紫の宝玉
横になったまま起き上がれる気がしない。世界がぐるぐると周って見える。
気絶した時間は、ほんの一瞬だったようだ。
目を覚ませば、いまだ粘筋は炎にくすぶり続けマズロー、ネルの二人はほぼ炭化したままでいる。
そのそばには、上半身の吹き飛んだ羅刹鬼菩薩が鎮座したまま脱力していた。
動き出す気配も、あの神々しいまでの殺意も何も感じない。
「終わった……のか……。――っ!」
ほっとしたのもつかの間だった。
俺は左腕の激痛に気づき、横になったまま腕を上げて見て驚いた。
う……グロい。
一本も、指が無い。それどころか肉がポップコーンのように弾け飛び、骨が見えてしまい殆どミンチだ。
完全に脳内麻薬ドバドバ、痛み忘れてるコースだわこれ。
あまりの衝撃に思わず、
「グーが出せない……」
なんて呟こうものなら、泣きながら抱き着いていたルルがぶん殴って来た。
グーが出せない相手にグーで攻めてくるなよ。
死ぬほど心配させといてどこを気にしてるんだって言われても――って、鼻水、鼻水すんげぇ出てる! 垂れてるぅぅ!
アーッ!
上半身の吹き飛んだ羅刹鬼菩薩を背景に、俺を見下ろしながらルルが小首をかしげた。
「……はい? ちょっと意味が……」
「だーかーらー、ヘリ豆で空を飛んで、油断させるために左手に似た植物を置いて、ダンゴムシの中に油、短剣、短槍の残滓を入れたら、バインドローズで幾重にも蓋をして、あら不思議。超圧縮の空気爆弾になったの!」
ドゥーユーアンダースタン?
かれこれ、3回目の説明だ。そりゃこんなクッキング調な説明にもなるさ。
「ぜんっぜん意味がわかんないわよバカ! 生き残る算段は付いてたのかって聞いてるのに完全に出たとこ勝負じゃないの!」
のわあああ! 治療中にポカスカ殴るな!
肉体言語で語り合うほどの体力は俺には残ってないんだよ。インテリジェンス言語への翻訳を所望する!
俺、瀕死。お前、俺、治す。わかる?
いて……いてて……いや、マジスナップ効いてる。
死神だ、死神が目の前にいる。
銀色の髪をした、白い肌の死神が俺を殺そうとしている。こ、これがフリッカージャブ!?
「いでぇぇぇぇ!! もうちょっと、やさしく!!」
「頭がパーなあなたにはこれくらいでちょうどいいでしょ! もう少し痛みに敏感になりなさいよ! ばかぁぁ!」
罵りながら泣くの、止めてもらえないかなぁ。
女の涙って、苦手なんだよ。
得体が知れないっていうか、何考えてるのかわかんなせいでなんて声かければいいのかわからん。
うーむ。
「だってさ、マズローたちが命かけてるのに俺が賭けない訳に行かないじゃん」
「だからって、無茶しすぎよ」
「お前の分も、ぶっ飛ばしてやったろ?」
スッキリしただろ? と、ニカッと笑って見せれば、ルルはポカンとした後、一瞬顔をカッと赤くして俯いた。まだ何か怒ろうとして、堪えた感じ? 後悔はしてるからそろそろ勘弁してほしい。なお、反省はしてない。
「はぁ……ほら、終わったわよ。獄夢の終わりに、指拾い集めるのに苦労するとか思わなかったわ。とげぞうちゃんに感謝しなさいよ」
「サンキューとげぞう。愛してるぞ」
「きゅっ!」
え、何その顔を押さえる動き。照れるポーズなの? 新しい芸なの? っく、折角生き延びたのにとげぞうに萌え死させられるところだった。あぶねぇ。
「しかし、回復魔法ってのはすげぇな」
「鼻血でてるわよ」
まさか失った指、拾ってきてくっつくなんて思いもしなかった。まぁまぁのアウラを持ってかれはしたけど、ほぼ肘までしか残ってない状態から違和感ないほど回復したなら安いもんだ。
「んで……真面目な話、どうなってるんだ? 終わったんだろ?」
「それが……」
回復も行わないまま、マズローとネルは主の近くで警戒するように立っている。
もっと、歓声が上がってるような状況じゃないのか?
「ゲン……。よくやったな」
「ほんト、キミが此処までやると思わなかっタ」
「俺も思わなかったよ。やっと、終わったな」
かなり縮んでるけど、近くで見るとやっぱでけーな。
二人とも、まだ3メートル近くあるんじゃねぇのか?
そっと出された巨大な拳を、二人とぶつけて喜び合った。
「それが……、様子がおかしいんですの」
「うん?」
羅刹鬼菩薩は上半身が吹き飛んだまま、ダラリとその身を横たえている。
本当に死んでいるっぽい感じではあるんだが、そういえば何も起こらないな。
「獄夢って、どうなったら終わりなんだ?」
「わからん。主はさっきから沈黙を続けてる。これからこの下半身を打ち砕いて、中の赤ん坊を引きずり出してみるつもりだ」
「……あれかぁ。あ、緑色の根っこみたいなのが生えてる腕があったら拾ってくれない? アレが俺の探し物みたいだ」
「わかったから、お前はもう少し休んでろ。アウラの消費をすると体力が著しく落ちるからな」
あー、だから結構だるいのか。
とりあえず、主の解体はマズローたちに任せてもよさそうだ。ラニャは……何してんだ? なんかキョロキョロ周り見て動き回ってるけど。
ん、とげぞう?
ふと、とげぞうがフードから居なくなっていることに気づき辺りを見渡すと、フンフンと地面を嗅ぎながらウロウロしてるのを見つけた。
「とげぞう、どうした? なんか面白いもん見っけたか?」
「きゅ! きゅ?」
そこにあったのは、紫色のドッジボールほどの珠だった。じんわりと光っているが、肉の襞に丁度挟まるようにして鎮座している。
遠くから見つけにくい場所に隠れていたから、近くに来るまで気づかなかった。
不思議な、淡い光を放っている宝石だ。
見ていると、どこか不安に胸をかきむしられるような気持ちになる。
「これは……あいつの第三の目か?」
「きゅー……。ふしゅ! ふしゅっ!」
「っ!?」
近寄れば、唐突にとげぞうの警戒アラートが鳴り響いた。瞬時に辺りを見渡せば、ラニャがものすごい勢いでこっちに走ってくる。
そしてその後ろ――
今まさに、マズローたちに解体されようとしていた羅刹鬼菩薩の股から、弾丸のように何かが飛び出してきた。
――赤ん坊!?
それは、あの死産の赤子。
それが、俺達を目掛けて――いや、この紫の宝石目掛けてるのか!?
何が何だかわからない、わからないけど、この宝石を触れさせるのは危険に感じた。
俺は、咄嗟にその宝石に手を伸ばし――
「なっ! 触手が!!」
ぞわぞわぞわぞわぞわぞわぞわぞわ。
腕の触手が、勝手に全力で暴れるように蠢きだした。
白いミミズたちが一斉に吹き出し、イソギンチャクのように花開く。
制御が、効かない!
食らいつくように、触手たちはドッジボールほどもあろうかと言う宝石を包み込んでしまった。
「ギャアアアアア!!」
「っく! なんなんだ!」
とにかく飛び込んできた赤ん坊を避け、次の攻撃に備えようと構える。
その間に、未来の猫型ロボのようになったと思った手は、一瞬で縮み、何もなかったかのように触手は沈黙した。
それと、ほぼ同時だった。
ピキピキ……
「アアアアアアア!!」
パリーン……。
頭上の赤いクリスタルが、粉々に砕け散った。
赤い粉がキラキラと舞い、消えていく。
赤子は、動きを止め顔の表情だけが苦悶に歪んでいく。
いや、体にひびが入り動いているのにそこから崩れているんだ。
ものすごい勢いで、赤子が崩れていく。
ボロボロと、こちらに向けもう一度飛び込もうとしていた赤子は、更にまるで風化していくかのように崩壊が進む。
最後には、何も残らず灰の山になってしまった。
「……なに?」
え? 死んだ……?
チリと化した赤ん坊を見た後、俺は手をまじまじと見る。あの謎の宝石を吸ってからも、手には特別に変化はないんだが、なんなんだ。
ん?
いや、これは……。
腕の中に――なんかある?
「だ、大丈夫でしたの?」
「お……おう?」
駆け寄ってきたラニャが、俺の手を物凄く見てる。一連の流れを見て訳が分からないと言った感じだ。俺にもよくわからない。
「お、おい! 見ろ!」
「主が……崩れていくネ」
その声に振り向けば、羅刹鬼菩薩の死体が赤ん坊と同じくボロボロと風化していくところだった。
左腕に似た植物は、一章の太古の森で既出の種子を食べた生物に擬態する擬態木の腕部分だったり。
補足
ちなみに、圧縮爆弾だと思ってるゲンですが、バインドローズの力はそれほど強くはないため劇的な効果があったわけではありません。王種の短剣を全開放した空気圧だけでほぼ爆発は完成してましたが、甲殻が弾け飛んだことにより威力が上がってますので甲殻で包んだ意味はありました。
黒い油は、圧力解放された際に揮発、そこに短槍の着火が入ったので想定の手順ではないですが、しっかり威力UPの手助けになっています。
バインドローズ以外は、ちゃんと機能してたという事ですね。