進む時間
やればできるもんだ。
「ぶはぁぁぁ! なんだこいつ。思ってたよりよわっちかったな。マズロー達レベルかと思って焦っちゃったよ」
突然現れた鬼に驚きはしたものの、巨大な相手との戦いは経験済みだ。デカい奴は大体、中からの攻撃に弱いってのは一寸法師の時代からのお約束って奴だからな。
思い付きで脚からよじ登って、腹から体内に潜り込んでから背中に貫通してやったわけだが、思いのほかうまくいった。
ただまぁ、血なんかでドロドロで気持ち悪い。
「……」
振り向けば、デグー達が何とも言えない顔でこちらを見ていた。
ん? 空気が重いな。ははぁん。さてはデグー達、俺に守られて凹んでるな? 勝手に下に見といて守られるとかプライドが傷ついた系の奴だな。ここはちょっと明るく向かうべきか。俺は空気を読める男なのだ。
っと、その前にだ。
ルル。君、なにそんな綺麗な顔で澄ましてるわけ?
お前はこっち側だろうが。一人だけ無事なんて許せん。
さぁ、このドロドロの手とハイタッチをしようではないか。
「イエーイ、お疲れー」
「ちょっ! こっち来ないでよ! ドロドロじゃない!」
「イエーイ、道ずれじゃー」
「いやぁ!」
「ぐえっ」
俺の肩に乗っていたため、一緒にドロドロになったケロちゃんが俺より先にルルへと飛びついた。
反射的にルルが手を振い、ケロちゃんは無事に地面へと叩きつけられたのだった。
「……ひどくね?」
「や、つい!」
地面でピクつくケロちゃんのダメージは、大きい。
合掌。
「な……な……!」
他の3人がようやく正気に戻ったのか、驚愕の顔でこちらを見ている。
っち、明るい雰囲気には騙されなかったか。ずっと戦えないと思われてたみたいだし仕方ないか。一度も戦えないなんて言ってないんだけども。
ずっとデグーにやらしい目を向けられて鬱憤の溜まっていたらしいルルが、ちょっとだけ得意そうだ。君、なんもしてないけど。
「お前は一体……」
「っと、説明はあとで。すまないけど時間が無いもんで。……なぁ、タンジー」
相当探し回って、ようやくタンジーを見つけたんだ。
逃げないように気絶させていたが、丁度目を覚ましたらしい。
「う……なんで……」
「なんでじゃねーって。やっと見つけたのに勝手に死ぬな」
「くそっ……くそっ!」
タンジーの顔は、涙で濡れていた。
悪いな。真実を知ってしまって辛いだろうけど、まだ死なせるわけにはいかないんだよ。
◇
遡る事12日前。
ケロちゃんは、俺達が置いていった後どうせマルタ村に居れば会えるだろうと、先にその日のうちにマルタ村への護衛を探しに来た商人の荷に紛れていたらしい。
道中で姿を見せて驚かせるつもりが、護衛に付いたパーティが全く別の人間だったので逆に驚かされたと文句を言われてしまった。
いや、知らんわ。勝手に早とちりしてんじゃないか。
通りであれから姿が見えない訳だよ。
そんなこんなで、先に来ていたケロちゃんが色々と教えてくれた。護衛で一緒になったパーティを保護していた事、この村の事、タンジーのこと。
どうやらケロちゃんは、この裏村に”意思のあるもの”としての存在を感知されていないらしく、閉じ込められることなく表村の両方を自由に行き来できたらしい。
とはいえ、誰とも喋れない蛙に出来ることはせいぜい限られている。
せめて犠牲者を減らそうと奮闘していたらしい。
デグー達を飢え死にさせないために、なんとか害のない豆を運んでたらしいのだが、その途中で回るテーブルに巻き込まれて豆の中を回されてしまったようだ。
なんとも間抜けな話だが、それまでは裏で色々と調べていたようだ。お陰で色々と教えてもらえたよ。
何もんだよこの蛙。
「さて……行くか。立てよタンジー」
「……俺を、殺してくれないのか? 殺したらきっとこの悪夢は全部終わるはずだ」
「……残念だけど、終わることは無いみたい」
気の毒そうに、ルルが答えた。
ケロちゃんに言われた言葉だ。
恐らく、この悪夢の終わりは新たな目覚め。
この場所を巡って分かった。
ここには、二つの意思がある。
一つは、タンジーを俺達に殺させようというこの村の意思。奴は、先に進むにはタンジーを殺すしかないという流れを作り出した。
「救うんだろ? 家族を。兄貴を」
「救……えるのか? 俺が死ぬ以外で……」
真実の一端を知って、タンジーは完全に折れてしまったらしい。家族を救う方法は、自分が死ぬことだと完全に信じてしまっている。
ボイズは、タンジーを憎んでいた。
それは、確かだ。
『気付いておるんじゃろう? 此処は、タンジーの兄の中なのじゃ』
『あーうん、まぁそんな気がしてたけどな』
ケロちゃんも、こんなこと言ってたしな。
だからこそ、俺はもう一つの意思を感じていた。
「多分、此処のゴールは一つじゃない。タンジー、あんたのたどり着いたゴールは、終わりではあっても兄貴の救いなんかじゃない」
「そんなわけ――!」
「だから、行きましょう? 行ってみてダメだったら、また考えればいいわ。みんなが救われる道を、探してみたっていいじゃない?」
ルルが、良いところを持っていきやがった。
タンジーはしばらく考えた後、色々迷っていたようだが促されるまま立ち上がり前を向いた。
◇
やはり、タンジーの存在がこの世界のカギなんだろう。
タンジーを一行に加えた事により、裏村には大きな変化が訪れていた。
「時間が……進んでる。村に夜が来るだと!?」
延々と夕暮れを過ごしていたデグー達が、驚き慄いている。彼らにもある程度事情の説明は行ったのだが、未だに信じられていなかったらしい。
村を歩いていればあっという間に夕日が森に沈み切り、辺りは既に黄昏時へと突入していた。
藁人形がただ黙々と動き回り、灯りの点いた家の中では、裏人は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちている。
「……止まれ」
「あいつは……?」
村の中央に居たのは、木彫りの人形のように肌に木目の浮かんだ一人の男だった。
巨大な机に、ひたすら木の実を運んでいる。
テーブルに座っているのは、まるで眠っているかのように動かないタンジーの家族たちだった。テーブルからこぼれた豆を、藁人形が運び去っていく。
タンジーの席と思われる場所だけが、空席だった。
「きゅ!」
「とげぞう、ご苦労さんだったな。おかげでスムーズに此処に来れたよ」
「のあぁ! 酷いのじゃ!」
とげぞうが俺の頭に上り、ケロちゃんを蹴落とした。
とげぞうには、早い段階でタンジーの兄貴を匂いで追うようにお願いしていた。だからこそ、此処に居るのはわかっていたが彼らが現れる方法が分からなかったので見張ってもらっていたのだ。
「…………」
俺達が近づけば、男はこちらを見た。
樹に浸食された虚ろな表情をしたそれは、タンジーによく似た男だった。




