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原初の地  作者: 竜胆
1章
15/144

とげぞう

大改稿中




「……シュ! フシュ! フシュ!!!」


 ……何の音だ?


 どこか聞き覚えのある懐かしいような音が聞こえ、俺はうっすらと目を開いた。

 硬い地面が目の前に広がっている。


 あぁ……そうか、広場を抜けた瞬間力尽きて……。


「グォォォォォォ!」


 ――ビクッ!


 巨大な重低音がビリビリと腹に響き、ぼんやりとした思考を遮る。


「なっ!?」


 あまりにも巨大な音で、ハッキリと目が覚めた。

 いったい何が――っ!?


「グルルルル……」


 慌てて起き上がった俺の視線の先に、巨大な緑の熊が仁王立ちしていた。

 あいつは……アリと食べ物を奪い合っていた剛腕熊だ。

 巨大な腕を大きく振り上げ、二本足で立っていた。


「フシュ! フシュ!!」


 さらに、俺と熊の間にはハリネズミが針を立てながら威嚇している。

 先ほどから聞こえていたのは、日本でペットのハリネズミが針を立てるときの音と同じ音だった。


「お……お前!」


 元気になったのかとか、何してんだとか、どうなってるんだとか、色々かけたい言葉がありすぎて言葉に詰まる。


 というか、これはどういう状況だ?


 おそらく、俺が気絶している間に熊が襲ってきたんだろう。それはこの状況から推理できる。


 だが、これは一体どういうことだ? 

 俺と熊の間で針を立てているこいつ。

 ハリネズミは、俺を守ってくれている? というか、なんで元気になって……。


 ……。

 …………苦しさが……消えている?


 突然の状況に、自分の状態を忘れてしまっていた。

 気絶するまであれだけ苦しかった体が、嘘のように軽い。


「……治って……る? な……! 治ったぁぁぁぁぁ……あぁうぁ?」


 突然の苦痛からの解放にテンションの上がった俺は、歓声を上げながら立ち上がろうとする。が、立ち上がった瞬間だった。

 突然の眩暈に襲われてドスンとその場に尻餅をつく。


 それはそうか。


 いくら苦しさが消えたからと言っても、この数日間ろくに栄養も取れていないんだ。立ちくらみくらいするだろう。


「グオオオオオオオオオ!!!」

「うお!」


 びっくりした。

 しまった、回復した嬉しさで完全に熊のこと忘れてた。

 体調が回復したのに、熊に襲われて死にましたなんて冗談にもならない。


 ――ガサガサバキバキベキ……。


「……え?」


 慌てて身構えながら、視線を戻した俺が見たものは、走り去っていく熊の背中だった。

 熊は両手で頭を押さえながら、二足歩行で森の中へと走って行ってしまったのだ。


「な……なんだったんだ?」


 状況がわからずぽかんと口を開けたまま、熊が去っていった方向を眺めていた俺は、ハリネズミの威嚇音で我に返った。


「お、おい! 大丈夫か!?」

「フシュ!」


 俺が駆け寄ると、ハリネズミは針を立てたまま威嚇を続けていた。

 よくわからないが、こいつが熊に何かしたんだろうか?


 目が覚めてから色々ありすぎて混乱している。

 ちょっと状況を整理しよう。


 目が覚めたら、熊とハリネズミが睨み合ってて、俺は元気になっていた。

 もうこの時点でわけがわからん。


 なんでハリネズミも俺も元気になってんだよ……?

 んで、ハリネズミは、俺をかばってくれていた? 


 俺が気絶してる間に熊に食われなかったのはこいつのおかげ……なのか? 


 あれだけ大きな熊がハリネズミなんかに邪魔されるってこともおかしな話だけど、まぁ実際俺は助かってるわけだからそういうことにしておこう。


 最後のあれは……なんだったんだろうか?

 熊は突然頭を押さえながら逃げ出した。 

 なんか悩み事でも思い出したんだろうか? なんて思えるほど結構シュールな絵だった。


 ……うん、さっぱりわからん。


 とにかくわかったことは、なんかしらんけど助かったということだけだった。


「はぁぁぁ……今度ばかりはだめかと思った……」


 助かったとわかった俺は、大きく息を吐きながらその場に座り込んだ。

 もう絶体絶命の状況にも慣れたと思っていたが、上には上がいた。

 病気はヤバい。マジでやばい。


 日本に住んでいるときは、医者にいけばとりあえず何とかなると思って甘く見ていた病気だったが、薬も何もない状況で病気になった時の絶望感は半端じゃなかった。


 身動きが取れずにじわじわと体力が削られていく。 一歩ずつ一歩ずつ死神が近づいてきてるかのような感覚。


 本気で死ぬと思った。見てみろこの手を。栄養失調であっという間にやせ細っている。たった数日でこれだ。


 あと2日……いや、あと1日でもあの状況が続いてたら本当に死んでいただろう。

 それくらいヤバかった。


「今回は運よく助かったけど、今後は病気に対しても警戒をしなきゃいけないな」


 いや、むしろ何よりも一番気をつけなきゃいけないことだったかもしれない。


「って言っても、この状況でどう警戒すればいいのか……」


 病気に対する対策と言えば、手洗いうがい……いや、うがいは実はあまり効果ないと聞いた覚えもある。


 こまめな手洗いと……マスク?


「水も貴重だしマスクも無い場合どうすりゃいいんだよ……石鹸もないんだぞ……?」


 絶望的だった。

 やはり早急にどうにかしないと、長期間森で生活するなんて不可能だ。

 せめて一人じゃ無くなれば、看病してくれる人が居るだけで違うか。やっぱり、とにかく人に会うのが最優先事項だ。


 命に係わる病気もそうだけど、虫歯になっただけで歯を抜くくらいしか対策が思い浮かばない。


「……お医者様だなんて呼ばれて何様のつもりだとか思ってたけど、お医者様はお医者様だったんだなぁ……」


 もう二度と医者だなんて呼び捨てできないな。

 無くなってみてわかるありがたみと言うものが多すぎる。

 とにかく病気の恐ろしさを身をもって知ってしまった。


「フシュ! フシュ!」


 おっと、つい考え込んでしまった。

 俺が状況を整理している間も、ハリネズミはひたすら威嚇を続けていた。


「おい、もう熊はどっか行ったぞ? 大丈夫だぞ?」


 丸くなって針を立てたままのハリネズミにそう声をかけると、ゆっくりと顔を出し始めた。

 しかし、俺の姿を見た瞬間、針を立ててしまう。


 そうそう、ハリネズミはそうでなくっちゃな。

 その姿に微笑みながら俺は、今後のことを考えることにした。


 とりあえず水は早急に必要だが、この体調なら水を汲んでくるくらいはできるだろう。


 猛獣なんかに襲われたらさすがに体力がもつかわからないけど、俺にはちょっとした秘策がある。

 おそらく無事に水を汲めるはずだ。


「……お前、どうする?」


 問題はこのハリネズミだ。俺のことをチラチラと見ては威嚇を続けているが……。


 俺個人の気持ちとしては、一緒に病気を乗り越えた戦友のような気持ちになってるし、一緒に行くのも悪くないと思ってるんだが……というか、出来れば飼いたい。正直一人で暮らすのはもう嫌だ。


 余裕はないが、ハリネズミ一匹くらいなら虫と水だけ用意できればそれほどの負担にならないし。


「んー……元気になったわけだし、ここで別れた方がお互いのためなのかね……」


 だがこいつのことを考えると、元気になった今、一緒にいる必要もないだろう。野生の動物は野生で生きるのが一番だ。

 俺の事、威嚇もしてるしな……。


 ぼそりと、独り言のように言葉が出た。


「きゅ!?」


 それを聞いたのか聞いていないのか、ハリネズミが針の中から顔をだす。

 驚いているような反応をしているが、まさかな。


「俺が勝手にここまで連れてきちゃってなんだけど、お前も自由の方がいいだろ? 元気になるまではと思ってたけど、お互いなぜか元気になっちゃったしな。ってなんでハリネズミに話しかけてんだ俺」


 なんだか人間臭い仕草をするもんだから、つい話しかけてしまった。


「きゅ! きゅ!」


 ……なんだこの動き?


 ハリネズミは針を立てるのをやめ、その場で前足を地団太している。

 何か訴えたいことがあるような動きだ。


 まさか言ってる言葉がわかるとかじゃないよな? 流石にファンタジーな森だからといってさすがにそんなことは……。


 ふと頭をよぎった考えを、馬鹿馬鹿しいと否定する。


「きゅ!」


 ハリネズミはしばらく地団太した後、首をかしげる俺にしびれを切らせたのか突然走り出した。


「ちょ!?」


 そして、しゃがみ込む俺の体を俊敏に駆け上がると、ボディバッグの中に入ってしまったではないか。


「お、おい!」


 あまりの素早い動きに、俺はあっけにとられてしまった。

 本来ハリネズミは、針で身を守る、守り主体の生き物のため俊敏な動きは苦手なはずだ。


 こんなに素早く動けるなんて予想してなかった。

 と言うか、俺の知ってるハリネズミはほとんど鳴かない。いろんな意味でこのハリネズミは規格外だ。


「……なにしてんの?」


 ハリネズミは、開きっぱなしのショルダーバッグの中にすっぽりと収まっていた。


「……俺と来る気か……?」


 まさかと思いながらも、そうとしか考えられずに声をかけてみる。


 するとどうだろうか。


「きゅ!」


 ハリネズミは、バッグの中から顔を上げながら嬉しそうに鳴いた。 


 まじかよ。 


 どうやらこいつは本気で俺についてくるつもりらしい。

 まるで犬のようにお尻についているほんの小さな尻尾を振りながら、嬉しそうに俺のことを見上げている。


 ……こいつは本当にハリネズミなのか? 俺の知ってるハリネズミと違いすぎるんだが。

 俺の知ってるハリネズミは鳴かないし、俊敏に動かないし、言葉は通じないし、ほとんど懐かない。


 こいつは頭が良すぎる。いろいろ喋りかけてみたが、どうやら難しいことはさすがに分らないようだが、ほとんど意思疎通はできている。


 犬より少し頭が良いくらいの知性は持っていると思う。


「……まぁいいか。お前はお前だもんな。頭が良いに越したことは無いし……最終確認だけど、ほんとに俺についてくるんだな?」

「きゅ!」


 嬉しそうに鳴いちゃって……なんでこんなに懐かれたんだろな?

 命の恩人とでも思われているんだろうか?


「そうか……。それじゃこれからよろしくな……ってちょ!?」


 俺が声をかけた時だ、ハリネズミはバッグの中から飛び出すと、俺の体を駆け上り出した。


「きゅー!」


 俺の頭まで一気に駆け上がったハリネズミは、そのまま俺の頭の上で顔を上げ、遠吠えのように鳴いた。

 ……うれしいのはわかったから危ないぞ。


 こうして俺に、奇妙なパートナーが誕生した。


 もう俺は一人じゃないんだ。

 その事が無性にうれしかった。


 名前は【とげぞう】。

 最初は嫌がられたけど、湧いて来た名前だから変更は無理だ。諦めろ。







 ちなみにどうやら、体調不良の原因はこのキャンプ地にあるようだと判明した。中央の木以外に草一本生えないこの場所は、どうやらなにか特殊な磁場かガスが出ているようだ。


 放出される量が増えたのだろうか。まだ俺は何とか広場でも動くことは出来るが、どうやらとげぞうは完璧にダウンしてしまうらしい。


 安全だと思ってた場所なのに、とんだ罠だよ。

 通りで他に化け物が近づいてこない訳だ。


「拠点を変更するか……? だけど、これ以上安全な拠点なんて……。くそ、さっさと集落が見つかってればこんなことにはならなかったのに」


 俺にとっては他の生き物たちも十分脅威であり、安心できる場所というものの心当たりがない。


「しかたない……集落が見つかるまではこの広場の縁で生活するようにしよう……最悪何かに襲われた場合は俺がとげぞうを連れて広場に逃げ込めばなんとかなるだろ」


 今のところ辛くなれば森へ戻れば回復するわけだし、俺の場合は動けないということは無い。

 もう少しだけ様子を見ておこう。

 なに、この広場にいるのも筏が完成するまでの辛抱だ。

 そうそう長い期間かかるとは思えない。


 そうと決まってからは早かった。

 軽く拠点の整備を行い、ある秘策を使って水を調達した。


 やはりこの秘策は使えそうだ。映画の知識も馬鹿に出来ないな。何事もなく水を汲みに行くことができた。

 いや、一つだけ問題はあったか。


 結局とげぞうが拠点で待つのを嫌がったため、一緒に連れて行ったのだが、秘策を使うととげぞうが辛そうにしていたのだ。


「きゅー……」

「だから拠点で待ってろって言ったのに」


 まぁ留守番を嫌がって無理やりついてきたんだから自業自得だけどな。


 とげぞうは結局広場の中に入ることができず、広場のギリギリのところで穴を掘って巣のようなものを作っていた。

 声をかけると穴の中から顔を出す姿がやたらとかわいくてニヤニヤしてしまう。


 こうしていろんな謎は残るところだが、ハリネズミとの妙な共同生活が始まった。


 さぁ、体調も戻ったことだし明日からは筏の作成に向けて大忙しだ。




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[一言] 下痢はかなりやばいですね
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