ドグマネズミ
短めです
「臭いわね……」
「ギルドで解体した魔素触媒が発酵してるからなぁ。俺には少し居心地いいけど」
魔素が通常より濃いため、身体魔素濃度を合わせてやれば、地上より体が軽い。
魔素バランスとはある意味、重力みたいなものだ。
虫達を使って、周囲の魔素濃度が1なら身体魔素も1に調整してやれば通常通り。0にしてやれば、重力が2倍かかっている状態。2にしてやれば、重力1/2の状態になるがその分身体魔素は消費される。こんなイメージだ。
周囲の魔素に、思い切り身体能力が左右されるわけだ。
だからある意味、今の環境の状態が俺の基本的な能力と言える。
魔素濃度2の場所であるここでは、俺の身体能力は平地の2倍なのだ。
ふははは、ゴブリン以下の雑魚なんていくらでもかかってくるがよい。
さて問題は、水路をしばらく歩いていった先に居る少し広くなった水路の分岐点だ。
此処に現れるのが、ドグマネズミ。
解体しそこなった魔素触媒の骨の欠片を、ガリガリと噛み砕いていたが、こちらに気づいたようだ。
誰だあんな荒い解体した奴。
解体は3センチ未満って殴られながら教えられたじゃないか。
「ヂィィ……」
大型犬くらいの大きさはあるだろう。色は黒く顔はネズミと言うよりはパグなどのようにひしゃげている。嫌悪感を抱くのは、瞼から触手のように肉が飛び出ているからだろうか。エクステか?
「ゲンちゃんのお仲間ね」
「触手みたら脊髄反射で仲間にするの辞めてくれませんかねぇ」
「ヂュァァァァァァ!!!」
ルルと漫才を繰り広げていれば、ネズミが俺達に威嚇して来た。
いつもならここで、普通に剣を構えて正攻法で戦って来た。あいつの突進を交わしながら、剣で切り付けるのだがあの毛皮が中々硬い。
ランクの低い剣じゃ歯が立たないから目や鼻などを狙うしかないが動きが素早くて狙えない。
――ザッ
突進してきたネズミに、すれ違いざまにナイフを振るがやはりこの新しいナイフでも歯が立たなかった。
ほんとにコレ、廃銅の試験なのか? 固すぎて求められる武器のランクが圧倒的に足りないんだけど。
「ふぅ……辞めだ。虫共、魔素を寄越しやがれ。|魔素過給による強制周波数変更」
その言葉に反応して、左腕に巻いていた包帯がうぞうぞと蠢きだす。来た、体が軽くなるこの感じ。
そう、俺の体も結局のところ魔素不足なのだ。
アウラを相当量吸ったこの体に、魔素濃度2程度じゃ明らかに必要な魔素濃度が足りていない。
さらにこの虫と呼んでいる触手達。
恐らく俺の中の魔素に依存している。
俺の中に残った魔素を、高速で消化しているんだ。つまり虫たちに取って俺は単なる貯蔵タンク。貯蔵庫に余裕があるときはおとなしいが、そうでないときは暴走して魔素を求める。
身体魔素濃度と、周辺魔素濃度が釣り合ってても魔素消費量がマイナスに振り切ってるんだから、燃費が悪すぎる。
「普段、勝手に使用量制限してんだから、こういう時くらい協力し合うのが共生の正しい形って奴だろ!」
まずいな、思ったよりも蓄積魔素量が少ない。
今の貯蔵量だと性能は5割、動ける時間は数秒か。
俺は一気にネズミに駆け寄った。
唐突な動きの変化に、ネズミは驚き反応しきれていない。
「ヂ!?」
「はぁ!」
地面を舐めるように低く走り、奴の生命線である足を狙う。殺しはしない――
――パキン
だが、足に当たった剣は威力に耐え切れず折れてしまった。ネズミの脚の骨も砕いたようだが、たった一本分だ。
「ゲンちゃん!!」
「ヂェェェェアァァァァァァ!!!」
っち、だがまだだ!
ブチギレ叫ぶネズミに、思い切り背後から掴みかかる。そのまま一気にスープレックス気味に壁にぶつけた。
「心配っ! すんなぁぁぁぁ!」
一瞬力が緩んだところで、ネズミの尻尾に持ち替え振り回す。ビタンビタンと、壁に3回もぶつければネズミは沈黙した。
「はぁ……はぁ……」
「うわぁ……ひっどい有様……」
ネズミはぴくぴくと痙攣をおこし、もはや動く気配はない。骨が折れているのかぐにゃっとしている。
「結局剣で殺せて無いじゃない……剣術に拘ってた意味あった? はい、治療終わったわよ」
「基礎の基礎は出来上がってるんだから十分だろ。誰かさんが金使い切らなければもう少しマシな剣でクリアしてたっての」
くそ、やっぱり虫共はネズミの魔素じゃあんまり満たされないらしい。一応生かしておいたから触手で吸うが、消費量と見合っていない。
ふと見れば、暇だったらしいとげぞうが浮かんでいる木片に乗って下水を渡っている。え、何それ面白そう。……どこまで流れてくの?
「……虫、私に向いてるじゃない! もー! どうするのよ?」
「あー、やっぱムリだったか。……ちょっとだけ吸わせてくれない?」
「バカバカ変態! 死ねばっ!?」
そんなに怒らなくても……。人の魔素が一番効率良いのに……。
「はぁ。報告は今度にしてゴブ狩り再開だなぁ……」
討伐証明の尻尾を切り落とすと、俺達は他のネズミが出る前に水路を後にしたのだった。




