魔法
ルル達の戦いの裏側でゲンがどう戦ってたかっていう。
バサバサと映画に出てくるの蝙蝠のような下品な羽音を立てながら、ボイズが飛び回っていた。
「立派に人間辞めてんなぁおい!」
一体何があったらこんな風になれるのか、非常に気になるところだ。タンジーの兄貴なんだからちゃんと人間だったはずだよな。ココが獄夢だったとしたら、そういう人間を変形させる何かがあるんだろうか。
双葉にも見える頭から生えた翼で優雅に空へと舞い上がったボイズは、一気に俺の手の届かない場所へとたどり着きしばらく旋回していたが、そこから触手を伸ばし攻撃してきた。
「なっめんな!」
直線的な遠距離の触手攻撃なんて、今更当たるわけがないだろ。
地面を蹴り、仰け反りながら触手を躱すとナイフを一閃する。
だが残念ながら、こちらの攻撃も木の枝のような触手を切り裂くだけで届くことは無い。
「くそおおお、空に飛ぶとか反則だろ!!」
「なんじゃ、お主遠距離攻撃が苦手なのか」
「こう見えて、肉体派なんだよ!」
「見たまんまじゃ――のおおおぉぉぉぉー!」
「っち」
肩に乗りふざけたことを宣うケロちゃんを投げ捨てながら迫りくる触手を掴んでみるが、引っ張ってみても同じだけ伸びるだけで引きずりおろせることは無かった。
試しに石を投げてみるも、簡単に避けられてしまう。
くそ、打つ手がねぇ。このままじゃ羽根ゴブリンの二の舞だ。魔素切れまで逃げられてしまう。
更には、地上で転がりまわるしかない俺に、大量に湧いた藁人形の一部が迫って来やがった。
だぁぁ、うっとおしい!
なんでこんな大量の触手が、お互い絡まないんだよ。
とりあえずそいつらは適当に蹴散らせばいいのだが、問題はルル達だ。なんとか結界でしのいでは居るようだが、大丈夫だろうか。
「……ん?」
あの光は……最近使えるようになったっていう身体能力強化の魔法か。デグー達に使ったんだろう。あれ、俺に効かないんだよな……。ある意味俺はずっとブーストされてるようなもんだし。あーあ、あの人ら明日は体ガタガタでゾンビみたいになるぞ。
「まぁ、とりあえずあの調子なら大丈夫か」
やばかったら援護しよう。
そんなことより自分の事だ。
幸い、藁人形達から魔素を吸えるからすぐに飢餓化することはないんだけど、完全に手詰まりだ。とげぞうも不意打ちを撃とうと離れて居るが、射程に入らないから完全にイモってやがる。
「何か手が……。デグー達にも、魔法使いは逃げ出して居ないし。くそ、なんでこんだけ人が居て魔法使える奴がいないんだよ!」
「おるぞ?」
はぁ? どこにだよ。
此処にはデグー達と俺達とタンジーしかいないだろ。
タンジーも魔法なんて使えないし。
って、いつの間にケロちゃん帰って来たんだ。さっき投げ捨てて星になったはずじゃないか。
何処にいるんだ? 藁人形を掴み振り回しながら、見渡してみるが見当たらない。
「んごごごごぉぉ!」
「ってうお!」
びっくりした。いつの間にか、必死に足元登って来てた。遠心力に体が負けないように貼りついてて気持ち悪っ。
で? なんだ? 魔法使いが居る? まさか、俺が30超えても童貞だからって魔法使い認定したんじゃないだろうな。いやいや、この世界に来ての10年はノーカンだから。いや、むしろ転生してるからこの世界の10年しか俺生きてないから。
10歳なら童貞アタリマエ。……だよな?
「ココにおるのじゃー」
「誰が三十路童貞だこの野郎!」
「わらわなのじゃ?」
ココに居る奴って俺しか――って、……わらわ?
「……え? 君、童貞なの?」
「どっ! 何の話じゃ!?」
え? 童貞魔法使いの話じゃないの? あと10年過ぎれば妖精に進化するっていう。あれ? 違うの?
「お主、魔法使いを探しておったのじゃろ?」
「ケロちゃん、魔法使えるのか?」
「ケロケロケロケロ!」
「うるせぇ! 耳元で笑うな!! って、君本気で笑ったらそんな笑い方なの!? きもちわるっ!」
「ケロケロ……ケ……キモ!?」
ケロちゃんの笑い方に、気を取られ過ぎてしまったのが悪かった。とげぞうの危険察知にも頼りすぎていた所があったんだろう。ソレの存在に全く気付くことが無かった。
――ビュッ!
「がはっ!!」
なっ……!
気づいたときには、背中に衝撃が走り空中を吹き飛ばされていた。吹き飛ばされた先に居る藁人形達を巻き込みながら、ようやく止まったがヤバい。
「う……!」
当たり所が悪かったみたいで呼吸が吸えない。
どうやら、藁人形の陰に這わせてボイズの触手が混ざっていたらしい。こいつ、ここにきて頭使ってきやがった。
まずい、骨が折れたかもしれない。
巻き込んで吹き飛んだお陰で藁人形の空白地帯は出来ているが、既にこちらに向けて奴らは走り出している。
くそっ、ルルはあの調子じゃこっちのサポートしてる余裕はないだろう。
「蟲手器の……盾……」
俺の声に反応して、左腕がパキパキと甲殻で覆われていく。
ダメだ、甲殻化のスキルを使ってみるがこれであの量の藁人形の攻撃をどうにか出来るとは思えない。
ぐ……ぁ……。
せめて、一呼吸吸えないと体が動かない……!
「ぐ……時間を……」
「任せるのじゃ!」
気付けばケロちゃんが、俺の鼻先へと飛び乗り勇ましく二足で立っていた。
ケロちゃん……潰れてなかったのか。
任せるって、本当にまさかケロちゃんが……?
「わらわが、わらわこそが、お主の求めておった魔法使いなのじゃ!」
ま、マジか。
何かわからんけど、なんでもいい。時間が稼げるなら頼むぞケロちゃん。
とげぞうも駆け寄っているが、間に合いそうにないんだ。
「わらわがどれだけ使える蛙なのか、思い知るがよい!」
好機と見たのか、ボイズが此方に向けてものすごい速さで滑空しながら迫っていた。
その先には、俺ではなく吹き飛ばされた時に手放したアサシアの片割れシアが転がっている。あいつ、武器を手に入れるつもりか!
なにしてんだケロちゃん。
格好つけなくていいから早くしてくれ! 間に合わない!!
「しかとその目に焼き付けるのじゃ!」
「っ!!」
ケロちゃんがどこから取り出したのかつま楊枝のように小さな杖を持ち、振りあげる。
「やはり、植物には火なのじゃ」
その言葉と共にケロちゃんの周りに、紫色の謎の文字が浮かび上がり魔法陣を作り出す。
お、おおおお。本当に魔法だ。今までに見た何よりも魔法っぽいぞケロちゃん! すげぇじゃんか!
そして、紡ぎ出した文字が円を描き、魔法陣が完成した瞬間だった。
こ、これは――
「燃えるのじゃー!」
「お……おぉ!?」
――ポフッ
「……ちっちゃ!!」
見れば、小さな、小さな炎がボイズの顔を焼いていた。
小さなライターの火のような炎は、丁度ボイズの目に生えた新芽を焼くように現れた後、鎮火してしまったのだ。
「えぇぇぇ……? なんでドヤ顔?」
「なっ!? なんで不満顔なのじゃ!? 見るのじゃ! しっかり時間は稼いだのじゃ!」
……蛙に期待した俺が馬鹿だった。
ワクワクを返せよ。頭の中でアニソン流れるレベルで盛り上がってたじゃねぇか。
いや、確かに一瞬の目くらましくらいにはなっているか。
突然目の前に沸いた炎に驚いたらしく、ボイズはシアを手に入れることなく一度急上昇して仕切り直していた。
迫りくる藁人形達は、方向転換したとげぞうが引き受けてくれている。機転が利くハリネズミって最高だよ! やっぱ一番活躍するのはいつもオマエだな!
「助かった、とげぞう……!」
「むぅ! とげぞう殿へのリスペクトとわらわへのリスペクト度合いが何かおかしいのじゃ!」
「っぐ……今のうちに……」
痛む体に鞭うって起き上がった俺は、シアを拾い戦いを開始した。ルルの奴、結界の中で何か話し込んでるせいで全く俺の傷に気づいてない。
どうやら骨は折れてなかったみたいだし、助けをわざわざ求めるほどの事でもないか。
だが――
戦いは再開したものの、やはり先ほどから変化が無い。
相変わらず攻撃は届かないため、とにかく触手を撃ち落とすしか無かった。
それどころか、スキル【蟲手器の盾】を使っているせいで魔素の消費が激しくて状況は悪化してるくらいだ。
なんとか、状況の打開策を考えないと――
「だあああ! 降りてきやがれ!! 卑怯だぞこんにゃろう!」
「なんじゃ、降ろして欲しいのならそういうのじゃ。あ、動いても良いが、合図したら絶対にこの場に戻ってくるのじゃ」
そういうと、ケロちゃんは俺の頭で再び魔法を唱えだした。いや、なんであのライターの魔法にそんな自信満々なんだよ。ほら、やっぱりポフッてんじゃないか。
だが、ケロちゃんの魔法は今度はそこで止まらなかった。
「ほれ、はよ戻るのじゃ!」
耳元でうるさいので、攻撃を避けた後にタイミングを見計らって元の場所に戻れば再び魔法を放つ。
「まだまだいくのじゃー! ほれ、戻れ戻れ」
「え、連打出来たの? しかもなんか火が……」
一定のリズムでポフポフと生じる炎をうざそうに払っていたボイズの顔が、だんだんと明るくなっていく。
なんだ……? 威力が上がってる?
「そろそろかのー。分かるか? ゲン。今この周囲の魔素は魔法の消費による真空状態なのじゃ」
「あー、局地的に魔素が無いのはわからんでもない」
握り拳程の小さな魔素の空白地帯が出来上がっているのがわかる。ケロちゃんが魔法を撃てば度々それは出来上がるが、数秒で元に戻っている。虫達が居なけりゃこんな些細な違いなんて分からなかった。
「魔素はの、空白地帯が出来上がればゆっくりと元に戻る性質がある。そこに自らのマナを呼び水として流してやれば、急激に元に戻る力が発生するのじゃ」
「……何の話?」
「わらわは、マナは大量にあるが属性が無くてのー。しかも、魔素の混合が苦手と来た」
「ふんふん?」
「つまり、わらわは魔素の薄い場所での魔法が苦手なんじゃが……この魔素が元に戻った瞬間だけ、八方から流れ込んだ魔素の圧力により魔素が元の何倍も濃くなるんじゃよ」
お、おぉ? つまりなんだ?
ケロちゃんが、俺に元の場所へ戻れと頭をペチペチと叩いてくる。
言われた通りに、魔素の真空地帯に戻れば――
「とくと見るがよい、コレが魔術の真髄。ゆり返す魔素の波に合わせることで威力を何倍にも上げることが出来る魔法の奥義」
「お……おぉ!」
ケロちゃんの魔法陣が、明らかに今までとは違う形と大きさを形作っていくじゃないか。
今度こそ……今度こそ頭の中にアニソン流れて来たぁぁぁぁ!!
「魔素圧縮じゃ!!」
直後、顔を覆うほどの炎がボイズの目の前に現れたではないか。
大きく仰け反るボイズは、だがそれだけじゃ足りないらしい。プスプスと煙を上げながらも怒りの咆哮を上げた。
「くそっ! 足りてないぞ!」
「まだじゃ! ここからじゃ! 言ったじゃろう? ゆり返すとな! そして波は、引かれた物が大きければその分返しが大きくなるものじゃ!」
さらに巨大な魔法陣が、目の前に形成されていく。
今度は、立体的な形が組まれていくじゃないか。
「ぬぅ……しかし、今ので気づかれたみたいじゃ。動きが……一気に降りてきおった!!」
狙いが定まらず、苦々し気にケロちゃんが呟いた瞬間だった。
「心配するな。こういう時にやってくれるんだよ」
「フシュッ!!」
「ギャアアアアア!!」
高度の下がったボイズへ、スナイパーとげぞうの針が突き刺さる。
奴の動きが、一瞬止まった。
「ナイスだとげぞう!! やっぱりお前は最高だ!!」
「ぐぬぬぬ! 同感なのじゃ!!」
その悔し紛れの賛同と共に。
――ドオォォォォォォン!!!
とてつもない大きさの爆発が、ボイズの全身を包み込んだのだった。
やっと魔法らしい魔法が出たような出てないような。
感想お待ちしてます。




