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原初の地  作者: 竜胆
1章
14/144

うすれゆくいしきのなかで

大改稿中




 俺の前の座席に座っている男が、何かを喋っている。

 なんだ? 聞き取れない。もうちょっと大きくしゃべってくれ。


「元希! 黒太子のルビーって宝石知ってるか?」


 そう思った瞬間、髭面の男が俺の方を振り向き、はっきりと喋り出した。

 誰だこいつは? なんで俺に話しかけてきてるんだ? 黒太子のルビー……ってなんだっけ?


 男はヘッドホンを着け、飛行機の操縦桿のようなものを握ったまま振り向いている。

 そうか、俺は小型の飛行機に乗っていたんだった。


「いや? なにそれ、有名な宝石?」


 俺の口が勝手に応える。

 あぁ、これは夢なんだ。

 そう思った。


 だって今話をしている男の声も、まるでエコーがかかってるようだし、視界もはっきりしない。


 どこにも焦点を合わさずに、ぼーっとしているような風景だ。なのに、この状況を妙に理解している自分が居る。


 男は陽気に笑いながら、俺にとある宝石の話をしだす。

 そして、周囲が気になり全く聞いていなかったその宝石の話を、俺はなぜか頭の中で理解できた。


 これが夢じゃなくて、何が夢だっていうんだろうか。


 ぼやける視界の中、唯一はっきり見えているのは、目の前に座ったなんだか顔の濃い陽気な男。

 鼻ひげがめちゃくちゃ胡散臭い。メキシコ辺りの土産物屋でよくわからん木彫りの人形とか売ってそうだ。


 ふと、周囲の風景を見ようと目をそらしてもう一度男のほうに視線を戻すと、シーンが突然飛んだ。





 まだ、髭面の男との会話は続いているらしい。

 男は前を向きながら突然左手を肩のあたりまで上げると、肩ごしに手の甲を見せてきた。


 その指には、巨大な赤い宝石のついた指輪がハマっていて、成金のようだ。趣味が良いとはとても言えない。


 この指輪――どこかで見たことが……?


 一瞬考え込むが、夢の中で考えても何も浮かんでこなかった。シーンはどんどん流れていく。


「こいつだ! これが黒太子のルビーだ!」

「え、まじで? それなん?」


 また、俺の口が勝手に動く。


「あぁ、こいつが本物の黒太子のルビーだ! イギリス王室に保管されてるのは偽物で、すり替えられた本物を漸く俺が見つけたってわけだ!」


 自信満々に男がhahahaと笑いながら、突然画面が遠くなる。

 急にカメラを引いたかのように、今見ていた映像が白い世界のなかへと小さくなっていった。


 やがて見えなくなった画面のかわりに、真っ白な世界の奥から先ほどの顔の濃い男が歩いてくる。風景は真っ白なまま、ほかには何もない。


 そして男は、俺の目の前まで来ると、何やら喋り出した。

 口が動き、身振り手振りも大きく動いているのだが、なぜか俺の耳にその声は届かない。

 いや、届いているのに理解ができない。


 そして最後に、男が手を差し出す。

 俺は何の疑問も持たずに、右手を差し出した。

 すると男は、何かを手のひらに握らせた。


「おまえにやるよそれ。俺にはもう必要ないもんだ」


 この言葉だけ、なぜかこの言葉だけはっきりと聞こえた。そしてその手に乗っていたのは――黒太子のルビーだった。


「おい! この指輪!! デニー!!!」


 驚き、視線を男に戻した時、すでにそこには誰もいなかった。


 ――っな!?


 その瞬間、世界が突然落下する。


 何が起こったのかわからない。

 真っ白な世界のまま、突然落下しているときのような浮遊感が襲ってきた。


「げげげげんき!! なにこれ!? どうなってるの!!!」


 突然甲高い悲鳴のような声で呼びかけられるが、一体誰の声かわからない。

 だが、俺の口が勝手にその呼び声に答えようとしたときだ。


「うぉぇぇぇぇぇ!」


 ――ビチャビチャビチャッ!


 声のかわりに、盛大にゲロを吐きながら、俺は目を覚ました。







「ハァ、ハァ、ハァ」


 あれだけ吐いたのに吐き気が収まらない。

 体の節々が痛い。木葉をかき集めた布団をいくらかぶっても、寒気でゾクゾクする。


 アリの巣から脱出して、2日が経っていた。



 ……遭難8日目。




 あの日の深夜、突然襲って来た寒気は、吐き気に頭痛、腹痛に筋肉痛、その他もろもろの症状と共に今日までずっと続いている。


 朦朧とする意識の中、危険を感じた俺は何とか木を降りると、周辺の木葉を布団代わりに、火のそばでずっと横になっていた。


 なんとか果物で水分と栄養を補給しようとするが、すぐに先ほどのように戻してしまう。

 まったくと言っていいほど動けない。 


 栄養を取ろうとしても体力が無くて胃が受け付けない。体力を回復しようとしても、栄養が取れない。


 完全に悪循環に陥って、症状はますます悪くなる一方だった。


 俺はこのまま死んでしまうのだろうか。

 そんな考えが頭の中をよぎるが、そのことについて悩めるほど余裕はなく、すぐに意識を失ってしまう。


 覚醒と、気絶を繰り返していた。







「――ッ! また……気絶してたのか……」


 喉がカラカラで声が掠れる。

 ふと、ショルダーバッグにいるはずのハリネズミへと目を移すと、数日前と同じように丸くなったままだ。


 呼吸でお腹が動いているため、生きてはいるのだろう。

 もしかして、俺と同じく病気にかかっているのだろうか?

 まさか……伝染病……?


 俺は、だるくて動かない体で無理やり地面を這いずると、水を一口飲み、果実を齧った。


 だめだ、これ以上食べられない。


「はぁ……はぁ……ほら、食べ物置いておくから、バッグの中のものは好きに食え……」


 残りをショルダーバッグで横になっているハリネズミへと与えて再び横になる。


 きついよな。絶対一緒に良くなろうな。

 共に床に臥せているせいだろうか、奇妙な連帯感が生まれていた。

 まるで戦友のような気持ちになっている。

 どんなにしんどくても、必ず世話だけは続けよう。


「はぁ、はぁ、俺だけで助かったりしないから……安心しろよ」


 眠り続けるハリネズミに、かすかな声でそう語りかけた。 


 ここ最近、丸まって寝る体勢だと幾分かマシになるので、ずっとこの体勢で寝ている。

 普段はまっすぐ体を伸ばして寝ていたのに、どうも落ち着かない。熱のせいだろうか。


「うぉぉぉぇぇぇぇぇ!」


 ついさっき入れたばかりの果実が、すべて出てしまった。







 ……遭難9日目。


「はぁ……はぁ……くそっ、空か……」


 俺は空っぽになった竹筒を力なく地面に放り出す。

 カランカランと乾いた音が広場に響いた。


 ついに、水が尽きた。


 この状況に陥ってから、かなり節約しながら飲んでいたつもりだったが、この体調ではどうしても水の消費が増えてしまう。

 食べ物がのどを通らないから余計だ。


 周囲には10本近くの竹筒が無造作に打ち捨てられている。

 これだけの量を備蓄していたのに、まさかこんな事態になるなんて思いもしなかった。


「どう……しよう……」


 まだ果実は数がある。半分潰れてしまったものだけを食べてしまい、残りの綺麗な果実には手を付けていなかったのだ。


 これだけ言うと節約しているように聞こえるが、単純に胃が受け付けずに食べれなかったから消費が抑えられただけだ。


 最悪、水分だけなら、果実の果汁でなんとか補給することはできるだろう。むしろ水よりも栄養があるし、いいことだとは思う。


 だが、果実はオレンジのような奴や、リンゴのような奴、キウイのような奴まであり、水分量は様々だ。

 オレンジのような奴なら果汁だけ絞り出すのはたやすいが、ほかの果物だとそうはいかない。


 さらに、果実にも限りがある。これを食べきってしまうまでに回復するならいい。

 だが病状が収まっていなかった場合、今以上に体力が無くなり、どうしようもなくなった俺は確実に死ぬだろう。


 どうするべきだろうか。


 一か八か、水を補給しに行く? それとも、あと数日以内に良くなると見越して、このまま安静にしておく?


 今日は妙に意識がはっきりとしている。

 この数日のことは、意識が飛び飛びでほとんど覚えてないくらいなのに、今日は気絶もせずに意識を保っている。


 それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。

 なぜなら、体調はまったく回復していないからだ。

 意識があるせいで苦痛もはっきりと感じてしまう。


 これはどう見るべきだろうか? 

 体調がよくなっていっているのか、それとも死ぬ直前の蝋燭の炎が一気に燃えるという奴か。


 判断が付かない。

 俺はハリネズミにふと視線を向ける。

 ハリネズミは、バッグの中で荒い呼吸を続けていた。


 ……そうだよな。


「ふっ! く……ぅぅ」


 俺は力の入らない体に無理やり鞭を打ち、体を起こす。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 無理やり体を動かしたため、呼吸が乱れ、頭がクラクラする。膨張した頭の血管がドクドクと脈打ち、脳を締め上げる。経験したことのないほどの痛みが襲ってきた。エネルギー不足の手足がプルプルと震える。


 一瞬意識が飛びかけるが、無理やり太ももを抓り上げて意識を保つ。

 ここで倒れたらもう二度と起き上がれない気がした。


 俺がここで死んだら、この小さな生き物を誰が世話するというんだ。

 朦朧とする意識の中で、約束したはずだ。共に良くなると。

 どんなにきつくても、必ず世話だけは続けようと。


 もし俺が死んでも、食料と水さえ残しておけばこのハリネズミは生き残れるかもしれない。

 俺だけが果物を食べきってしまうわけにはいかない。

 意識のハッキリとする今のうちに、何としてでも水を手に入れておかなければいけない……。


 ……詭弁だった。


 正直、自信が無かったのだ。自分が回復するという自信が。

 何かしらの理由をつけてでも動いておかなければ、このまま衰弱して死ぬだけだと思った。


 死にたくない。その理由だけで体を動かせるほどの気力がなかった。

 自分じゃない何かのためという、もう一つの動機を無理やり見つけることで自分を騙し、気力を奮い立たせるしかなかった。 


 俺は上半身を起こした状態から、四つん這いになると、立ち上がるために足に力を込める。


 だが、まるで腰が抜けたかのように力が入らない。


「ぐ……ぬ……あああああああ!!!」


 俺は反動をつけ、無理やり立ち上がると、よろめきながらショルダーバッグで寝ているハリネズミへ声をかける。


「おい、水を、汲んでくるから、はぁ、はぁ、もうちょっと、我慢、してろよ」

「きゅぅ……きゅぅ……」


 脂汗をかき、前かがみになりながら覗き込んだショルダーバッグの中では、意識を取り戻したらしいハリネズミがじっと俺のことを見つめ返していた。さらに、悲しそうな鳴き声を数回上げる。


 ハリネズミは、苦しそうな表情をしながらも、宙を掻くように足を必死に動かしている。

 まるで何かを伝えたいかのような動きだ。


 なんだ? 何が言いたいんだ?

 まさか……


 まさかこいつ、俺が見捨てると思っているのだろうか。

 私を置いていかないで。僕を見捨てないで。まるでそう言って泣き叫ぶ子どもの姿がダブって見えた。


「だい、じょうぶ、だ。みず、を、汲んでくる、だけ……」


 息も絶え絶えになりながら、必死に声をかける。

 だが――


「きゅぅ……ん……きゅぅん」


 ハリネズミは一層悲しそうな声をあげ、俺のことを見つめてくる。

 やめろ、そんな声で泣くんじゃない。


 体が、動かなかった。


 そんな余裕はない、絶対にこんなことするのは間違っている。

 頭ではハッキリわかっているはずなのに、どうしても放っておけなかった、


 俺は、ショルダーバッグを抱えると、そのまま背負い留め金を止めた。

 ハリネズミは、中に入ったままだ。


 馬鹿げている。頭の中では分かっているんだが、心がこいつを置いていくことを否定した。


 こうなったら、こいつと俺は一蓮托生だ。

 どうせ俺が戻ってこれなかったらこいつもかなりの確率で命はないだろう。

 バッグの中に入っていれば、多少は揺れるといってもそれほどの負担は無いはずだ。


 俺は空の水筒を数本拾い上げると、ふらふらしながら歩き出した。





 まずい。歩き出してしまえば案外いけるかもなんて思った俺が甘かった。


 頭痛と吐き気は当然のごとく襲ってくるし、意識がもうろうとして、高熱が出てるはずなのに顔が冷たい。

 脂汗が尋常じゃないほどあふれ出て来た。


 世界がゆがむ。


 まだ、広場の半分ほどを歩いただけでこれだ。

 こんなので水場まで歩くなんて……。


『君が死んだら、この子も死んじゃうよ? もうちょっとだけ進んでみようよ』


 挫けかけ、地面に倒れそうになる俺の頭の中に、声が響いた。

 また、あの声だ。


 その途端、消えかけた俺の意識が呼び戻された。

 崩れかかる膝に力を籠め、何とか耐える。


「ふっ……ふぐっ……ぐっ……」 


 苦しさのあまり、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになりながら一歩一歩、ゆっくりと進んでいく。


 漸く広場を抜け、森の中に一歩踏み入れた瞬間だった。

 場所が変わり、区切りがついたことで気が緩んだ俺は、糸の切れた人形のごとく崩れ落ちた。


『よく頑張ったね』


 薄れゆく意識の中で、そう褒められたような気がした。



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