さらまんだー
大改稿中
「…………あっちぃぃぃ!!!」
焼ける! 腹が焼ける! 何だこの上に乗ってるのは!?
あまりの熱さに目を覚ました瞬間、慌てて上に覆いかぶさっていた物を押しのけようとするが、重すぎてビクともしない。
身をよじりなんとか隙間から這い出た俺は、周囲を見たわして愕然とした。
大量の焼け焦げたアリの死骸。
中にはまだ火がくすぶり、煙を上げているものもある。
まるで地獄絵図のような光景だった。
「一体……なにが……? 俺は、生きてる……ん……だよ……な?」
周囲は焦げた匂いが充満しており、岩肌や地面から出た熱線がチリチリと肌を焼く。
骨にひびが入っているのかもしれない。全身打撲で肌が紫色に変色していた。
俺は状況が理解できず、わけのわからないまま目の前の光の柱へと歩みを進めた。
「ん……まぶし……」
暗闇に慣れた目に、強い光が入り込み目が眩む。
一瞬目を細めるが、すぐに影が射したおかげで視力が戻った。
ん? 影?
「ひっ……!」
恋しくて恋しくてやまなかった太陽の光に体がつつまれ、安堵の表情が浮かんでいた俺の顔が一瞬で引きつる。
思わず口から悲鳴が漏れた。
見上げた俺の目が捕えた物、それは――全身真っ赤なドラゴン……いや、あまりにも規格外過ぎて一瞬ドラゴンかと思ったが、これは俺の知っているドラゴンとは違う。言うならば超巨大な爬虫類だった。
全高5メートル、体長はゆうに20メートルはあるのではないだろうか。
その巨大な爬虫類は、テレビで見たコモドオオトカゲによく似ていた。
これをドラゴンというには、ファンタジーファンである俺の心が許さなかった。
オオトカゲは、地面に転がるアリの死骸をボリボリと貪っている。
チロチロとその口からは、炎が漏れ出ていやがる。
一体なんだっていうんだ。もういい加減にしてくれ。
なんなんだ? 俺は知らないうちに神様の顔にケツを乗せて屁でもこいてしまったのか?
ここまで俺のことを執拗に殺そうとしてるくらいだ、それくらいのことを記憶を失ってるうちにやったのかもしれない。
ようやくすべてが終わったと思った矢先の怪物の出現に、俺はやけになって崖際に座り込んだ。
何よりも、もはやこいつに抗うだけの体力が残されていなかった。
どうとでもなれ。見つかって食べられてしまうならそれはそれで一瞬で死ねるだろう。もう疲れた。
神様が俺を殺したいって言うならもう抵抗せずに受け入れてやろうじゃないか。ただしあの世であったら絶対一発ぶん殴ってやる。
その上で倒れた神の顔面にケツ乗っけて屁をこいてやる。
あぁ……死ぬのが楽しみに――
……流石にならなかった。
俺の体は汗と泥でべたべたになり、その上ススで真っ黒だ。裸の上半身は打ち身で紫色に変色している。
まるで戦争映画に出てくる末期の兵隊のようだった。
力なく座り込むと、水筒の水を一口あおる。
俺はついさっき起きた出来事のことをなんとなく考えていた。意味も分からないまま死ぬのもなんだか後味悪い。
……おそらくあのアリの津波が出口に差し掛かった瞬間の、オレンジ色の光はこいつが吐いた炎だったのだろう。
すべてを焼き尽くすほどの強烈な炎で視界が眩んでしまっていたのだ。
それほどの炎の中で、俺が何故無事だったのかはわからない。俺に覆いかぶさっていたアリが偶然盾になったと考えるのが普通だろうか。
その炎があのアリの大群を焼き尽くしてしまったのだ。
よくよく考えてみると、ヒントはあった。
アリの足跡を探っていた時に手についたススも、炎があそこまで届いていたんだろう。
さらに、走っていた時に俺の足を取り続けていたもろく崩れるものも、過去にトカゲの炎に焼かれた炭や死骸だったんだと思う。
出口が、外の風景が見えないほど明るく際立って見えていたのも、ススのついた真っ黒な崖に囲まれていたというのが一つ。
そしてもう一つ、光の中に浮いていた太陽。あれは太陽ではなく、ブレスを吐くためにトカゲの口にため込んでいた炎だったんじゃないのか?
その強烈な光で、出口が光の柱のように見えたのだろう。
さすがにこれだけの情報では、『火を噴く巨大なトカゲが待ち構えている』なんて答えを導き出すことは出来なかった。だがこれらがすべて頭の片隅にひっかかって、嫌な予感を作り出していたんだろう。普通暗い中から見た明るい場所は、はっきり見えるはずだし、あの角度で太陽が見えるのもおかしい。
オオトカゲはノソノソとその巨体を引きずりながら、次から次にアリの死骸を頬張っていく。
その姿を、推理の終わった俺は茫然と見つめていた。
おそらくそこら中に散らばる死骸をすべて食らい尽くした後、このオオトカゲは俺に襲い掛かってくるのだろう。
俺の心は不思議と落ち着いていた。
正直、本気で死んでもいいと思っていたわけではないのだが、心が疲れてしまっていた。がんばって生き延びて、それでどうなる? 地球に戻れるかどうかもわからない、地球に戻っても楽しいことなんて……。
そう考えると、体が動いてくれなかった。
オオトカゲがアリを貪っている間に、俺は周囲を見渡す。
360度ぐるりと崖に囲まれたこの場所は、密林の中にぽっかりと開いた大穴の底らしい。
はるか上空に密林の枝葉が顔を覗かせている。
穴の底は草一本生えない砂岩地帯になっており、このオオトカゲが一匹だけ住んでいるようだ。ざっと見、俺が入ってきた割れ目以外の入り口は無い。
というか、明らかに俺が入ってきた谷よりもオオトカゲの体が大きいのだが、こいつはもしかしてここから出られないのではないだろうか?
オオトカゲは穴の底に転がっているアリの死骸を食べつくすと、今度は谷に顔を突っ込み、前足で奥の死骸を掻き出そうとしている。
数十匹の死骸を食べたはずなのだが、まだ足りないようだ。
思った通り、オオトカゲの体は谷の入り口でつっかえてしまっている。
しばらく奥に残っている死骸を何とか引っ掻き出そうとしていたオオトカゲだったが、ようやく諦めたのか、後ずさりして顔を引っこ抜くと周囲を見渡し出した。
……あぁ、とうとう俺の番か。
そう思って脱力したままオオトカゲを見ていたが、なぜかオオトカゲは俺の方を見ることなくそのまま踵を返すと、広場の中央にむかって歩き出した。そして、中央まで来るとその場にうずくまりいびきをかき出したではないか。
「……なんだよ」
こいつもか? こいつも俺のことを無視するのか?
この森の生き物は、意味がわからない。
明らかに肉食性の奴なのに、まるで俺のことが見えてないかのごとく無視する。
かと思えば、初日の蛇や猿のように俺のことを問答無用で襲ってくる奴もいる。腹ペコ度の問題か……?
確かにライオンなんかも満腹だと襲ってこないって聞いたことあるような気もするが……それだけではないような気もする。
妖精なんかは、掴まれて初めて俺のことに気付いたような顔だったし、トレントも完全に俺のことを見えてないかのような動きだった。
アリに関しては、腹ペコとか関係なしに白いアリが突然……そうか、あの白いアリは先に俺が繭を突いたから襲ってきたのか……? だが、それにしてもそれまで俺のことを無視していた意味が分からない。
「……まぁ、なんにせよまた助かってしまったのか……」
そう、このオオトカゲが俺のことを襲ってこないのならば、このまま谷底を逆走してしまえば俺は晴れて生還することができる。
くそ、今頃震えが来やがった。
生きられて……よかった……。やっぱり……まだ死にたくねぇよ。
安堵した途端、一気に麻痺していた感情が溢れだし涙目になってしまった。
たった今死を覚悟していた俺だが、目の前に生をぶら下げられると当然のごとく生きたいという欲求がわいてくる。
なんだかんだ言って、死ぬのは怖い。
たとえば、絶対に何の痛みも感じず、瞬間的に死ねる薬なんてものがあるとする。今それがあれば、俺は迷わず飲むだろう。けど、絶対っていう条件がまずあり得ない。そんな薬あったとして、飲んでみた奴は全員死んでるから死んだときの感想なんて聞けないわけだ。もしかしたらすげぇ苦しんでるのかもしれない。
何が言いたいかっていうと、結局は死ぬのが怖すぎて生きていたいってことだ。
「おい……しょっ……と」
あのゴタゴタで杖を失っていた俺は膝に手を突くと、重い腰を上げた。
オオトカゲはいまだいびきをかきながら広場の中央で眠っている。
「……どんだけいるんだよ?」
谷へと向かい、先へ進もうとした俺を出迎えたのはアリ達だった。
あの炎を免れたアリ達が再び谷底をうろついてるのだ。
さすがに谷を抜ける気はないのだろう。大穴の10メートル以上手前をうろつき、俺が戻ってくるのを待っているようだ。
……どうしたものだろうか。
ここで俺はあることに気付いた。
オオトカゲが届かなかった谷底の死骸に、まだ炎がチロチロと燃えているものがある。
この火を何とか持ち帰れないだろうか。
周囲を見渡すと、あのゴタゴタでも無事だった俺の杖が転がっている。
恐る恐る谷底に入り、うろつくアリ達がこちらに向かってこないのを確認してから杖を拾うと、松明のように布を巻き付けて火を移した。
ボッと思った以上に強い炎が立ち上ると、一瞬で小さくなり、そのまま炎が揺れ続ける。いまいち安定しないその炎を消さないように気を配りながら広場へと戻った。
さて、これからどうしよう?
「アリ達が俺のことをあきらめて、巣穴に戻るのを待つのがベストなんだろうなぁ」
だが、そうは言ってもいつこのオオトカゲが目覚めて、俺のことを襲いだすかわからない。
それに、アリ達がずっと諦めない可能性もある。
「……とりあえずほかに出口がないか探してみるか」
俺は広い大穴の底を、オオトカゲを起こさないようにびくびくしながら探索してみた。
奴は気持ちよさそうに、お腹を上下させながらいびきをかいている。
後ろに回るまで気づかなかったが、オオトカゲの後ろ足の付け根に大きな傷があるな。
こんな巨大なトカゲに傷を負わせる奴ってどんな化け物だよ……この森にはまだまだ恐ろしい化け物が居るってことか?
こんなこと考えてると、突然そいつが出てくるなんてお約束が……。
……シャレにならないからこれ以上考えるのはやめておこう。
そんなことを漠然と考えながら、丸い砂漠のような穴の底を、崖沿いに歩いていく。半周ほど歩いただろうか。
砂がすこし丘のように膨らんだ場所の陰に、さらに下に通じる少し大きめの穴を見つけた。
直径は3メートル程で、底は暗くて見えない。
ほかに出口らしいところが見当たらないから、ここがだめだったら谷底を抜けなきゃならなくなってしまう。
頼む、外に繋がっていてくれ。
俺は中の様子をよく見てみようと近づくと、松明の火をその穴へと向けた。
次の瞬間。
――ドオォォォォォォン!
「――っ!!」
突如大穴から爆音と共に火柱が吹き上げ、俺は後方へと吹き飛ばされた。
吹き飛ばされる瞬間、一瞬だけ見えた火柱は10メートル以上の高さに上ったのではないだろうか。
「……うっ」
地面を転がった俺は、数メートル先でようやく止まり、フラフラと立ち上がった。
「ってぇ……。なにが起こったんだ……」
穴をのぞき込んでなかったことが幸いしたようで、大きな怪我はないようだ。
目がチカチカする。すごい衝撃だった。
俺はいまだクラクラする頭をハッキリさせるため二、三度頭を軽く振ると、何が起こったのか確かめるために穴へと近づいた。
炎は一瞬で収まったらしく、穴は再び真っ暗な口をぽっかりと開けている。
恐る恐る、火種の残った松明を再びかざしてみるが、今度は何も起こらない。
なんだったんだ……? 突然何かに引火した? ガスでも噴き出ていたのか?
油断させといてこれかよ……こんなもん初見殺しすぎるだろ。もし穴をのぞき込んでたら頭だけ吹っ飛んでたぞこれ……。
俺は慎重に安全を確認すると、ゆっくりと穴の中を覗いてみた。
とりあえず爆発はもう起きそうに無い。やっぱり何かのガスが溜まってたのか? うっすらとどっかで嗅いだことのあるような悪臭がするが……どこで嗅いだんだっけ。これが引火したガスの匂いなのか?
今の爆発でガスが全部消えてればいいが……。中に入ってみてガス中毒で死にましたとか冗談じゃないぞ。
日の光に照らされて、穴の底がかすかに見えている。
俺はなんとか底の様子を把握しようと、前かがみになりながら松明の火で中を照らす。
――その時だ、耳をつんざくような凄まじく巨大な鳴き声が大穴の底に響き渡った。
大地がビリビリと震えるほどの衝撃。
思わず手放した松明が、ゆっくりと穴の中へ落ちていく。耳を押さえ、身をすくめた俺が見たものは、爆音で目覚めたオオトカゲが、巨大な火の玉を口にため込んでいる姿だった。
「う……あ……。っ!?」
動揺して後ずさりをした俺は――
穴の中へと吸い込まれていった。