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原初の地  作者: 竜胆
1章
25/144

せいぞんのからくり



「ぐすっ! とげぞう、ほんとうに生きててよかったなぁ」


 10分後、俺はいまだに泣きながらとげぞうと向かい合っていた。

 目を離すと全てが夢で、突然とげぞうが消えてしまいそうで怖かった。


 とはいっても、さすがに俺も気持ちが落ち着いてきて周りが見えだした。

 周囲は血なまぐさい匂いが充満し、地面は大量に出た血が吸い込まれてどす黒くなっている。


 生皮を剥がれた目のない熊が恨みがましい顔でこちらのことをみているし……。


 ほのぼのとした時間を過ごすにはちょっと雰囲気がありすぎる。


「そろそろ帰ろうか、とげぞう。俺たちの家にさ」

「きゅ!」


 とげぞうが返事をし、俺のフードへと駆け上がろうとした時だった。


「っつぅ!」


 突然右腕に痛みが走り、慌ててその箇所を見てみると虫刺されがまるでプリンのように大きく成長していた。


 俺はあまりの痛みに、地面の上でその腕を悶えさせる。

 力いっぱい地面に向かって押し付けないと痛みでおかしくなりそうだった。


「きゅー……」


 その虫刺されを、とげぞうがくんくんと匂いを嗅ぎながら舐めてくる。


 だいじょうぶ? だいじょうぶ? と俺のことを気遣ってくれているようだ。


「が……くぐ……」


 あまりの苦痛から脂汗が止まらない。

 まるで腕の中から外に向かって釘を撃ち込まれているような痛み。

 そして、次の瞬間だった。


 ――ブシュッ!


 俺の腕にできたプリンが、破裂する。


「があぁぁぁ!」


 今まで以上の激痛が俺の腕を走り、思わず声が漏れた。

 噴き出た膿のような汁の中に、蠢く黒いものが見える。


 中から出てきたのは――


 数匹のムカデ。


 黒いウネウネが俺の腕にある出来物を食い破って這い出てくるではないか。


「う……うわああああああ!」


 そのおぞましさに、俺の口から悲鳴が漏れた。

 背中が粟立ち、体が固まる。


 ムカデたちは、俺の腕の中からその長い体を引っこ抜くように這い出てくる。


 やがてそのムカデたちは、俺の腕から全身を……。


 ――カプ。


 ……は?


 ムカデたちが、俺の腕から残りの半身を引っこ抜こうとズリズリと這いだしているところを、待ち構えていたかのようにとげぞうが食いついた。


 バリバリと音を立てながら、ポッキーを食べるかのようにムカデの体がとげぞうの口の中に吸い込まれていく。


「うわあああああああああああ!!」


 とげぞうは鼻に皺が寄るほど大きく口を開け、バリバリと音を立てながら俺の体から生まれたムカデたちを平らげてしまった。


「きゅ!」


 とげぞうが満足そうな顔で俺の方を振り向く。


「うわあああああああ!!」


 あまりに衝撃的な映像に、俺はしばらく悲鳴を上げ続け、再開の感動は銀河の彼方へと飛んで行ってしまったのだった。











 ……遭難16日目。


 先日の熊退治の後、俺ととげぞうは数日拠点に籠っていた。

 満身創痍の体がギシギシと軋み、動こうにも動けなかったのだ。


 あの後、俺はとげぞうを連れて拠点へと戻った。

 熊の死骸は量が多すぎたため、片腕と、毛皮を引きずりながら何とか持ち帰っただけで、残りは放置してきた。


 腕だけでも俺の身長近い大きさなのだ。これだけあれば十分だろう。


 その時に気付いたのが、とげぞう生存のカラクリ。


 とげぞうが、毛皮の下でもぞもぞしていた場所。

 あれは、俺が熊に向かって槍を突き立てた場所の近くだ。


 俺が熊に槍を突き立てる直前、熊は俺が立っていた場所に向かって全体重を乗せたストンプを行ってきた。


 その場所は、大きく地面が陥没しており、そこそこの深さがあった。もしかしたらもともと地面に空洞があったのかもしれない。

 なんのことはない、その穴にとげぞうが入り込んでいたというだけのことだったのだ。


 もともと巣穴を地面に作っている穴掘りが得意なとげぞうは、熊の攻撃が来る瞬間穴に入り込み、地面の土を巻き上げてカモフラージュしたのだ。


 あの瞬間、妙に土埃が舞い上がったのもそのためだったのだろう。


 ネタバレしてみるとものすごく単純なことだ。

 ただ、あの時熊が薙ぎ払いではなく、上からの叩きつけを行っていたらどうするつもりだったんだろうかとか、匂いで生存がばれていて追い打ちをかけられようとしていたことなど、いろいろ計画に穴がある辺りとげぞうのあほの子っぷりが目立つ。


 かなりギリギリの綱渡りだったということだ。


「このあほぞう、助けてくれたのはうれしいけど、俺はお前を犠牲にしてまで生きたいなんて思ってないんだからな」

「きゅ!?」


 共に拠点で横になりながら、俺はとげぞうに向かって話しかけた。

 死ぬほど取り乱しといて言うのもアレだが、俺は他人を犠牲にしてまで生きたいとは思わない。


「キュ! キュ!」


 とげぞうが地団太と、うそこけ! お前めっちゃ命乞いしてたやんけ! と言った感じで何かを訴えている。


 確かに俺は思い出すと死ぬほど恥ずかしい取り乱し方をしたし、実際死にたいとは思っているわけではない。

 だが、とげぞうを見殺しにしてまで生きたいとは本気で思っていない。あの時は恐怖で体が動かなかっただけだ。


「わかったわかった。確かに俺は死にたくない。でも、お前にも死んでほしくないんだよ」

「きゅー……」


 俺の真面目な口調に、とげぞうは、怒られたと思ったのかシュンとしてしまった。


 とげぞうに助けられた時は、ほんとうにうれしかった。目を開いた瞬間とげぞうが俺の前に立ちふさがり、小さな体であの巨大熊に立ち向かっていくのだ。その姿はまさにヒーロー。こいつは、俺にとってのヒーローなんだ。

 だからこそ、俺なんかのために死んでほしくない。


「今後もきっと、今まで以上に命の危険が及ぶようなことがたくさんあると思う。その時は……一緒に生き延びる方法を考えようぜ。どっちかが犠牲になってなんてのは無しだ」


 こうやって約束しておかないと、とげぞうはきっと俺のことを守ろうと自分を犠牲にしてしまう気がする。


「きゅー……」


 納得したのかしてないのか、とげぞうは小さく返事をした。


 熊を退治して二日、拠点にずっとこもりっぱなしだったのは、ただ傷の治りを待っていたというわけではない。

 熊を殺した日から、森の雰囲気が一変してしまったのだ。


 なんというか、森が殺気立っている。

 うまく表せないのだが、妙に森の雰囲気がピリピリと張りつめているのだ。

 さらに、以前立てた仮説が全然役に立たない。


 明らかに熊を退治する前まで俺のことを無視していたような奴らが、俺のことを見るなり襲って来たり逃げ出したりという反応を見せるようになったのだ。仮説自体、全部が全部間違えていたのかどうかはわからないが、これでは何の役にも立たない。


 まるで今まで被っていた透明マントを突然剥がされてしまったかのような……。


 こうなったらもはや、竹を伐採するなんて悠長なことは言ってられなくなった。


 まだまだ俺のことを見えてない奴らもいるようだが、こう段階的に反応する奴らが増えてくるということは、この森に居れば居るほどどんどん危険になってくるということだ。


 早急に脱出に向けて動き出さなければならない。

 広さがどうこうとか言ってる場合じゃないため、今ある24本の竹を使って3層構造の長方形の筏を作ろう。


「っとその前に腹ごしらえしないとな」

「きゅ!!」


 俺がニヤリと笑いながらそういうと、とげぞうが嬉しそうに飛び上がり、その場にお行儀よく座り込んだ。


 俺は軋む体を起こし、広場の木へと歩みを進めた。

 広場に入った途端、体が脱力して疲労が襲い掛かる。

 以前よりも脱力感がひどくなったような気もするが、これもだんだん症状が悪化するものなのだろうか。


 俺は木の近くまで行くと、周囲に敷き詰めてあるものを数枚拾って再びとげぞうが待つ森の中へと戻った。


「ほら、とげぞう。お待ちかねの熊肉ジャーキーだ」

「きゅーー!」


 俺が地面に肉を置いてしまう前にとげぞうが肉にかぶりつく。

 ガツガツと、あっという間に平らげてしまった。


 俺は持ち帰った熊の腕を解体し、干し肉を作っていたのだ。

 塩もなにもないため、うまくできるか心配だったが水分を取ってやり、さらに生き物が寄り付かない広場で干すことによって虫がたかることも無く綺麗に干すことができた。


 とげぞうはこれを食べたくて食べたくて仕方なかったようだが、しっかり乾かすために今日までお預けしていたのだ。

 盗み食いしようとして、広場で力尽き倒れているとげぞうを見つけた時は呆れてしまった。


 味付けが何もできないため肉本来の味しかしないが、まだ干して日が浅いため硬すぎることも無く、噛み続ければ肉の甘みが広がってくる。


 熊独特の臭みが多少気になるが、味がない分それも味だと思って食べれば案外いけるものだ。

 当然普通に食べようと、火で調理もしようとしたのだが、失敗したことは言うまでもない。


「んぐんぐ……よし、それじゃ行くか!」


 俺も肉を一枚口に放り込みながら、素早く身支度を済ませると拠点を後にした。







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