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原初の地  作者: 竜胆
旅の仲間
136/144

探索者デグー

別人視点。


 男は、森の打ち捨てられた小屋の中で、仲間と共に息を潜めていた。

 茶色の癖の強い髪の毛は、既に数日の潜伏期間で汗と油にまみれ嫌なテカリを出している。

 べた付く肌は汗にまみれ埃や煤を絡めとり、自分では気づかない嫌な匂いまで漂わせていることだろう。


 この小屋は、不気味な藁人形たちを殺す事なく身を潜めることで入れる、森の中にある廃屋だ。

 あんなおぞましいモンスター、見たことが無い。

 藁人形の化け物に追われる中、人懐っこい小さな蛙に導かれるようにして見つけた安全地帯だった。


 だが、それも持ってあと一日か二日だろう。

 ただ日は落ちることなくずっと夕方のため、正確な時間ではないが。

 水も食料も手に入らないまま、こんな小屋にいつまでも居られるわけがない。


 ちらりと見ると、憔悴しきった重戦士の男と斥候の女が項垂れている。


 こんな依頼、受けるんじゃなかった。

 彼は小さくため息をついた。


 男の名前は、デグーと言う。

 ゲンとルルが受けるはずだったマルタ村の調査依頼を、二人がいけなくなったことにより代わりに受けた錆鉄級パーティのリーダーである。


「エッジのやつ、無事なんだろうか……」

「あんな奴、どうでもいいよ。一人で逃げ出した薄情者の事より、これからどうするか決めようよ。こんなところで死にたくない……」

「あいつが助けを呼んでくれる可能性だって……無いか。あの野郎、エデンスさんも俺達も置いて真っ先に逃げやがって」


 商人のエデンスの護衛でやって来たはずだったのに、エッジという魔法使いの男は真っ先に一人で逃げてしまった。そんな彼に助けを期待するのは、あまりに楽観的というものだろう。


 エデンスが先にあの目玉の実を口にしてしまったから、自分たちは異常に気づけたが、やはり護衛の依頼は失敗なのだろうか。

 斥候である女が、忌々しそうに顔をゆがめた。


「あの蛙も、半日くらい見てないな……。ここは、アイツの巣だったのか? 豆を蓄える習性がある蛙とか聞いたことないけど」

「私たちが、蓄えてる豆食べちゃうから巣ごと引っ越したのかな? どうしよう、もしそうだったらもう私達何も食べる物ないよ!?」


 この謎の村に閉じ込められ、脱出方法もわからず途方に暮れているときに出会った蛙を追いかけてみれば、辛うじて安全な場所にたどり着いた。偶然かもしれないが、あのカエルは此処に住み着いてる割に悪い物のような気はしない。


 それからしばらく、此処に籠っているのだがあの蛙が持ち帰ってくる豆が生命線になっていた。


「化物だらけの村に閉じ込められるなんて……。この村は呪われてるのか? 何もかもが出鱈目だ。魔素深界ですらもう少し常識的だぞ」

「なんなんだよあの藁人形共……。数が多すぎる」


 何も、彼らもずっと引きこもっていたわけではない。

 この奇妙な空間で、出来ることは試せるだけ試していた。


 この村は、何か条件がそろえば事象が進むようになっている。そして、条件に行き詰れば不思議なことに、最初からやり直しになるのだ。そのことに気づいたとき、何かの意思を感じた。何かに気づいてほしい。誰かにそう言われているような気がした。


「異世界にでも、迷い込んだみたいだ……」


 理解が追い付かず、気が狂いそうだ。

 まさかこれは、神や悪魔の試練なのだろうか。

 そんな中で何日も、まるで謎解きのようなことをさせられていた。


「しっ。何か、聞こえないか?」

「……人の声だ!」


 ようやく、ギルドから救助が来たのかもしれない。

 そんな希望を胸に、デグー達は廃屋から飛び出したのだった。

 



 

「お前たちは……」

「そ……そんな。なんで……?」

「おぉ、ルル。本当に人が居たぞ」

「ゴブリン坊やじゃねぇか!?」


 デグー達は、廃屋から飛び出し落胆した。


 夕暮れの森の中、小屋の外に立っていたのは出発前にギルドで少し話題になっていた新人の二人組ではないか。

 やたらとハイペースでゴブリンの討伐を行っている若い新人というだけの、これと言って他に特徴のない二人だ。


 いや、あえて言うなら少女のほうは人目を惹くほどの美人だという事だろうか。だがそんな事は今は関係ない。


「お……お前達だけなのか……?」

「え? ……えぇまぁ、はい?」

「そういえば、彼らが最初この依頼受けようとしたんだっけ……」


 少年たちは、のんきに自分たちに会えたことを喜んでいるようだ。

 閉じ込められて日が浅いからか、状況に対する深刻さを理解できていないんだろう。


「お、おいミリア!?」


 人に会えた安心からか、それとも思っていた救助と違った絶望からか。

 斥候の女が泣きだしてしまい、その場は混沌としてしまったのだった。


「……なるほどな」


 落ち着いて事情を聞けば、どうやら彼らは依頼とは関係なしにこの場に来たらしく、「なんてついてない子達なんだろう」とかわいそうな目で見てしまった。

 蛙が肩に乗っている辺り、彼らもまたあの蛙に導かれてきたんだろう。


 廃銅クラス階位5の、素人に毛が生えた程度の新人だ。

 ただの足手まといが増えたのかと、改めて全員で落胆した。


 だが何にせよ、この数日で唯一の状況変化だ。

 行き詰った今、何もないよりはありがたいのかもしれない。


「お……おぉ! 飯だ!!」

「水もあるよ!! いいの分けて貰っちゃって!?」

「困ったときはお互いさまなんで、どうぞ遠慮なく」

「……ゴブリン肉?」


 デグー達は彼らを邪険にすることは無く、共に協力して脱出を目指すことにした。何より、食料や水を分けてもらえたことが心理的に大きかったし、守るべきものが出来たという心境の変化も悪くはない。

 ただ、少年の方は何故よりによってゴブリンの肉ばかり持っているのだろうかと正気を疑った。


「なるほどね。藁人形を倒さずに一定時間経過することが次に進む鍵だったわけか。ルルが欲に目がくらむから完全にハマっちゃってたな」

「臨時収入うめーって叫んでたのゲンちゃんでしょ!?」


 のんきな物だ。

 だが話しぶりから、どうやら彼らもあの藁人形を、何とか一匹か二匹は殺すことが出来たらしい。

 

 これはうれしい誤算だ。藁人形共は、そこまで動きは早くない物のその再生力の高さと蔦の攻撃が厄介で、数が増えるとデグー達でも手に負えず逃げ出すしかなかった相手だ。


 彼らが藁人形と戦うことが出来る戦闘力を持っているのなら、負担はかなり減る。自分の身は出来るだけ自分で守ってもらおう。

 

「ねぇねぇ。藁人形殺せたって、本当かな? 彼ら、まだ廃銅クラスだったよね?」

「階位も5と18だったはずだ。恐らくまぐれか、好条件が重なったんだろう。だが何にせよ、多少は時間を稼げるかもしれないなら十分ありがたい」


 戦力が増えることに、問題は無い。

 良くて全力で一匹を倒せる程度なのかもしれないが、何もできないで守らなければいけないのと、自分の身を守れるのでは天と地ほども差がある。


 流石に活躍を期待できるほどとは思えないが、共に閉じ込められた仲間だ。とにかく一度、この奇妙な場所についての情報の共有を行っておこう。


 久しぶりの食事で一息ついた後、二人を連れてきたのは村の入口付近にある小屋の中だった。


「藁人形に見つからないように、しばらく裏人達の様子を観察しろ。何かうめき声を出し始めるがよく聞いてみると人の名前だったりする。その名前を頼りにそいつの家に向かうんだ」

「いい? ゲン君。裏人には、絶対手を出しちゃだめだからね」


 とにかく、この無限ループに変化が起きるのなら何でもよかった。知り得た情報を使って、二人を案内する。


 斥候の女(ミリア)は、ゲンを気に入ったらしく度々話しかけているが、ゲンはこの訳の分からない世界に怯えてそれどころではないようで顔を青くしている。

 どうやらこいつはルルにくっついている弟分で、本当に戦えないんだろう。階位18のルルが藁人形も倒したようだ。


「こいつらは俺達が対処する。お前らは自分の身だけ気を付けろ」

「わかった!」


 ある皿を調べると、必ず襲ってくる藁人形が居る。

 そういった謎解きの最中に現れる藁人形は、デグー達が苦戦しながらも対処した。


 緑髪の女(ミリア)がゲンを嬉しそうに守っている。

 一方ゲンは、部屋のスミで固まって怯えてしまっているようで、ブツブツと独り言を喋りろくにこちらを見ていない。

 やはり、戦闘関連でも使えないか。


癒しを(リビル)!」

「!?」


 驚いたのは、ルルという少女のことだ。

 傷を負った銀髪の重戦士(ケビン)を、回復して見せたのだ。


 まさか、希少な神聖魔法の使い手だったとは。なるほど、この子がいるから彼らでも藁人形を倒すことが出来たんだろう。

 この美しさで神聖魔法の使い手とは、とんでもない原石を見つけたかもしれない。


「よかったら、此処を脱出できればうちのパーティにこないか?」

「辞めておくよ」


 得意げにするルルにこっそり声を掛ければ、今まで隅っこに居たゲンが何故か即答した。

 お前じゃない。お前は引っ込んでろと思いながらルルをみるが、彼女は無言でニッコリとほほ笑むだけだった。


 食器の裏にある文字の捜索、絵に描かれたヒントを頼りにクローゼットの中を進めば、別の場所に繋がっている等、法則の無い意味不明な謎解きは進んでいく。


「なんだろ、何かの意味のある文章のような気もするけど、繋がってもないし……」


 時折出てくる文字は、壁に刻まれていたり食器や絵に紛れていたりする。「家族を食わせる」「愛してる」「アイツさえ居なければ」「俺が」「俺が」「ジェーン」そんな短文が続いていた。箱を開ければ声だけが聞こえてくることもあった。


 藁人形から身を潜めながら、これらの情報を集めて村中を回るのには相当の時間を要した。ゲン達も色々と考えながら進んでいるようだが、やはり何も新しい発見があるわけではなさそうだ。


 棚を横切れば勝手に扉が開き、中から男の泣き叫ぶ顔が一瞬現れ消えた。


「うおっ、びっくりした」

「気にするな、そいつらは影みたいなもんで何もしてこない」


 此処まで来ると、物陰からはっきりとは姿を見せない不気味な人影や、何かを罵倒する裏人など、狂気の姿が見え始めていた。


「これで俺達が進めた最後だ」

「やっとか……。よくこんなに複雑な謎解き進められたな」

「案外、真剣に見てれば気づきやすいところもあったからね。行き詰ってたら、まるで気づいてくれってばかりにヒントが出ることもあったし……ただ、頭がおかしくなりそうだったよ」


 斥候の女が、苦々し気に笑った。


 行きついたのは、村の正門だ。

 嫌がる小さな裏人を、大人の裏人が門の外へと連れ去ってしまった。


「ここからさらに待って、やってくる裏人に付いて村はずれの小屋に行けば、新しい裏人が出るんだ。そこから雰囲気が一気に変わるから気を付けろ」


 村はずれの小屋に入れば、そこは奥へ続く扉が一つだけある真っ暗な部屋だった。天井でランプが揺れるキィキィという音だけが響き、辛気臭い。


「っ!」

「どうしたの?」

「いや……なんでもない」


 一瞬、何か巨大な塊のような物が見えたような気がしたが気のせいだったようだ。


 部屋の中から扉を少しだけ開け、リビングを覗き見る。

 小屋の中では、半裸の男の背中に女が抱き着いたままの状態で固まっていた。

 

――う”ぅ”ぅ”


 それを見た瞬間、何かうめき声のような物が村中に響いた。そして、まるで黒い雷が走るかのように視界がぶれるのだ。ゲン達の感想は、まるでノイズが走っているかのようだという物だった。


 バチバチと視界が揺れる中、赤い目になった藁人形たちが凶暴化してこの小屋の周りへと押し寄せてくる。

 一度だけ戦ったが、こいつらはこれまでの藁人形とは明らかにレベルの違う手に負えない化物だった。この小屋に逃げ込むことが出来なければ死んでいただろう。


 とてもじゃないが外に出る事が正解とは思えない。


 藁人形たちが、小屋に群がり壁を叩く。

 ノイズの走る中、ゴンゴンという音とうめき声に耳を塞ぎたくなった。


 これが、正解なのか不正解の罰なのかもわからない。

 奴らは小屋には入れないらしく、そのまま一定期間が過ぎると、この現象は収まってまた最初からのやり直しだった。


 一際大きなノイズが走り、気が付くと裏人の男の方が、こちらに向かって両手を広げて立った状態になり固まっている。

 何かを求めているようで、求められている何かが分からない。試しにあらゆるものを捧げてきたが、ダメだった。


 この数日、何度もここで行き詰り、終いにはこのルートは間違いだったと判断して別のルートを探したりもしたが、やはり何もない。


 此処まで、村を周る事1時間ほどだ。

 だが、それは答えを分かっているから出来ることで、謎を解くのに5日以上はかかっている。


 此処がゴール?

 結局、どんなに先に進んでも何もないのか?

 出口何て、結局存在しない。ただ足掻く姿を嘲笑っていただけなのか?


 頼む、小さくてもいい。何か新しい風を吹き込んでくれ。

 ここからの進展が無いんだ。

 3人は祈るようにゲン達の様子をうかがっていた。


 ゲン達は、食い入るようにリビングに居る裏人を見つめている。


 デグー達は、まだ気づいて居なかった。

 自分たちが運んできた風が、そよ風ではなく全てを薙ぎ払う嵐だったことに。



もう少しホラーな雰囲気を出したかったけど、いまいち描写を軽くすると雰囲気が出ないですね。

かといって重くすると、それだけで文章が膨れ上がる……。

ばらんすがむずかちい。


評価、感想お待ちしてます。

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[一言] ホラーゲーム感ありますね。サイ〇ンみたいな……。
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