強化の奇跡
頭が……安定しません……
ばぐってやがる……
「あ……赤目だ……」
「20……30……まだまだ湧いてくるぞ!!」
押し寄せるように現れた藁人形達は、鞭をしならせるようにして近寄って来ていた。破裂音が聞こえるのは、鞭の先端が音速を超えた証だ。
奴らが向かって来た先には、更地が広がっている。
家を、木を、岩を、全てを破壊しながら赤い目の壁が迫っていた。
「みんな! こっちへ寄って!」
即座に反応したのは、ルルだった。
彼女が杖を握りしめ、祈りをささげ周囲に何かを振りまけば、向かって来た触手が空中で弾かれた。
慌てて全員が後ずさりするようにルルの近くへと寄っていく。
「どうなってるんだ!? 此処に来るのが正解だったんじゃないのか!?」
「どんどん来るよ!」
「く……、流石にこの数は厳しい……かな」
赤目達は、ルルの咄嗟に張った結界に阻まれその歩みをようやく止めた。だが、すぐにバンバンという触手の音が空を叩き、空間をたわませた。
「ひっ! 今、結界に罅が……! 一瞬で治ってるけど、コレが続いて大丈夫なの!?」
「準備時間が無さ過ぎて、簡易結界しか貼れてないの。少し……結界を張り直す時間が必要なんだけど……、頼っていいですか?」
「時間ったって、俺達じゃ一瞬でアイツらに殺されちまうぞ!」
青目の藁人形ならまだしも、その数倍は強い赤目が数十匹押し寄せているのだ。彼らにそれらを抑え込むなんて到底できるとは思えなかった。
だが――
「……力を……」
そんな彼らに、ルルが呪文を唱えた。
すると青白い光がルルの周りに発生し、ゆっくりと3人に纏わりついていく。
「これは……、力が溢れてくる!?」
「一時的に、身体能力を強化する神聖魔法よ。少なくとも、あの赤目相手なら多少戦えるはず。数分だけでも時間を稼いでもらえたら結界を張り直せるわ!」
「強化の奇跡!? それ、神殿の偉い人でも神殿でしか使えないんじゃなかったの!?」
デグー達は、戸惑いながらもひび割れの大きくなっていく結界を見て武器を構えた。
体は、確かに万能感や高揚感にあふれているのだ。
半信半疑ながらも、重戦士の男が槍を地面に突き立てる。
「な……!?」
すると、それほど力を入れていないはずなのに、地面が大きく抉れたではないか。
なるほど、ゲンの強さの秘訣の一端はコレか。
デグー達は納得がいった気がした。
規格外な神聖魔法による身体能力の強化なんて、物語でしか聞いたことのないような奇跡だが、散々規格外の結界を張ってみせた彼女ならそれも可能なのかもしれない。
「行ける……これならいけるぞ!」
「体が軽いよ!」
思い思いに体の具合を確かめた3人は、互いに頷きあうと、結界の外へと飛び出していったのだった。
◇
それからの彼らの戦いは、まさに死闘と呼べるものだった。結界を一度解く必要があったため、背水の陣の防衛戦という厳しい戦いになってしまったが、それでも彼らは臆することなく果敢に立ち向かった。
幾重にも迫りくる触手は、デグー達を容赦なく襲った。
当初は撃ち落とし反撃にまで出る余裕があった彼らだったが、物量で押され出してからは、ルルとタンジーを中心に守るようにして、とにかく亀のように耐える事しかできなかった。
もう、これ以上は無理だ。そう諦めかけた時だ。
「出来た!! 光よ……!」
「っ!!」
ルルが杖を天に掲げれば、ルルを中心にした光の柱が広がっていき、触手を焼き払っていくではないか。
ただただ耐えるだけだった彼らだったが、デグー達はとうとうそれを成し遂げたのだ。
新たな結界の光が、藁人形達とルル達の間を隔てていく。
「はぁ……はぁ……うっ」
「やった……のか? 酷い怪我だ……。くそ、結局何もできなかった」
「十分よ。あなた達は良くやってくれた」
結界が安定すれば、ルルは満身創痍の彼らに回復魔法をかけていく。酷いのは軽装備だったミリアだ。肉を抉られ白い筋が見えるほどの傷が至る所にあった。
「彼が手助けしてくれたからよ……私は何も出来なかった……」
「何なんだよアイツは。【強化の奇跡】が掛かってるからなんてレベルじゃ説明できないだろあんな強さ」
傷の癒えたミリアが、悔し気に轟音の上がる方向へと顔を向けた。
視線の先では、ゲンがボイズ相手に双剣を振っている。
彼は、一撃で大木をへし折るような化け物と戦いながらも、自身に押し寄せる藁人形達を蹴散らし、さらにはこちらの援護まで行っていた。
「強化魔法にこの結界……それに、あいつ……。何者なんだお前らは。俺の知っている世界が、お前らが居る場所から崩れていく……」
「顔隠し……。あんたら、まさか本当に顔隠しだったのか?」
呆然としていたタンジーが、ハッとしたようにつぶやいた。それに反応して、全員がルルを見る。
「顔隠しだと! な、なるほど通りで……」
「だが、君らは廃銅……。まさか、廃銅クラスってのはカモフラージュか!」
「あ、それは嘘ですし、私たちは間違いなく廃銅クラスです」
「!?」
あっけらかんとした表情で、ルルが否定した。
そして、神妙な面持ちで彼らに問いかける。
「これ以上は、聞いたら後悔しますよ?」
「……っは、顔隠しじゃないというのなら、これで聞かないでいる方が後悔すると思うけどな」
ルルは「知りませんよ」と、小さくため息を吐くと結界を維持する杖を握りしめたまま喋り出した。
物語を語る語り部のように、遠い出来事に思いを馳せる老人のように、美しいマリンブルーの瞳を閉じながら。
投稿日時が安定せずすみません。
後、短くてすみません。