探索者ギルド
憧れの王道、ギルドイベント!
マグリットの街の中心部に近い位置に、一際大きな建物がある。町役場と二つ並びのその建物には、赤いクリスタルのような絵の書かれた看板がぶら下がっていた。
探索者ギルドマグリット支部。
マグリットの街を拠点とする、探索者達のホームだ。
吹き抜けのフロアにあるカウンターは依頼を達成し報告する探索者であふれかえっており、一階に併設されている酒場兼オープンスペースでは今日のノルマを達成した勝者たちが一日の疲れを労っていた。
そんな喧噪の中、男が一人カウンターに向かって騒いでいる。
「おい、ハゲ! まだあのカエル、ギルドの中にいんじゃねーか! 駆除してねぇのかよ」
「あぁん? もう、放っておけよ。何度追い払っても帰ってくるし、駆除しようとしたらいつの間にか消えるんだよ。虫だって食ってくれるし、害は無いんだからいいだろ」
金髪の男は、カウンター業務をしていた男に指をさす。
その先には、オープンスペースのテーブルが並んでおり「おわっ!」など、小さな悲鳴が上がっているようだ。
「そうは言っても、あのカエル気持ちわりぃんだよ。なんかこっち見つめて聞いたことない鳴き声でずっと鳴き続けるんだぞ?」
「っは、銅クラスも卒業しようっていうお前があの小さなカエル一匹にビビるとはな。受付嬢の間じゃ、それなりに人気だぞ? 動きがコミカルで可愛いんだとさ」
「……マジかよ?」
その言葉を聞いた男は、首をかしげながらすごすごと自分のテーブルへと帰っていった。
ギルド内で、受付嬢の機嫌を損ねるのは得策ではないと判断したらしい。なんなら男は、ギルド譲のために気持ちの悪いカエルを排除しようとした節さえある。
「キャラバンに紛れてきたんだろうが……まぁいいか。そのうち居なくなるだろ。おい、ククル。今日はあの嬢ちゃんの来る日だろ? 資料揃ってんのか?」
「はぁーい! 近隣の奇妙な噂を集めたいっていう依頼でしたよね。しっかり揃ってますよ! 例えばぁ……なんでも旧街道沿いのマルタの村で、あの謎の奇病が発生したんですって! あ、ちゃんと同時に調査依頼も掲示板に出してますよぉ!」
ククルと呼ばれたおっとりとした印象の受付嬢は、満面の笑みで資料の紙を振り回す。そんな様子を見て、ハゲと呼ばれていたガッゴイは資料は丁寧に扱えよと頭を抱えた。
「奇妙な噂って、最近じゃ天使やら化け物やらと怪しい噂だらけなんだけどな。……ん、カエル。おまえ今度はこっちに来たのか。さっさと虫でも食ってどっかいってくれ」
何やら喋るような奇妙な音を立てるカエルを手で追い払うと、男は次の仕事のために席を立つのだった。
「…………」
「…………」
目の前に、大男が居る。
頭はスキンヘッドに、入れ墨まで入っている強面の男だ。
子どもが入ってくるのが珍しいのか、ギルド内は最初からざわついていたが、今はさらにざわつきが大きくなっている。
ギルドに入ったのは二度目だが、ここカウンターだよな? なんで普通に並んでるのに、困惑された表情で見られてるんだろうか。
「……あー、ここでよかったのか? ぼうず」
「うん? ルル、俺なにか間違えた?」
「普通にこんなゴロツキみたいなおじさんが居るカウンターにすっと並んだから、おじさんですら驚いてるんだとおもうわよ? 並ぶなら普通はあっち」
ルルが指差すのは、隣に並ぶ受付嬢コーナー。他にも若い男の受付も居る。何処も混んでいるというほどではないが、おっさんの場所だけ明らかに空いている。
あー、そういう事? ってか、ルル。コソコソ話のつもりかもしれんけど普通に声でけーよ。おっさんも正解だけどすげぇ複雑って顔して凹んじゃってんじゃん。
「譲ちゃん……ってことは、お前さんがゲンか。……いや、まぁ合ってるからいいんだけどな。おーい、ククル。お客さんだ」
「はぁーい!」
おっさんに呼ばれ、ほんわかとした雰囲気の受付嬢が後ろから駆け寄って来た。
なんでやねん。
俺は女が苦手だからおっさんのところにわざわざ並んだのに……。
受付嬢とのやり取りは、ルルに全部お任せした。
ダメだなーとは思いながらも、やっぱ女性と話すのは緊張するんだよ。何考えてるのかわからん。
ルルはなんか最初の勢いもあったし、中身が晶だと思えば女だと思わなくなった。
気にしなければ別に喋れると思うんだけど、無理にしゃべる必要もないべ。
その間、暇になったのでオープンスペースのテーブルに座って待つことにした。依頼の掲示板ってホントにあるんだなとか、色んな武器やら防具やら装備してる探索者を見るだけで楽しい。
「鉄クラスの【黄金の皿】だ! 4泊でヘスタイトの洞窟へ行く予定だ! 水属性のメンバーを募集してる!」
「火属性で料理できる奴、掲示板見てくれよー!」
鉄クラスなのに黄金の皿とはこれいかに。
メンバー募集の呼び込みは、やはり属性重視なのか。
こういうの聞いてるだけでも、勉強になるなぁ。
当然武器や前衛後衛の指示も多いが、遠征となるとまずは5属性そろえるのが基本になるようだ。
うー、冒険の匂いが、金と血とアドレナリンの匂いが充満してる。
前回来た時は、登録だけ行ってすぐに離れたし時間帯も悪かったからこういう雰囲気が無かったんだよな。
魂口もってりゃ登録は待ってるだけでよかったし、思ったよりあっさりしたものだった。あ、でも【階位】っていうレベルみたいなの調べるのは行った。
……レベル5だったけど。
あくまで大雑把な魂の年輪みたいなの調べてるだけで、目安でしかないらしいんだけどな。
ルルの18階位でギルドがざわついたのが非常に納得いかない。あの顔ホント腹立つ。
「……うまっ」
緊張しながら売店で飲み物も買ってみたが、いまいちお金の感覚が分からないので小銭ジャラジャラと出したら、お使いのお子どもみたいな扱いを受けてしまった。
童顔だから、中学生より下に見られるんだろうか。ついつい自分の容姿を忘れてしまう。
とげぞう用のおつまみ豆もセット購入だ。テーブルの上でポリポリ食べてる姿を見て、探索者のおねーさん方が微笑みながら通り過ぎていく。
うーむ……。
「果実水……ちょっとうますぎるからゴブ肉でも入れるか?」
「きゅ?」
「頭おかしいんじゃないの?」
悩んでいると、ルルが帰ってきて果実水を取り上げられた。まだ一口しか飲んでないのに……。
「ぷはー、何コレおいしい」
「テッコの実が入ってるって言われたけど、何かわからん」
「あー、なんだろう。トマトみたいな見た目のツルッとした果物よ」
おぉ、相変わらずこういう時晶の記憶も持ってると役に立つな。
的確に例えてくれるからわかりやすい。
ただしそのフフンというどや顔はやめろ。
「で、どうだった?」
「うーん……、獄夢の情報は無いから、変わった情報で探したら気になるのは見つかったけど、その程度ね」
「そうかぁ。じゃあやっぱ国外かね? んで、仲間の方は?」
「そっちもさっぱり。獄夢攻略のメンバー募集なんて、見向きもされてないわね。しかも男性限定にしちゃってるし」
ルルが、「はぁ」と溜息をついてテーブルに突っ伏した。まぁ、そりゃそうだよな。一緒に地獄に行きませんか? って言われてるようなもんだし、そりゃ応募も無いだろう。地道にスカウトしていくしかないかな。
「気になる情報ってのは?」
「うー、大した情報じゃないんだけど……」
そう断って話し出したのは、ある村の話だった。
どうやらそこで、肉体が暴走するような奇病が流行っているのだとか。
「目玉がゴロゴロ……ねぇ」
「どう……? 【手血肉燐の都】を思い出さない?」
「思い出したくねぇ……けど、なんかきな臭いね」
そんな話をしていた時だった。
「面白い話をしておるのぉ」
「ん?」
不意に、声を掛けられた。
周りを見つめるが、誰も居ない。
ルルも顔を傾げ、キョロキョロと見渡している。
「ちがうのじゃ、こっちじゃこっち。まぁ聞こえておらんだろうがの」
「うん? ……蛙?」
テーブルの上に、一匹のアマガエルが乗っていた。
テンプレの先輩に絡まれるイベントもなく、蛙に絡まれるっていう。