守りの手
――何だこの腕は!?
構えをほどいた俺の腕が、黒く照り輝いている。
腕の大きさはそれほど変化していないものの、甲の側は黒い三日月状のプレートが何枚も何枚も折り重なって形作られているようだった。
その先端に、俺の五本の指がプレートと同じような材質に変化して付いており、関節は節のように変化して付いている。
手の平側には、大量の虫の脚がパキパキと勝手に動いていた。
蟲の甲殻……いや、蟲そのものに似た、大きめの盾が俺の腕に融合していた。
簡潔に言おう、ダンゴムシだコレ。
「スキル……ですの?」
やっぱり、スキルなのか。
正直、そんな予感はあった。俺を基にして研究されたマズローたちにスキルが生えたのなら、俺にだって同じことが起こってもおかしくないんじゃないかと。
守りたいと思ったから、こんな身を守る代表格みたいな昆虫に変化した?
いや、にしても触手が出るだけじゃなく蟲になるだなんて。とげぞうさん、俺の肩で涎たらすのやめてくれない?
「ぐああああああ!!」
「――っ!」
いつまでも、そんな腕に気を取られてる場合じゃなかった。俺達のために注意を引き前線で戦い続けていたマズローが、羅刹鬼菩薩の薙ぎ払いを受けて吹き飛んでいた。
「やばイ!」
「コオオオオ……!」
追い打ちをかけるように足元に落ちたマズローへと腕を振りあげた羅刹鬼菩薩。いち早く走り出したのは、ネルだった。
なんだあれ? 陽炎?
羅刹鬼菩薩の腕には最初に見た空気の塊が練り込められているらしく、背景が歪んで見えた。
アレを食らえば、マズローは跡形もなく消し飛んでしまうだろう。
振り下ろされた腕に向かってネルが弓を放つがびくともしない。
俺は手裏剣をひたすら甲殻の腕で撃ち落とすので手一杯だ。どうやら、オリジナルの手裏剣以外は叩き落とせば動き回ることは無いらしい。
「ネル!! 手のひらだ! あの空気の圧縮をぶち破れ!!」
「無茶いうネ……勿体ないけド……! 燃えロ」
俺が叫ぶや否や、ネルの放った矢がオレンジ色の尾を引きながら手のひらを打ち抜いた。
パンッという乾いた音がしたかと思うと、猛烈な突風が吹き荒れる。
押しつぶされることは防げたが、中に圧縮されていた竜巻が何本も周囲を暴れまわり俺達はいとも簡単に吹き飛ばされた。
木の葉のように舞ったマズローの体が、周囲に臓物をまき散らしながらまるで人形のように転がっていった。
「う……ひどいっ! ラニャ、12,15番瓶を!」
直接瓶の中身をぶちまけられたマズローの体から、もくもくと煙が上がり傷口が修復されていく。
だが、マズローは目を覚まさない。
「うおおおおお!」
一方、竜巻に巻き込まれた俺は、空中でなんとか体勢を制御しようとするがうまい事行かない。
同じく巻き込まれ舞う四本足がもがいているのが見えたので、すれ違いざまに切り裂いてやるのが精いっぱいだった。
足をばたつかせていたところを、何かが横切った。
俺を叩き落とそうと羅刹鬼菩薩が手を振り回す。
「やばっ!! たすけっ!」
「まかせロ」
風のおかげで無軌道な動きをする俺は辛うじて直撃を免れるが、叩き落とされるのは時間の問題だった。
まるで蚊を叩き潰すかのように、両手が俺を掠める。
蚊よごめん、こんな恐怖味わってたのかよ。
そんな俺をネルが矢で打ち抜いて竜巻の外にはじき出した。
「た、助かったけど助け方!!」
「頭に当てた方がよかったカ?」
「甲殻でありがとうございますぅぅぅ!」
俺は立ち上がると、羅刹鬼菩薩へと向かって走り出す。
俺が吹き飛ばされている間にネルが矢で目を打ち抜いていたらしくその場で暴れまわっている。
切り裂いた手裏剣は、アレが本体だったらしく既に複製を含めて消滅している。殺しきれなかったのでしばらくしたら復活するかもしれないが、それまでに何とかっ!!
迷走する足をかいくぐり、アキレスのあたりを短剣で切りつける。
同時にとげぞうが俺が切りつけた切り口に向かって針を飛ばし、傷口を更に抉り取るがあまりにも傷口が小さすぎる。
くそっ!! 攻撃力が足りない!!
もう少し深くっ! もう一度解放するか!?
「ふしゅっ!!」
一瞬そっちに気を取られていたのが悪かったのだろう。
俺は、周囲が明るく照らされていることに気づくのが遅れた。
「やばっ!!」
羅刹鬼菩薩の周囲に浮かんでいるのは、いくつもの火の玉。チリチリと肌を焼くほどの熱が周囲を覆っていた。
10……20? はは、やべぇ数えきれね……。
ドッジボール大のオレンジ色の玉が尾を引きながら、一斉に俺に向かって飛んでくる。
「走レ!」
「う……うおおおおお!!」
猛スピードで襲ってくる火の玉の一つを、とげぞうが針で撃ち落とそうとするが、その場で爆発を起こしその爆風で吹き飛ばされる。
酷い熱風で器官が焼かれる。髪の毛が総立ちするほどの痛みが全身を覆い、火が付いたのかと粘筋の上を転がりすぐに顔を上げた。
いくつもの火の玉が、まだまだ頭上に残っている。
火の玉は、まるで手の平のような形になり無数の星屑となって降り注いだ。
「きゅううううう!!」
フードから飛び出したとげぞうを追いかけ、俺は走りだした。
とげぞうを信じろ!! とげぞうが導いてくれる!!
後ろから、爆風が何度も襲ってくる。おそらく俺が駆け抜けた場所にあの火の玉が着弾しているんだろう。
俺は必死に走り抜けた。とげぞうが、導いてくれるままに。
だが――
「きゅっ!? っきゅ!!」
先行していたとげぞうが立ち止まり、周囲をキョロキョロと見渡す。
上には、火の手が囲うようにして5つ。
逃げ場が見当たらない。
王手を、かけられていた。
とげぞうと、目が合った。僕のことはいいから、反対へとでも言っているようだった。
馬鹿野郎!! 何度も言わせんな!
俺はお前を見捨てたりなんてしない!
「とげぞおおおおおお!!」
「きゅ!?」
俺は、立ち止まるとげぞうへ覆いかぶさる。
とげぞうが抗議の声を上げるが、俺はとげぞうにかぶさったまま思い切り抱きしめた。
「じっとしてろとげぞう!」
腕の中で暴れまわるとげぞうを押さえつけ、左腕の中で解放するのは王種の短剣。
「解放!!」
外の甲殻程ではないはずだが、内側もそれなりの強度を持つ甲殻の中で風が起きる。
これで粘筋との間に――やばっ!
「ゲーーーーーン!!!」
一瞬の出来事だった。
5つの火の玉が同時に着弾し、さらに爆風も収まらぬうちに次々と残りの火の玉が降り注ぐ。
全ての炎が混ざり合い、可燃物の無いはずの場所に残ったのは火柱。
粘筋が燃えているのだろうか。それほどの火力だったらしい。
その上を、羅刹鬼菩薩がさらに念入りに叩いている。
火を消そうとしているのか、それほど俺が憎かったのか……。
俺は、それを壁にもたれ掛かりながら見ていた。
「う……うぐ……」
「きゅー……」
「短剣でかまいたちを起こして、風圧で飛んだのか? なんて無茶しやがるんだ。普通だったらミンチになってるぞ」
俺のそばへ、いつの間にか気が付いたらしいマズローが立っていた。
マズロー……だよな? 角が生えてるけど。
「……おっさん、無事だったのか。粘筋掘ろうとおもったんだけどな……ゲホッ」
「あの世を少しだけ見て来た。それにしてもよく耐えたな」
「ゲホッ! その姿は……?」
「きゅー……」
くそ、喉が焼けてうまく声が出ないし全身火傷でピクリとも動かない。
あの爆風突き抜けて来たんだから当然か。むしろ命があるだけ奇跡だ。
とげぞうが、俺を心配してぺろぺろと火傷を舐めてくれている。お前が無事なのが一番うれしいよ。
「少し休んでろ。ルルを気絶させたから、見ててやってくれ」
「やれやれだヨ。おじさんに付き合うつもりなんてなかったのにネ」
そういうと、角の生えたおっさんとネルの体がさらに膨れ上がっていった。