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原初の地  作者: 竜胆
1章
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もりのいきものたち



 ……遭難11日目。


 この日朝早く、遭難して初めて森に雨が降った。

 スコールのように短時間で大量に降った雨は、出かける準備をしていた俺の体をビッショリと濡らすと、あっという間に晴れてしまった。





 今日も今日とて、竹の伐採に向かう。

 雨露が朝日に反射してキラキラと輝く。

 そんな清々しい森の中を、俺はコソコソと歩いていた。


 とにかくこれが、今俺が何よりも優先してやらなければならない仕事だ。

 未だにアリに踏みつぶされた全身は当然として、蛇の酸が当たった場所や、様々な傷が痛む。


 これが日本だったら確実に病院で安静にしてるところなんだが……。

 一日でも早くこの森から抜け出したい一心で体を動かしている。


 今朝降った雨は、出かけるために俺の体に施していた秘策まで洗い流してしまった。


 秘策を使える回数は限られている。

 使えてあと3回と言ったところだろうか。


 ……効果時間はおよそ半日。筏を作れるだけの量を手に入れるまであと4往復……いや、6往復は必要だろうか。

 つまり、今日合わせて3日間はかかる計算だ。


 秘策を使うと、とある理由で森の生き物に出会う確率が極端に下がる。森を移動するときに重宝するものだ。


 出し惜しみするつもりはないので、今日2回と明日2回で使い切って、最終日をなんとか自力でやり過ごす予定だったのだが……。


 突然のアクシデントで、一回分をおじゃんにしてしまった。


「とりあえず今日の午前中は、これを使わずに様子みてみるか……どうせ筏の材料が揃うまで数日かかるんだ。これを使わずに森を移動する訓練もしておかなきゃだしな……」


 秘策を使うのを止めた途端、森の中に、命の気配が溢れかえったような気がする。


 ガサガサと茂みの奥から聞こえてくる音や、虫や鳥の鳴き声が、俺をビビらせる。


「きゅ!」

「ひっ!? なに!」


 ……何もない。

 フードの中でとげぞうが鳴いただけだった。


「馬鹿! めっちゃビビっちゃったじゃないか!」

「フシュ!」


 小声で八つ当たりすると、とげぞうが拗ねてしまった。


 そのまましばらく歩いていると、今度は音だけではなく妙な異臭が鼻を突いてきた。


「はぅあっ!! 何だこの匂いは! とげぞう注意しろ何かいるかもしれないぞっ!!」


 慌てて俺は草むらに身を隠し、周囲の気配を探る。


 ……スンスン。


 どこから匂ってくるんだこの匂いは。ものすごく匂いが強い、なんだかヤバイ気がする。


 ……どこだ、どこにいる? 


 立ち止まった途端、匂いはさらに強烈になった。


 まずい、追われている……?


「きゅー……」


 とげぞうが、フードの中でババ垂れていた。 


「うわーーー!! このバカっ!! どこで糞してんだ!!」

「ふしゅっ!」


 くそ、体は痛むし、虫刺されはかゆいし、とげぞうはビビらせてくるし……。

 秘策使わないと森の中がむちゃくちゃこえぇ……。


「や……槍もあるし、大丈夫だよな?」


 思わず槍を握る手に力が入る。

 槍を作ってから秘策に頼りっぱなしだったため、未だこの槍の活躍の場は、竹を切ることぐらいしかない。


 ノンアクの奴を狩れば食糧になりそうだが、今のところ動物を殺してまで食糧が必要だという事態ではないため、まだ狩りも行っていないのだ。


 下手に動物に手を出して危険なことになるのも困る。

 出来ることならこのまま活躍しないで終わってほしい。


「きゅ!」

「ひっ!! だからびびらせるなって!」


 再びフードの中でとげぞうが、俺の呟きに反応する。

 すぐ耳の後ろで鳴かれるからびびるんだよ……。


「フシュ!」


 また拗ねてしまった。










「またこれか……なんなんだよこれは?」

「ふしゅ!」


 森が荒らされている。


 先日見たのと同じだ。場所は違うが、荒らされ方が同じ所から、犯人は同じ奴だろう。

 なぎ倒された木には鋭い爪痕が残されている。


「秘策も使ってないし、こいつにだけは会わないようにしないと……」


 荒らされた後は、森の奥へと続いている。

 幸い、俺が向かう湿地帯とは方向が違うようだ。


「とにかく注意して進もう……」

「ふしゅ!」


 まだ拗ねてるのかこいつは。





 森の中は、いつも以上に見知らぬ生き物で溢れかえっていた。


 ……これは秘策を使っていないからという理由だけではないな。

 多分だけど、雨が降ったからってのもあるんだろうか。見たことない奴を大量に見かける。


 突如巨大な音が聞こえたかと思うと、木陰に隠れる俺の目の前を、足が3本の牛のような生き物が走って行った。

 まるで三輪の軽トラみたいな奴だった。


 土の中から顔を出しているのは……なんだこれ?

 カブトムシの胴体だけが土から生えている。それも10体以上が密集して生えている。


 大きさは50センチほどだろうか。足をワキワキと動かしながらずっと突き刺さっている。

 謎だ。


 他にも、二足歩行の狸のような奴が歩いていたりと、様々だ。

 これらの生き物たちは、俺に反応する奴、反応しない奴がいる。


 中でも俺のことを無視してるような奴は、やはり割合が多い。


 今俺の目の前を飛んでいる、巨大な羽虫もそうだ。

 こいつは、巨大化したガガンボのような姿をしている。

 細長い手足と、巨大な透明の翅をもっていて、それらを合わせると俺の身長より大きい。


 ボボボボボという、嫌な羽音を響かせながら、今いる湿地帯の木々を縫うように飛んでいる。


 竹を伐採する前に、竹を結ぶための蔦をここまで取りに来たのだ。

 これが無ければ筏を作れない。


 だが、なにも今日来る必要は全然なかったことに来てから気づいた。

 秘策を使ってる時に来ればよかったのに……。

 人間緊張すると視野が狭まってしまうものだ。


「ふしゅっ!」


 まだこいつは拗ねてるのか。


「おい、いい加減――うお!?」


 フードの中で拗ね続けるとげぞうに声をかけようと後ろを振り向いた時だった。

 先ほどまで少し離れた場所を飛んでいた巨大ガガンボが、いつの間にか俺の背後に回り込んでいた。


 どうやら翅を動かすのを止め、ゆっくり滑空することで無音で飛んでいたようだ。


「こいつ、いつの間に……なんだ?」


 とげぞうはこいつを警戒していたらしい。

 巨大ガガンボは、俺のすぐ近くまで滑空してくると、再びボボボボという耳障りな音を立てながらその場でホバリングを始めた。

 さらに妙に膨れ上がったお腹の部分を俺の方向へと近づけてくる。


 ――ピュッ


 クイッと向けられたガガンボのお尻から、突然何かの液体が飛び出す。


「うお! あぶねぇ!」


 間一髪それを避けた俺は、液体がかかってしまった木を見た。

 木には何かドロっとした液体が付着している。


「なんだこれ……?」


 さらによく見ていると、その液体が震えだした。

 プルプルと震える液体は、そのまま木を流れ出すと地面まで滑るように落ちていく。

 だがそれでも動きは止まらない。


 面白いなコレ。スライムみたいだ。


 泥地の中を、ゼリー状のものが流れていく。

 ゼリーはしばらく地面の上を移動した後、少し離れた場所で止まった。


「っ!?」


 その途端だ。その地面が突然弾けた。


 いや、巨大なカエルが突然泥の中から跳ねたのだ。

 子犬くらいの大きさはあるだろうそのカエルは、地面に着地した途端、崩れ落ちる。


 シュウシュウと白い煙を上げながら、一瞬で骨になってしまった。


「な……」


 あっけにとられる俺を無視して、その死骸の近くに留まるガガンボ。

 そして、針のような細長い口を死骸に付けると、付着しているゼリーをチューチューと吸い上げてしまった。


 ゼリーを吸い尽くしたガガンボは、何事もなかったかのように嫌な羽音を立てながら森の奥へと消えていった。


 「か……帰りましょうかとげぞうさん」

 「きゅ……」


 近くに垂れ下がる蔦を慌てて数本採取すると、そそくさと来た道を引き返し、竹の伐採へと向かった。


 

ガガンボってのはでかい蚊みたいなやつです。

足と羽が異常に大きいです。


本体は気持ち悪いですが、名前を気に入ってます。

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