ウデワナの王
短くてごめんなさい
「歪な……これが、眠れる主?」
「粘筋そのものが私ですって感じだ」
でかい。
今は座っていてわからないが、全長は、10メートルはあるんじゃないだろうか。
粘筋と同じ色で出来た肉体は、ガリガリに痩せ細った裸の老婆のような姿。
細い腕にあばらの浮いた胸部。乳は垂れ、腹部だけが妊婦のように異様に膨らんでいる。
餓鬼の母とでも言えばいいのだろうか。
足を投げ出すように座ったままの老婆の髪は紫色で、かなり薄い。
「羅生門……」
「え?」
「いえ……ただ……」
ルルの口から、ぽつりと漏れた言葉だった。
晶の記憶……か。
確かに、芥川龍之介の羅生門に出てくる老婆となんとなくイメージが合ってしまった。
「羅生鬼母ってところか?」
目を閉じたまま、眠れる主は近づいてくる赤子へと手を向ける。
そんな母の姿へと近づく赤子は、母の胸元へと飛び込んだ。
優しく抱きかかえる、羅生鬼母が赤子を慈しむように腕を回し――
「ギャアアアア!?」
赤子の頭部を片手で握り持ち上げた。
バタバタと空中で暴れまわる赤子の体を、閉じたままの目で観察しているようなそぶりを見せる。
やがて、おもむろに上げた左手で暴れまわる赤子の腕をつかんだ。
――ブチブチッ
いとも簡単に赤子の腕は根元から引きちぎられる。
もはや用はないと言わんばかりに放り投げられた赤子は地面を転がり、耳障りな雄たけびを上げる羅生鬼母は股から大量の何かを放出する。
「うげ……」
それは、大量の様々な肉片だった。
羊水に浸かった手や足、目玉や心臓などの肉片がごった煮になった、吐き気を催す、出産と呼ぶにはおこがましい排出。
その中に、まともに人の形を保った王種の赤子が混ざっていた。
「人形遊びしてるぞ……吐いていい?」
「いいヨ。触手ゲロ野郎」
「我慢するわ」
体内から放出された新しい赤子に、古い腕を引きちぎり新しい腕を付け替えている。
体内から生まれた赤子は、どうやら意識を持っていないらしく人形のように全身を脱力してなされるがままだ。
まるで死産だった子を生き返らせようとするかのように、羅生鬼母は赤子を振り回すが反応しない。
「ウォォォン……ウォォォン……」
泣くかのような、汚らしい声を上げた羅生鬼母は大きく口を開け死産の赤子をごくりと飲み込んだ。
足元では、打ち捨てられた腕の無い赤子が羊水の中を這いずり回っている。
その傷口に、転がった肉片が纏わりついていき歪な形へとその姿を変えていく。
羅生鬼母は王種の幼生となり果てた赤子を無造作に吹き飛ばすと、残りの肉片を飲み込んでいった。
「あ……」
俺は、その時見てしまった。
転がる部位の中に、植物の根が張ったような腕があるのを。
それは、晶の魂の魔石を取り込んだ赤ん坊の腕。
地雷栗の根が浸食したはずの、赤ん坊の物だった。
見つけた……!
あそこに、晶が居る。
俺の手には、知らずのうちに力が入っていた。
やがて羅生鬼母は、俺達の方をゆっくりと見た。
「次は、俺達の番ってわけか」
「フシュッ! ッシュッ!」
びりびりとヒリつくような悪意が、俺達に向いている。
羅生鬼母は、泣くような声を止めじっとこちらを見つめていた。
――キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
羅生鬼母が、歓喜の悲鳴を上げる。
寝たままの顔はまるで能面のようにきれいな顔のまま、口元だけがその殺意を表していた。
ゆっくりと緩慢な動きで手を持ち上げた羅生鬼母は――
――更に大きく手を振りあげた。
「まずい!! 全員飛べえええええ!!!」
叫んだのは、キプロスだった。
その声に反応して俺達は一気にその場を跳ぶ。
羅生鬼母が手を振り下ろすと同時、突然腕がものすごい勢いで伸びた。
羅生鬼母の手のひらから繰り出されたのは、巨大な空気の塊だった。
俺達のいた場所が、大きくえぐれ何本物竜巻が中で暴れ狂うように粘液を巻き上げ可視化する。
「うそでしょ……? ウデワナがっ!!」
「気合い入れろ!! 確定だ。こいつが眠れる主! ウデワナの王だ!」
羅生鬼母の背から、何本、何十本ものウデワナが伸びていく。
完全に覚醒した主が、俺達に向かって生臭い吐息を吐き散らかす。
羅生鬼菩薩。
神々しいまでに強烈な悪意の塊が、俺達に死神の鎌を向けていた。