じだいはとげとげだろ?
大改稿中
「うわあああああああ!」
落下している最中、俺の真上を炎が通過したのだろうか。一瞬穴の中が明るくなり底が照らされた。
泥!?
――ドポン。
穴の底には、ものすごい悪臭の漂うヘドロの沼が広がっていた。
「ぶはぁ!!」
茶色のヘドロの中に頭から突っ込んだ俺は、慌てて浮上すると顔を拭って周囲を確認する。
先ほど落とした松明が消えずに、ヘドロの中に突き刺さって辺りを照らしていた。
助かった……のか?
あれがアリを焼いた炎だったんだろうか。火炎放射なんて比じゃないほどの、恐ろしい火力だった。
もう運がいいのか悪いのかわからん。死ぬと思ったら助かって、油断してたら殺されかけて……。悪運が強いってやつだろうか? 運命に弄ばれてるとしか思えない落差だ。
風呂敷までドロドロだよ……中の果物が無事だといいけども。確認したいけど結構ギリギリまで詰めてるから開いちゃうと詰めなおすのが大変なんだよな。
立ち上がると腰ほどの深さしかなかったヘドロの中、松明を手に取り辺りを見渡す。
ゴツゴツとした岩肌の天井にはぽっかりと穴が開いている。あそこから落ちてきたのだろう。下が泥じゃなかったら大けがじゃ済まなかったな。
松明の明かりに照らされたヘドロの沼は15メートル程で終わり、奥に洞窟が続いている。
「はぁ……また洞窟に逆戻りか……」
大きくため息交じりにごちるが、あまりの悪臭のため鼻で息ができない。
とにかく一度岸に上がろう。こんな臭いヘドロの中にいたら病気とかもらいそうで怖い。
変な虫とか居そうだけど、これだけの悪臭でハエ一匹飛んでないのは、さっきの爆発のおかげだろうか。
「いてて! くそ、枝か?」
ヘドロをかき分けていると、中に何か尖ったものや枝のようなものがゴロゴロと転がっており肌を引っ掻いてくる。
中に相当ゴミが溜まっているようだ。どこかから雨か何かで流れてきた落ち葉や枝がここに溜まって腐り出したんだろうか?
にしても半端じゃない臭さだぞ。まるで卵が腐った匂いと、肉が腐ったような匂いを足して2で割ったような……。
やっぱりどっかで嗅いだことあるような気がする。
ようやく岸にたどり着いた時には、ひっかき傷だらけになってしまっていた。
ヘドロがまとわりついているため傷口はよく見えないが、肌にしみてピリピリする。
さすがにかなり疲れていたため、休憩しようと風呂敷とショルダーバッグを地面におろし座り込んだ。
うーん、やっぱり上から触った感じ、果物は中で潰れているものが多そうだ。
「ハッ! ハリネズミのこと忘れてた!!」
ショルダーバッグに押し込んでたあいつのことをすっかり忘れてしまっていた。
もしかして潰されてしまってないか!?
慌てて中を確認すると――
……スピー、スピー。
ハリネズミはダンゴムシプロテクターのくぼみにきれいに収まり、気持ちよさそうに眠っていた。
よかった……。助けようとして潰してしまいましたなんて後味が悪すぎる。
何を隠そう、俺はハリネズミが大好きだ。
子どもの頃から憧れて、ようやく大人になって飼えるようになったってのがあるから、ものすごく愛着がある。
ボタンのような真っ黒な目、円い耳、つんと上を向いた鼻、そしてトゲトゲの背中。どれをとってもものすごくかわいい。
モフモフ? いやいや、時代はトゲトゲだろ。
難点と言えば、なかなか触らせてもらえないことと、夜行性のため日中はずっと寝てることくらいだろうか。
「癒されるな……もうちょっと我慢してくれよ。拠点に戻ったら出してやるからな」
流石にここで放っておくわけにはいかないからな。いくらなんでもこいつを食う気もない。
できればペットとして飼いたい気持ちもあるけど、野生の動物を飼うってのはどうなんだろな? それにそんな余裕もないし、まぁ無理だろう。
「はぁ……くさい……。ここはどっかに通じてるんだろうか? いい加減帰りたい」
洞窟の奥を覗いてみると、火山岩のような岩盤が浸食された洞窟がずっと続いているように見えた。
とにかくここを進んでみるしかないだろう。
しばらく横になり、そろそろ出発しようかと起き上がった俺は、ふと周囲を見渡した。
……あれ?
スポットライトのように沼を照らしていたはずの光が消えている。
何かで天井の穴が塞がれているようだ。
「……んん?」
不思議に思い、松明を手に取り遠くを照らしてみる。
すると――
――ぼと、ぼとぼと。
何かが上から降ってきて、沼の中へ落ちていくのが見えた。
音が止むと、穴を塞いでいたものが移動し再び沼がスポットライトによって照らされる。
スポットライトが線から円に近付いていくその瞬間見えたもの、それは赤くて巨大な尻尾だった。
「……マジかよ。ここってもしかして……」
改めて沼をよく観察する。
悪臭漂うこの沼の色は、茶色。
穴をふさいでいた物は、オオトカゲの尻尾の付け根の部分、尻だ。
つまり――
「ここは……ボットン便所?」
いま落ちてきたのは、オオトカゲの糞?
そういえば大穴の底は綺麗に砂と岩しかなかった。意識していなかったが綺麗すぎる。
普通あれだけの巨体があの場所に閉じ込められていればそこら中糞尿だらけになっているはずだ。
「うえぇ……マジかよ。最悪だ」
ぞわっと鳥肌が立ち、急いで体に着いた糞をこそぎ落とそうとするが今更すぎて諦めた。全身ドロドロなのだ。どうしようもない。
俺は泣きたくなる気持ちに活を入れながら、ふと思いついたあることを実行するために水筒の水を全て飲み干した。
そしてそのまま水際まで行くと、空っぽの水筒に沼の上澄みの液体を入れて蓋をする。
「映画で見た知識だけど……使えるといいな。って、なんだ?」
松明の炎に反射して、糞尿の中の何かがキラリと光った。
なんだ? なんでう○この中に光るものが? トカゲが食って消化しきれなかった物とかか?
そうか、中に大量にあった枝だと思ってた物も、消化しきれなかった骨とか食べカスだったんだろうな。
大したものじゃないとは思うけど一応確認しておくか。
「……なんだこれ? 剣……じゃないな、牙?」
中から引き抜かれたのは、糞尿まみれの尖ったもの。
大きさは俺の肘から先の腕くらいある特大サイズの牙だった。
指で軽く表面を撫でてみると、糞尿に隠れていた表面が姿を現す。
牙の表面は、ぱっと見乳白色をしているが、光を当てると七色に輝きとても綺麗だ。宝石のオパールに似ている。
「すげぇ! めっちゃ綺麗じゃん!」
俺はテンションが上がって、もっと汚れを綺麗に落とそうと乱暴に牙を拭いていく。
牙は見る見るうちに汚れが落ちていき、もはや芸術品と思えるような美しい姿を惜しげもなく晒していた。
「いってぇ!!!」
乱暴に擦っている間に、牙の刃先のようになっている部分に軽く触れてしまい、手が切れた感覚がした。
そこまで痛みを感じたわけではなかったが、思わず痛いと叫んでしまったのは反射的なものだろう。
……げ、結構深い。
あまり痛みを感じなかったのでそこまでたいしたことは無いだろうと思っていたら、傷口から大量の血がでており、手がパックリと割れているのが見えた。見る見るうちに手が真っ赤に染まっていく。
やばい、痛みを感じてなかったのに傷口を確認したらなんだかめちゃくちゃ痛くなってきた。
俺は慌ててポケットに入れていたハンカチを手に巻いて応急処置をする。
ハンカチも汚れているが、ポケットに入っていたのでまだマシなほうだし、しょうがないだろう。
日本で暮らしてるときだったら速攻で病院行ってるレベルの怪我だが、ほかにどうしようもない。
「はー……すげぇ切れ味だなこれ……」
ほとんど汚れの落ちた牙は、まるで両刃の剣のような形をしている。といっても牙は牙だ、側面は太く丸みを帯びている。
試しに地面に軽く突き刺してみると、キーンという澄んだ音を立てて簡単に突き刺さってしまった。
「すっげーーーー! すっげぇすっげぇ! なにこれ!? めちゃくちゃ鋭いじゃん! 何の牙だよこれ!?」
そのすさまじい切れ味にテンションが上がりすぎて、俺は子どものようにはしゃいでしまった。
実際、そこまで力を入れたつもりもないのに刀身の四分の一ほどが地面に埋まってしまっているのだ。いくら火山岩のような硬度の低い岩肌だろうと、ここまで綺麗に刺さる姿を見たらテンションが上がってしまうのも仕方ないだろう。
しばらく宝物でも眺めるかのように牙を見つめ続けた俺は、ようやく立ち上がると牙を慎重にベルトに差した。
側面で押さえてあるので多分切れる心配はないだろう。
「おっしゃ、なんかテンション上がってきたし頑張るか! 帰ったらこいつで武器を作れないか試してみよう」
これで、この森での生活が変わるかもしれない。
この森の化け物たちにどれだけ抗えるかはわからないが、この牙が俺の未来を切り開いてくれることを祈ろう。
◇
「結構、登って、来たんだけど……っな。…………光……り? ひかっ! 光り!!」
暗い洞窟は一本道で、ひたすら上へと向かっていた。
ほとんど垂直に近いような場所もあり、尖った火山岩じゃなければ足をかけて登ることはむずかしかっただろう。
長く続くその洞窟を時間も忘れるほど登り続け、何度目の登場かわからない竪穴にぶち当たった。
はぁ、また竪穴か……松明を持ちながらだとすげぇ登りにくいんだよ。口に咥えて登るしかないからはたから見たらすげぇ間抜けな姿だよな。
そんなことを内心ごちりながら、登るルートの確認をしようと上を見上げた瞬間。
岩陰に見えたかすかな光を思わず3度見してしまった。
慌てて何度も落ちそうになりながら急いで岩肌を上っていく。
つま先をひっかけてグッとよじ登ろうとするが、足が震えて力が入らない。
何度も深呼吸しては落ち着くように自分に言い聞かせ、ようやく光の縁に手がかかると、最後の力を振り絞って無理やり体を押し上げた。
「ぐ……ぬ……おおおおおいっしょ!」
這いつくばるようにしてよじ登った光の先は、夕日の射す森の中だった。