば、魔法のような物で吹き飛ばされた。
「月が……二つある」
吹き飛ばされ、意識を失う前に見た夜空には、巨大な月が二つ浮かんでいた。
どうやら、俺は異世界って奴に来てしまったらしい。
これが、異世界遭難二日目の出来事だ。