やりといそこま
大改稿中
……遭難10日目。
「すぅ……すぅ……。……うがっ!!」
腕に走った突然の激痛で目が覚めた。
「いってぇ……なんだ!?」
慌てて地面を調べると、細長いムカデのような虫が草むらの中へと逃げていく姿が一瞬だけ見えた。
すっげぇキモイ。
……最悪だ。
ギリギリ広場の外、森の中で寝るようになって一日目、早速虫に刺された。
◇
「これはまぁ、使えるか……?」
虫刺されで目を覚ました俺は、朝からショルダーバッグの中身をひっくり返して中身を漁っていた。
筏を作るにあたり、もう一度何か使えるものがないかと思って、持ち物を確認していたのだ。
これは使えるぞ! というものは特になく、片づけようとしたところで気が付いたことがある。
「赤い結晶がどっかにいってるなぁ……まぁもともとなんであんなの持ってたのかすら謎だけど、ごたごたの中で落としちゃったのかな?」
特別大事なものでもなかったので、気にしないことにした。
◇
「あーあ、虫に刺されたところが腫れちゃってるよ。ム○なんてここにはないからなぁ……キン○ンっぽいミカンの皮でも擦り付けとくか」
物がないというのはつくづく不便だ。蚊に刺されたよりもちょっと大きいくらいの虫刺されは、ジカジカとしたかゆみを伴っている。
ボリボリと虫刺されを掻きながら、俺は森の中を歩いていた。
腰には牙を、手には杖を持って居る。
筏を作る前に、やることがあることを思い出した俺はある場所に向かっているのだ。
「あの糸なら多分大丈夫とおもうんだけどなぁ……まさか牙の切れ味にこんな弊害があるとは……」
実は今日、拠点で武器を作ろうとしたのだ。
牙と杖を組み合わせて槍にしようとしたのだが、うまく組み合わせることができない。
蔦でぐるぐる巻きにして無理やりつなげようとしたら、牙のあまりの切れ味に、結ぼうとした蔦が切れてしまった。
「この杖、なんか知らんけど地味にめちゃくちゃ硬いしなぁ。切れ味抜群の牙と組み合わせたらすごい槍ができるとおもったんだけど……」
やはりそうそううまくいくものではないらしい。
そこでふと思い出したのが、初めて森を彷徨った日に猿を真っ二つにしたピアノ糸だった。
森に張り巡らされ、俺を追いかけて来た猿を真っ二つに切り裂いた恐ろしい奴だ。
――ビィィン……
草木が生い茂る森の中、以前糸が張ってあった辺りで杖を振り回しながら歩いていると、何かを弾いた感触がした。
「お、あったあった」
目を凝らしてみると、空中に細い糸が張られている。
糸は思った通りかなりの剛性があり、四苦八苦してなんとか採取した俺は、嬉々として拠点へと戻り牙の槍を作り出すのだった。
「できた! かっこいいだろとげぞう!」
完成した槍は、100センチほどの杖に、3~40センチほどの白い牙が乗ったシンプルなデザインだ。
連結部分に使った糸が銀色に輝きアクセントになっている。
糸を大目に採取できたため、すべり止めとして手元にも銀色の糸を巻き付けている。
≪牙の槍≫が、ここに完成した。
「きゅ! きゅ!」
とげぞうはわけもわからないまま嬉しそうに俺の周りを走り回っている。かわいいやつめ。
「まさか、この綺麗な糸をあいつが出してるとはねぇ……」
実はこの糸を採取した後、とげぞうが突然フードから飛び出し、草むらをガサゴソと探り出したのだ。
不思議に思った俺が草むらの周囲を探ってみると、気持ちの悪い生き物が隠れていた。
イソギンチャクに蜘蛛のようなカニのような足がびっちりと生えた生き物。
この世界に来てすぐの事だ。赤い木の実を食って倒れた俺が、岩穴で休んでるときに足を上ってきた気持ち悪い生き物がこいつだ。
磯っぽい感じと、多脚ロボっぽさから俺が≪イソコマ≫と名付けたその生き物は、見つかった途端危険を感じたらしくイソギンチャクのような触手の部分から銀色の糸を吐き、自分を覆ってしまった。
木の間に張ってある糸と同じ糸だ。
どうやらこいつはこの糸を使って狩りをしているようで、引っかかった獲物の血を啜って生きているらしい。
蜘蛛の仲間だろうか? 見た目だけじゃなくて生態も気持ち悪い奴だった。
俺は牙の槍を試しに振り回してみる。
見た目よりも軽いその槍は、非力な俺でも取り扱いが難しくなく、丁度いい。
――ザシュッ!
適当に振り回していたら、近くにあった木に当たってしまった。
俺の腕ほどもある木の幹が、ズレる。
「あぶ! あぶね!!」
「フシュ!!」
バキバキと他の木の枝を折りながら、木が倒れてしまった。
幸い俺たちが居る方向とは反対側に倒れてくれたからよかったが、危なかった。
すさまじい切れ味だ。
「ふははははは! 勝てる! これで勝てるぞ!!」
誰とも戦う予定なんてないが。
槍を構え、ハイテンションで笑う俺の隣で、とげぞうがイイゾ! イイゾーと言わんばかりに前足で空中を掻いていた。
かわいいやつめ。
◇
1時間後。
「うわ……なんだこれ?」
そこは、森の一区画だけまるで嵐にあったかのような状態だった。
木が数本なぎ倒され、そのなぎ倒された幹には巨大な何かの爪痕のようなものが付いている。
「こえぇな。猛獣がいるかもしれないしここら辺には近づかないでおこう」
素早くその場を離れて先を急いだ。
武器が完成した俺は、竹の採取に向かっている途中なのだ。
竹をどうやって大量に集めるか悩みどころだったが、この槍さえあれば伐採事態は楽にできる。
問題はどうやって運ぶかというところだが、これはもうどうしようもない。
枝葉を綺麗に落とした竹材を地道に運ぶしかないだろう。
筏を作る場所は、崖下の滝つぼだ。
あそこは大きな岩がゴロゴロ転がっているが、その点拓けていて作業するにはもってこいの場所だろうと思う。
ただし、竹林から崖下まで歩いて、さらにそこから滝まで行くには最低でも片道2時間はかかる。
往復で考えると、4時間。1日2往復するのが限度だった。
さらに持てる竹の量も限られてくる。
切ってみてわかったが、枝葉を落として、筏に必要な長さに加工しても結構運びにくい。
両手に2本、脇に挟んで2本を無理やり引きずって運ぶのが限界だった。
少ないって? 抱えようと思うと、案外重いんだよ竹。
1日2往復で4本ずつ。8本しか運べない。
作る筏の大きさにもよるが、できれば浮力を得るために2層か、それ以上の構造にしたい。
3日……いや、4日は竹材運搬が必要になりそうだ。
「はぁ……これは想像以上のしんどさだぞ……」
竹を引きずりながらようやく、崖の上までたどり着いた。
俺は休憩がてら昼食を取ろうと、がけっぷちに座り込みバッグから果物を取り出す。
皮を剥いてからとげぞうに一切れ与えると、崖の上からの絶景を楽しみながら果物を口に頬張った。
今日の昼食は、トゲトゲで覆われたキウイのような果物だ。
疲れた体に甘い果汁がうれしい。
「風が気持ちいいな、とげぞう」
「きゅー」
とげぞうが俺の膝の上で気持ちよさそうに目を細める。
景色も最高だ。まさに絶景。
頭上を飛び交う怪鳥がものすごく邪魔だが、襲ってこないのだから目をぶつろう。
遠くを見ると、さらに巨大な鳥が、気持ちよさそうに空を飛んでいる。
すごくのどかだ。
「湖も光に反射してきらきらと……湖!?」
驚き思わず二度見してしまった。
さらに見間違いだろうと、ごしごしと目を擦ってもう一度じっくりと見つめる。
……どうみても水だよな? 一体全体どうなってんだよ。
前回来たときは間違いなく湖なんてなかった。
「何度見ても……湖……だよなぁ?」
眼下を流れる川が、森の中腹部で湖へと流れ込んでいる。かなりの広さだ。
湖だけじゃない。森を改めてよく見てみると、点在する広場の場所が変わっていたり、丘が無くなっていたりと結構森に変化が起こっている。
「どういうことだよ……ここにきてまたわけのわからないことが……」
不思議不思議だと思ってたこの森の不思議は、留まるところを知らない。
よく考えると前回ここに来た時感じた違和感は、気のせいなどではなかったのだろう。
まさか地形自体が変わってしまうなんて……あ。
これはちょっとまずいかもしれない。
「とげぞう、休憩は終わりだ。先を急ぐぞ」
「きゅ!」
とげぞうは果実の欠片を慌てて食べると俺の体を駆け上り、フードの中に潜り込んだ。
嫌な予感が当たっているとすれば、悠長に休憩など取っている余裕なんてなくなってしまうかもしれない。




