あくてぃぶのんあくてぃぶ
……遭難13日目。
とうとう、秘策が底を尽きた。
現在竹の本数は、24本。8本1組を1層として、長方形3層構造にすることも可能だが、それだと結構狭くなってしまう。
やはり14本の縦横を組み合わせた、正方形2層構造で、28本。残りの4本でパドルや帆を作りたいところだ。
「あと2往復か……。行ける……よな? とげぞう?」
不安になり、思わずとげぞうに確認してしまう。
「きゅ!」
とげぞうは無邪気に俺の頭の上でポーズをとっていた。
この数日、森の中を歩いていて気づいたことがある。
この森の生き物についてだ。
この森の生き物たちは、俺のことを無視する奴とそうじゃない奴がいることは前々から分かっていたことだ。
それに関して、新たに仮説を立てた。
たとえば、妖精やトレントは俺のことを無視する。
猿や蛇は、明らかに俺を襲ってくる。
ほかにも、俺に気づいても逃げる小動物がいるのだが、俺のことを気づいた奴とカウントすることにしよう。
これらの生き物たちを、自分なりに分析してみた。
そしてある共通点を見つけ出したのだ。
「この森の生き物は、俺の見知ってる生き物ほど、俺のことを認識する」
「きゅ?」
俺のつぶやきに、とげぞうが反応する。
このとげぞうだってそうだ。
こいつは、日本で俺が飼っていたハリネズミと、同じ種類だ。こいつは俺のことを最初から見えていた。
蛇や猿も、俺のことをいきなり襲ってきた。
そして、妖精やトレントなんてファンタジーな生き物は俺に気付かなかった。
俺のことに気付いて逃げ惑う小動物も、角が生えていたり妙な毛色をしていたりと、普通の生き物とは違うが、俺に気付く奴はベースとしての種類はある程度判別できる奴が多かった。
角のあるキツネ、二足歩行の狸、耳が異常に長く、刃物のようなものが先端に付いたウサギなど、様々だ。
種類自体は知らないが、どこかで見たことあるような生き物というのも結構いるのだ。
それに対して、まったく俺に気付かない小動物達。やはりそれらは種類を分けろと言われても、どこに該当する種類なのかわからない生き物が多かった。羽の生えた切り株のような生き物や、転がる毛玉のような生き物など、何とも形容しがたい生き物たちは、俺の前を素通りしていく。
まるで、ゲームのような生態だ。
俺がプレイしていたゲームでは、積極的にプレイヤーを襲ってくるアクティブモンスターと呼ばれる生き物と、まるでそこにプレイヤーが存在しないかのように素通りする、ノンアクティブモンスターという生き物がいた。それにそっくりだと思ったのだ。
そこで俺は、俺のことに気付く奴をアクティブ、気づかない奴をノンアクと、ゲームで使っていた時の用語そのままで呼ぶことにした。
この発見は、正直かなり重要な発見だと思っている。
つまり、警戒すべき生き物がある程度絞れる。
どっちに区別するべきか微妙なやつもいるが。
たとえばアリ。最初はノンアクだったはずなのに、途中で俺のことを襲ってきたし、イソコマも、最初の遭遇の時はわからないが、糸を取りに行ったときは、危険を感じた時のような動きを見せていた。
だが、それらを差し置いても明らかに地球にいなさそうな生き物は、結構な確率でスルーしても大丈夫と言うことだ。
逆に、ぱっと見で種類を言い当てられる生き物はかなり危険だ。
「これらを気を付けていけば……なんとか今日くらいはやり過ごせる……とおもうんだけど……」
正直かなり不安だ。仮説は立てたばかりだし、何よりも大ざっぱすぎる種類分けに信憑性がない。
見知った生き物同士が、合体したような生き物までいるわけで、結局かなりの確率で生き物に出会うとまずいということになる。
データが揃った時はかなり有用な仮説だが、そうではない今、俺はビクビクと物音にビビりながら森の中を進んでいくしかなかった。
◇
「仮説はやっぱり正しい……よな? とげぞう」
「きゅ?」
なになにー? といった具合に、とげぞうが首をかしげる。
まぁ理解できないだろうな。ほとんど独り言みたいなもんだから気にしないでくれ。
最近すっかりとげぞうに話しかけるのが癖になってしまった。
難しい話は理解できないみたいだが、反応が帰ってくるのが何よりもうれしい。
森の中を進んでいると、やはり見知らぬ生き物だけが平然としている。
今目の前にいるのは、綿。
いや、ふわふわの綿のような体を持った、二足歩行の生き物だ。
俗にいう、綿毛のような~ではない。完全に綿なのだ。ぬいぐるみの布の部分を綺麗に剥いだような姿をしている。
目や口は無い。なんとなくそれに似たくぼみがあるだけだ。
こいつは俺の前をよたよたと歩き、時々転びながら森の奥へと消えていった。
動きはユーモラスだったのだが……この森で生きていけるのか不安な生き物だったな。
俺はこいつを≪フワッチョ≫と名付けることにした。
実は、アクティブ、ノンアクの生態に気付いたことで、生き物のリストを作ることにしたのだ。
結構な数の種類が居るこの森の生き物の生態を、頭だけで管理するのは不可能だ。
そのため、手帳とペンがあるのだから、リストを作ろうと思ったのだが、名前が無いとリストの作りようがなかった。
そこで、出会った生き物の名前を片っ端から付けることで、ノンアク、アクティブに種類分けできるようにした。
「フワッチョはまるっと」
早速その場で手帳と万年筆を取り出し、リストに書き込む。
こうすることで、忘れるのを防ぐとともに、森の生き物の生態も把握できる。
「できれば写真がほしいところだけどな……」
そう呟きながら、簡単な絵と、特徴を書き込んでいく。
さすがに自分で名づけた生き物の名前だと、あとから見直してもどれがどれだかわからない可能性がある。
絵心も、ネーミングセンスもお察しだが、まぁ自分が理解できればそれでいいだろう。
「む……またか」
暫く森の中を歩いていると、またもや周囲が荒らされている場所へと出た。
今回も同じ爪痕があちらこちらに残されている。
「ここら辺をずっとうろついてるみたいだな……定期的に暴れてるみたいだけど、何してるんだこいつは?」
何かと戦っているのだろうか? にしても、爪痕はこいつの物しかないようだ。
――ッォォォォ……。
何もわからず、先を急ごうとした時だった。
森の奥から低い何かの鳴き声のようなものがかすかに聞こえた。
「お……おい、とげぞう今の聞こえたよな?」
「ふしゅ!」
とげぞうが警戒している……つまり、今のは相当ヤバイってことだ。
「急いでここを離れるぞ」
なんだかわからないが、ここに居るのは拙い気がした。
徐々に、徐々にだが、荒らされた地点が、俺たちの拠点の方向へ近づいているのも気に食わなかった。
◇
「はぁ……はぁ……。くそっ何なんだ一体!?」
荒らされた地点を離れて10分ほどたっただろうか。
身を隠しながらも、早足で進んでいた俺の後方から聞こえてきたのは、木々をなぎ倒す音だった。
最初は遠くから微かに、そしてそれはだんだんと大きくなっていき、俺たちの方向へと近づいてきているのが分かった。
……俺たちを、追ってきているっ!
今ではバキバキという大きな音が、かなりはっきりした音で聞こえている。
どうやら木々を気にせず一直線に俺たちの方へと向かっているらしい。
最初は周囲を警戒しながら進んでた俺たちだったが、今ではそんなこと気にしていられない。
ほぼ全力で森の中を駆け抜けていた。
あれに捕まるとヤバい。本能がそう伝えてきていた。
何とか撒くことができないかと木々の間をジグザグに走ってみるが、そんなことは無意味だった。
相手は障害物など気にせず近づいてきている。
なにか、何か手立てはないのか!?
徐々に迫ってくる威圧感。
気持ちだけが焦っていた。
相手の正体が気になりちらちらと後ろを振り向く。
薄暗い森の奥は視界が悪く、何が迫ってきているのかなんて全くわからなかった。
「――ガッ」
一際巨大な木の倒れる音が聞こえ、走りながら後ろを振り向いた瞬間、体が何かにぶつかり後ろに跳ね飛ばされた。
思いっきり走っていたため、すごい衝撃だった。
「いてぇ……」
思い切り打った顔を押さえながら、ぶつかった黒い物に目をやる。
それは巨大な三本足の、牛だった。
先日見かけた、三輪トラックのような奴だ。こいつの尻にぶつかったらしい。
普通の牛の倍近い大きさがあるのではないだろうか。あまりのデカさに俺の顔が引きつる。
俺がぶつかったことで牛がこちらを振り向く。そして俺のことを認識した瞬間、目の色が変わった。
眠そうだったその目は、まるで猛獣のような殺気だった目へと変わり、口からはよだれがぼたぼたと垂れている。
「や……やばい……」
明らかにキレている。
この状態になった牛を、俺はテレビで見たことがあった。
スペインの、闘牛だ。
完全にあれと同じ目をしている。
牛は、思い切り後ろ足で地面をかきながら、頭をクイッと地面へと向けた。
――来るっ!!!
すでに俺の体は、無意識のうちに思いっきり横へと飛んでいた。
ものすごい音と共に、黒い塊が俺のすぐ隣をすり抜けていく。
牛は俺の後方へと突き抜けて走って行き、そのままの勢いで森の茂みへ突っ込もうとした瞬間――
牛が、ぶっ飛んだ。