オーバーキル
「この姿になってわかった。お前の血が無ければ、此処まで堕ちて意識なんて保ってられん」
「馬鹿野郎……ルルが起きたら、絶対殴られるぞ」
「泣かれるくらいにしてほしイ」
マズローとネルが行ったのは、スキルの暴走だ。
彷獄獣の力を自我を残したまま引き出すスキルは、その力を深く使いすぎると戻れなくなり彷獄獣堕ちする。
二人は、もはや人に戻ることが不可能なまでに獄夢の奥深くまで堕ちて行った。
そこに居たのは、剣を取り込んだ巨大な鬼のような男と、4本腕になり攻城バリスタのような矢をつがえる彷獄獣だった。
「イクゾ!」
二人の戦いは、当然激烈なものになった。
気絶したルルを抱えたラニャと俺は、邪魔にならないよう後方へと下がってるんだが、何だあの姿は。
「グラアアアアアア!!」
「キシャアアアアア」
マズローがその大剣で羅刹鬼菩薩の腕を切れば、瞬時に生え変わった腕がマズローを鷲掴みにし、ネルの放った巨大矢の盾にされる。
距離を詰めてゼロ距離からバリスタを発射しようとしたネルを、振り回されたマズローの体ごと吹き飛ばされた。
「&%”&#$」
ぼそりと、主が何かを呟く。
周囲に誰も居なくなった途端に再び展開される火の玉の群れ。それを、堕ちる前にネルが一つ一つ潰していく。
その間にマズローは体勢を整え、人体に不可能なほど捻じ曲げた体をばねのように使い、一瞬で距離を詰め羅刹鬼菩薩へと体当たりを試みる。
迎え撃つように裏拳で吹き飛ばされたマズローだったが、その背後から走ってきたネルが現れ、いつの間にか切り離され渡されていたマズローの大剣で一閃。
――キャアアアアア!
羅刹鬼菩薩の体が、胸から横に二つに分かれた。
しかし、すぐにその体は癒着してしまう。怒り狂った羅刹鬼菩薩は口を大きく開け、あの腐った黒い水を周囲にまき散らした。
飛んで避ける二人だったが、飛沫の当たった部分がシュウシュウと音を立て腐り落ちる。
それらを無視しながら、マズローは口を広げて光線を放った。
光は羅刹鬼菩薩の頭部に直撃し、爆発を引き起こす。
「び……ビーム!?」
だが、そこに立っていたのは無傷の羅刹鬼菩薩だった。
マズローの体が、一回り縮んでいる。あれは、王種の武器の解放と同じようなものなんだろうか。
……なんて戦いだよ。
俺達は巻き込まれないように遠くから見ていることしかできなかった。
もはや、化け物と化け物の戦いに俺達が付け入るスキがない。
「う……。私、なんで……」
ルルも目を覚まし、暴走スキルの使用に気づきしばらく狼狽したが、おかげでマズローたちの回復が行えるようになった。
「バカ……バカばっかりよみんな。絶対帰ってきて。殴ってあげるんだから……!」
「聖女様……」
ほら、やっぱり殴られる。
きっちり仕事はしてるし、泣きじゃくってるんだからネルのリクエストもしっかり消化してるけどな。
これなら、いけるか……?
ようやく、まともな戦いになってきた感じがする。
今まで届かなかった攻撃が、ようやく届いている。
だが――
そこからの戦いは、泥沼だった。
お互いに、決め手が足りない。
相手は、無限に再生するこの粘筋の主。
恐らくその再生能力はこの獄夢が無くなるまで止まらない。
一方、マズローたちのリソースはルルの擬似回復のみ。
持ってきた瓶は、ほぼ手元には残っていない。
その均衡は、近いうちに破られるに違いない。
もう、ずいぶん戦っていた気がする。
俺に出来ることは無いのか? 硬いだけの腕で、何もできないのか?
そう思って、ずっとその戦いを見続けていた。
もう少し、もう少しだけ頑張ってくれ。
何かが、繋がる気がするんだ。
「くそっ! いくら引きちぎっても回復しやがる……!」
「ゲン! 吸い取ってもダメカ!?」
「既にやってる! だけど、ウデワナと違って反発して吸収できない!」
「頭か腹ですの! あれだけ固い守りをしているということは、頭か腹に何かがあるんですの!」
「腹は赤ん坊かナ? だったら頭だけド、攻撃されるのを嫌がって守りが厚過ぎるネ!」
マズローの体は既に3割ほど縮み、ネルの矢は明らかに細くなっている。だというのに、何かを抑えるのに必死な表情だ。
もはや、時間が無いことは明白だった。
時折苦しそうにする辺り、粘躰の暴走が始まりかけているのかもしれない。
「マズロー!!」
俺はマズローに声をかけると、頷いたのを確認して走りだした。
俺の合図を待っていたとばかりに、マズローが動き出す。
「全力で動きを止めて、適度なところで後ろへ下がってくれ」
俺の指示に、二人が動き出す。
捨て身のタックルでマズローが体を取り押さえ、ネルがマズローごと矢で打ち抜いて二人を縫い付ける。
――キャアアアアアアアアアア!
暴れまわる羅刹鬼菩薩だが、マズローたちは血反吐を吐きながらもしっかりと腰を据えて体勢を安定させた。
……いくか。
「ゲン! どこに行くの!?」
「俺も、いい加減アイツをぶっ飛ばしてやりたくてな」
実はまだ、一発もあいつのこと殴ってないんだぞ?
ここまで死ぬような思いさせられて、ココで終わるだなんて流石にねーわ。
「あー。ついでに、お前を泣かせた分もぶっ飛ばしてきてやるよ」
「なっ!? 泣いてないわよ!!」
どんな嘘だよ、さっきガッツリ泣いてただろが。
そんなに顔赤くするほど、否定することか?
「ラニャ、とげぞう、こいつを頼んだ」
「かしこまりましたの」
「っきゅ!」
って、とげぞうさん? 残れって意味だったんだけどなんで肩に乗るかな。
「きゅ!」
「あーもう、危ないからしっかりフードに入っとけ!」
俺は、なんとか少しでも近づくためにその足元へと向かっていた。
あと少し、あと少し近くへっ!
やがて、怒り狂った羅刹鬼菩薩が咆哮を上げた。
気が狂ったように暴れまわり、拘束する二人を吹き飛ばした。
っち、少し遠いか!?
「&%”&#$」
そして、周りに浮かび上がる無数のオレンジ色の玉。
来やがった!!
気合い入れろ!!!!
「あ……」
オレンジ色に照らされた周囲で、最後に聞こえたのはルルの叫び声だった。
「ゲン!!! うそ……」
オレンジ色の球は、無数の手の平へと変わり、星屑のように地面へ降り注ぐと大爆発を引き起こした。
辺り一面が茜色に染まり、焦げ臭いにおいが漂う。
羅刹鬼菩薩に吹き飛ばされた二人は、爆炎に煽られ炭化しており動かない。
パチパチという小さな弾けるような音だけが、周囲に響いていた。
少し離れた場所に、何かが落ちている。
そこに転がっていたのは、根元から千切れたような細い腕だった。焦げ付いた根元からプスプスと煙が立ち上っている。
「あ……あぁ……」
ルルが、呆然とその場に崩れ落ちる。
無条件で、ゲンなら何かをしてくれると信じていた。
引き継いだ記憶の中にあるゲンは、なんだかんだ言いながら晶を助け、自分が傷ついていた。
何度も助けられた記憶が、自分の物のように感じて、ゲンに勝手に寄りかかっていた。彼は、この獄夢とは何も関係ないのに、勝手に助けを求めてしまっていたのだ。
その結果が、コレ……?
すべての景色が、霞んで見えた。
だが――
「うおおおおおお!! 乗ったあああああああ!!!」
信じられない声を聴き、ルルは顔を上げる。
――え、なんで……
微塵となって消えたはずのゲンが、羅刹鬼菩薩の側頭部にしがみ付いていた。
その声に反応して、羅刹鬼菩薩が動き出す。
頭に纏わりつく虫を殺そうと、手を顔に叩きつける。
その腕を避けるように、ゲンが耳の傍へとよじ登っていった。
わけがわからない。
何が起こって居るのか訳が分からないが、まだ全てが終わっていないことに対して感謝するように跪いた。
「此処ならよく聞こえるだろ! 俺達は、もう寝飽きたから起きさせてもらうわ! てめぇは一生寝てやがれ!!」
「ゲン……あなた何を!!」
吹き飛んだはずの左手は健在であり、何故か緑色の茨が幾重にも絡まり緑の珠を作り出していたのをルルは見ていた。
その腕を、耳の穴へとねじ込んだのだ。
体の半分が焼けこげたマズローが、倒れたまま叫ぶ。
「やれええええ! ゲン!!」
「王種の短剣よ!! 解放しろ! 解放解放解放!!! 全解放だあああああ!!」
その一言一言が聞こえるたびに、茨に包まれた左腕が脹れあがっていくような音がした。
そして――
「短槍ぃぃぃ! 長い付き合いだったな! 着火だ!! 弾けろおおおお!」
その声が聞こえたと同時。
パンという乾いた音がとんでもない轟音となり、音の津波がゲンを中心にして押し寄せていく。
すべての音は音の津波にかき消され、共に発生した衝撃波が周囲を襲う。
キーンと耳を甲高い音にジャックされ、何が起こったかわけのわからないルルが顔を上げ見た物は、
「あ……あ……。そんな、うそ……っ!」
――ギ……ギィ……ア……
顔が上半分吹き飛んだ、羅刹鬼菩薩の姿であった。
すげぇ……ぶっとんだ……。
……耳が、聞こえない。
一応生きてるみたいだけど、自分がどうなってんのかわからない。生きてる……ぽい?
まぁいい、自分の事なんて今は二の次だ。
「ぜー……はー……、やれえええええ!!」
声……出てんのかな? わからねぇ。
どうやら鼓膜がイカレテルのは俺だけだったみたいだ。
「グラアアアアアアアア!!」
俺の声に合わせて、マズローが、ネルが、動く。
ネルの矢が、力なく動く手足を縫い付ける。
――ギィィィィィィィヤァァァァァァァァァァァァァ!!!
俺には聞こえなかったが、それは断末魔だったんだろう。
マズローが口に蓄えた光を放出し――爆発を引き起こす。
そして――
「きゅううううう!!!」
……無事、だったか。よかった。
とげぞうが跳びながら、胸から上の消え失せた羅刹鬼菩薩へと針を飛ばし着地した。
「オーバー……キルだぜ……とげぞうさん……」
俺はそんなとげぞうの雄姿を見ながら、意識を手放したのだった。
勝った! 第二部 完!
うそです。もうちょっとだけつづくんじゃよ。