生きる
「ゲンちゃん何アレ!? いつの間に魔法なんて使えるようになったの!? 違うよね! 魔法じゃないよね!?」
「はいはい、今はそれはいいからタンジーこっちにこいよ」
なんで魔法使えないことを祈るような言い方だ。
ルルが不安と期待に目を輝かせながら走ってきたのをドウドウとあしらい、後ろで不安そうにしているタンジーに声をかけた。
「兄貴……」
「多分、この目の芽……ややこしいな。新芽ってことで。コレが元凶だと思う。左目は取れたけど、右目が取れないんだ。ただ、多分一時的に正気は戻ってるはずだぞ」
「おそらく正解じゃな。その新芽から禍々しいマナが溢れておるのじゃ」
突っ込まんぞ、今は大事な時間なんだ。
なんでとげぞうの口から顔出した状態で喋ってやがるんだ。平然と謎の生命体になってんじゃねぇよ。
ぐったりとしたままのボイズに、タンジーは恐る恐る近寄って行った。涙声でボイズに話しかけるタンジーの声を聴いて、デグー達やルルも空気を読んで様子をうかがっている。ルルは完全にケロちゃんの姿がツボってるみたいで堪えてるだけみたいだけど。
「タン……ジー……」
「兄貴!! 兄貴、俺は……!」
二人とも、声を掛けようとして何と言ったらいいのかわからない様子で口ごもってしまった。
そのまま、どれだけ時間が経っただろうか。
やがて、ボイズは意を決したように上を向いた。
「俺はただ……お前らに腹いっぱい食わせてやりたかったんだ……」
「兄貴……分かってる。わかってるよ兄貴。兄貴がずっと俺達の事考えてくれてたこと、ずっとわかってた」
「ははは……こんなことになって、ザマねぇなぁ……」
たった、それだけだった。
交わした言葉は、二人の距離を大きく縮め再び無言の時間がやってくる。
恐らく、深い話をするための準備の時間なんだろう。
この時間を、邪魔するわけにはいかない。
俺とルルは、この裏村を巡ることと、タンジーに話を聞くことで大体のことは理解できている。
恐らくは、無条件で信じ続けた弟と、心のどこかで弟が重荷になっていた兄のただの心のすれ違いがきっかけだ。
弟は兄を気遣い何も言えなかったし、兄は兄として弱音を吐くことが出来なかったがゆえに、決定的なすれ違いが起きた。
そこに、とどめを刺すように起こった村人による迫害と、旦那と義理の弟を思うジェーンの軽率な行動。全てが悪い方に重なっただけだ。
ただ、そんなことは良くある話だ。
世の中にはもっとひどい話もある。今回なんて、村人から迫害を受けてボロボロになったタンジーの背中に、ジェーンが居た堪れなくなって顔をうずめただけの話だ。それを見た旦那が勘違いする話なんていくらでもある事だ。
ただ、それはきっかけに過ぎなかった。
問題は、何故それが起こったのかだ。
やはり、カギは獄夢なんだろうか。
ここは獄夢の卵で、そういった人間の心の隙間のようなものに作用を引き起こすのか?
獄夢の餌が人間? それとも、獄夢を引き起こす原因が人間にあるのか?
ボイズがタンジーを殺していたら、獄夢が発現していた? じゃあ、殺さずに済んだ今なら獄夢が完成することは無いのか?
それとも、原因が他に有るのなら新しい依代を探し出すだけ?
獄夢とは一体、何なんだ?
手血肉燐の都を攻略してからずっと、ずっと考え続けていた問いだ。
わからない。その答えはいまだ出ていないけど、最悪の事態はきっとこれで防げるはずだ。
後は、あの宝珠を探し出せば全てが丸く収まる。
獄夢の発現の前に終わらせられる、最高の結果だ。
恐らくそれは、この新芽の奥にあるんだろう。だけど、あの時宝珠を抜き出したことで獄夢は崩壊に向かっていった。このまま本当にこの新芽を枯らして大丈夫なんだろうか。
……多分、調整すれば何とかなるか。ただ、慎重にやる必要がありそうだ。
「お……俺はなんて馬鹿なんだ……すまない。本当にすまない」
「俺が悪いんだ。俺が兄貴に全部話してれば……いや、それどころか俺さえ居なければ、全部うまくいったはずなんだよ」
「違う!! 俺が、ほんとに馬鹿だったんだ! すまない……すまないタンジー。俺は長男失格だ」
話は、まとまったらしいな。
タンジーがボイズを抱きかかえ号泣していた。
「タンジー……これからは、お前が長男だ。俺みたいな失敗はするな。何でも兄弟で話して仲良くやってくれ。ジェーンには……すまないと伝えてくれ」
「兄貴……嫌だ! お願いだ! 逝かないでくれ!!」
「俺の体だ、分かるんだ。あれを体に入れてから、もう後には戻れないことも……っぐ!」
「ボイズ……!」
「ボイズさん!」
……纏まりすぎてやがった。
なんでデグー達まで貰い泣きで号泣してんだよ。
ルル、不安そうな顔をするな。わかってるんだろ?
ウンウンと頷くルルに、親指を立ててやった。
「なんでお前ら兄弟は死にたがりなんだよ。タンジー、お前のお陰で兄貴は助かったんだ。見ろ」
ボイズの新芽は、いつの間にか力を失い枯れかかっていた。そこへいつの間にかケロゾウから分離したケロちゃんが近づき、ゴソゴソと何かを取り出した。
「ケロケロケロ。これじゃこれじゃー」
何かの、糸のような物だった。
よくわからないが、ケロちゃんも目的を達成できたらしい。ケロちゃん曰く、ボイズが一定以上弱らなければこれを手に入れることが出来なかったのだとか。
「兄貴が……助かる……?」
「……あんたらは、俺の根っこなんだよ。だから、死ぬな」
「?」
ちょっとだけ、話をさせてもらいたかった。
別に、大した話ではない。
この死にたがりな兄弟に、何でここまでしてくれるのかって顔をしてるこの馬鹿兄に俺の考え方を聞いて欲しいと思っただけだ。
そう思って発した言葉だったが、言葉が足りなかったようで全員が顔に「?」を浮かべていた。
「もう、ゲンちゃんそれじゃ絶対伝わらないわよ……。えっと……ゲンちゃんはね、人と人との関わりを植物の根っこのような物だと思ってるの」
俺に代わって口を開いたのは、ルルだった。
「その根っこって、人と人が繋がるんじゃなくて、出会った人のなんて言うかな……見えないところに生えるんだよ。心の中……で合ってるのかな。私とタンジーさんが出会ったときに、私の中にタンジーさんっていう細い根っこが生えたと思ってくれていいわ。それはタンジーさん本人じゃないんだけど、タンジーさんに連動してるっていうか……」
そうか。この考え、むかし晶にしたことがあったな。
うーん、ルルも簡単に説明しようと思ったけど、上手く説明できないみたいだ。
その根っこは、細いながらも皆の支えになる。関わりが深くなれば深くなるほど、根は太くなり皆を支える力が強くなる。
人との関わりってのは、そういう根っこに似てるものだと思ってる。
「根っこ……」
「死んだら、その根っこは関わった人全員から枯れるんだよ。その枯れた傷口は人によっては大きなダメージになるし、細い物なら無くなったことにも気づかない人もいると思う。親なんかは、主要な根っこだったりね。そういうのを失えば当然私っていう樹は倒れるし、でも人によっては根っこなんて必要なくても立てる人もいるとおもう。自分っていう根っこ一本で立派に立ってる人だっていっぱいいるんだと思う」
あぁ、必死にルルが説明してくれているが、俺も何を言いたいのかわからなくなってきた。
それでも、必死にみんなはルルが何を言おうとしてるのかくみ取ろうとしてくれてるらしく、ずっと黙ってくれている。
「関わりの根っこってのは、勝手に生えて、勝手に人を支えてる。つまりさ、人って居るだけで人を支えてるんだよね。生きててくれさえいればいいっていうかさ」
よく、私は誰からも必要とされていないっていう人が居るけど、それはきっと違うと俺は信じてる。
その人が関わっただけで、その人にとってほんとに細いい細い、細かな根になってその人を支えてるんだ。
目に見えてる物だけが、必要とされてるわけじゃない。
それは、根っこになった本人は気づかないけど、きっとその人の支えになってる。支えられてる本人だって気づかないだろう。だって、根っこは地面に埋まってるものだから。根っこにとっても、本人にとってもその人がどれだけ太い根っこなのか、分からないことだってあるんだ。
「根っこが枯れた時、その傷口から樹は腐り始めることだってある。それは、確立で言えばものすごい低い事かもしれないわ。だけど、その人の根っこってのはその根っこ本人と関わった人全員に生えてるんだよ。何百人、何千人、何万人、人生で関わって生きていくんだろう? それだけの根っこが、傷口になって残るんだよ」
根っこの枯れ方は、千差万別だ。
寿命、病気、事故、他殺、自殺、行方不明……。
寿命や病気による死ってのは、いつか誰かに訪れる死だ。そういう、覚悟のうえでの納得の行く死って奴は、きっとその人の根っこからポロリと綺麗に取れるんだろう。
だけど、そうじゃない死は、深く深く傷口をえぐり取り、ギザギザにささくれ、醜く腐れ堕ちるような落ち方をする。事故、他殺、自殺……中でも自殺は、原因が分からない自殺は根っこに毒をまき散らす枯れ方だ。自らに原因を求め、やがて幹は腐っていく。外に向けて毒を吐きだせない。
いくら細い根っこでも、そんな落ち方をされたら幹に影響がないはずがない。
あぁ、こうやってダラダラとルルが長く説明してくれたけど、要約するとこの一言で済むんだな。
「つまり、死なれたら俺が困るんだ。もうお前ら俺の根っこになってんだよ。俺の幹はボロボロで、支えが必要なんだ」
お前は、君は、あなたは、誰かの支えなんだ。
だから、お願いだ。自ら死ぬなんてことしないでくれ。
自己的な言葉ばかりですまない。お前の、君の、あなたの苦しみはわからない。死んだほうがましだって考えるほどの苦痛は、どれだけ苦しい事なんだろうか。俺にはそれを救えないかもしれないし気づけないかもしれない。
だけど、あなたは誰かに必ずつながってる。繋がりは感じられなくても、それは誰かの支えになっているんだ。あなたを必要としているんだ。だから、その命で誰かを救ってくれないか? 生きているだけでいいんだ。役に立とうとか、何かしようなんて思わなくていい。
お願いだ。生きてほしい。
ただそれだけを、裏村の夜空に向かって願った。
自分に向けた言葉です。
すみません。よくわからないですよね。
気が滅入ってる方、生きている意味が分からなくなってしまった方、死にたいと思ってしまった方。
生きてるだけで、誰かの支えになるんです。
お願いします。私もなんとか生きるだけ生きていきます。
何もできない、なにも生み出さない、誰かの負担になっているだなんて思わないでください。
そこに居るだけで良いんです。
このしょうもない小説を読むことでも誰かの糧になれば幸いです。