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原初の地  作者: 竜胆
1章
10/144

おしよせるくろいつなみ

大改稿中




「う……、ゲホッ! ゲホッ! ブフォ!」


 喉の奥から水があふれ出た。

 相当水を飲んでいたようだ。


「ここは……?」


 どうやらまだアリの巣穴の中にいるらしい。

 当然か、巣穴の中を流されていったのだから外に出ている方がおかしい。


 結構流されてきたのだろうか。現在地がわからないが、どこかの部屋に流れ着いたようだ。周囲にはアリの死体がいくつも転がっている。


 あの瞬間、俺が水を掻いていた間にアリの重みで限界を迎えた堰が崩れてしまったのだろう。最初は小さな割れ目だったのがどんどん大きくなっていき、最後に一気に崩れたため、いきなり水の流れが変わったのだ。


 あの濁流の中生き残れたのは、この体に括り付けた浮き輪代わりの果物のおかげってのもあるが、単純に運が良かった。杖を握りしめたままだったことから、相当力が入ったまま気絶していたようだ。お蔭であまり水も飲まずに済んだ。


 正直めちゃくちゃ怖かったからな。都合よく水が引いてくれたから助かったけど、これアリの巣が水没してたら俺も一緒に死んでたよな? 走ってる間は名案だと思てたんだけど。でもまぁ、お蔭でアリ達はかなりの数が死んでるみたいだ。


「作戦通り……か? いてて……とにかく今のうちに外を目指そう」


 俺は立ち上がると再び上を目指して歩き始めた。


 周囲は水浸しで相当な水が流れたことがわかる。水の流れた後がくっきりと見えるため、水の流れを逆にたどれば貯水池の部屋へと向かうことができそうだ。さらにそこまで出てしまえば空気の流れがはっきりしているので少なくともどこかの出口にはでれるだろう。


「……ハリネズミ?」


 地上への通路を進んでいた時だ、通路のど真ん中に妙なものが落ちているのを見つけた。こぶし大のとげとげしたものが転がっているのだ。


 不思議に思った俺がよく観察してみると、それはハリネズミによく似た生き物だった。


 なんでこんなところにハリネズミが?


 一瞬疑問に思ったが、小動物が捕えられていた檻のことを思い出した。


 そういえばあの部屋も水没してしまったのだろう。ってことはこいつはあそこに捕えられていたうちの一匹だろうか?


 ハリネズミは生きてはいるが気絶しているようで、呼吸以外に動かない。


「……ふむ」


 俺は少し考えた後、ショルダーバッグの中に入れていた果実を食べると、空いたスペースにハリネズミをそっと入れた。


 これも何かの縁だ。外に連れて行ってやろう。どうせここに居てもアリに捕まって遊びながらなぶり殺しにされるだけだろう。


 ペットでハリネズミを飼っていたというのもあり、放っておけなかった。


 その後もしばらく歩き続けたが、相当数のアリ達が水に流されていったのだろう。上を目指して歩き続ける俺の邪魔をするアリとは、谷底に出るまで出会うことは無かった。


 そう、谷底に出るまで――だ。


「まじかよ……」


 へとへとになりながらようやく洞窟を抜け、谷底へと出た俺を待っていたのは、大量のアリ達だった。


 薄暗い谷底を100匹近いアリ達が、右へ左へと駆け回っている。


 俺は子どもの頃アリの巣に棒を突っ込んで遊んだ時のことを思い出していた。

 まるであの時のように、アリ達が一斉にパニックになって壁や地面を駆け巡っているのだ。


 どうやら神様ってやつは俺のことが相当嫌いなようだ。命を懸けてようやく振り切ったってのに……。


 こんなもんどうすりゃいいんだよ? 倒せない、逃げられない、大量にいる。 ほぼ詰んでないかこれ?


 周囲をせわしなく駆け回っていたアリ達は、俺に気付いた奴から襲ってきた。


 くそっ! 諦めてたまるか。簡単に生きるのを諦められるくらいなら日本でみっともなく生き続けてないっての! 気力が無くて、死ぬ気も無い日本人を舐めんなよ。 


 牙を剥き、突進してくるアリ達を避けながら俺は必死に走る。

 幸いまだパニックになり俺のことに気付いてないアリの隙間を抜けて走ることはできた。


 だが俺が行きたいのは向かって左の谷の入り口方向なのに、通れるスペースをなんとかすり抜けていると、どんどん右側の谷奥へと進んでしまう。


 そうやって駆け回っているうちにあっという間に俺の後ろには、見慣れた黒い津波が出来上がっていた。


「はぁ、はぁ、また、この状況かよ!! 助かったと、思ったのに!!」


 息も切れ切れになり、悪態を吐きながらどんどん谷の奥へと追いやられていく。


 奥に進むにつれて、徐々にパニックでうろつくアリ達の密度が薄くなっていき、今では広々とした谷底を俺一人が独走している状態だ。


 代わりに後ろには、100匹近い巨大アリ達の津波が押し寄せてきている。  


 こうなったら、このまま奥に突きぬけて走り続けるしかない。 


 一体どうしたらいいんだ? この谷はどこまで続いているのだろうか。もしこのまま行き止まりになってしまったら……


 そんな不安が一瞬よぎるが、まっすぐ先を見つめた先には光が差していた。


「出口だ!!」


 思わず声を大にして叫んでしまった。


 この先がどうなっているかわからないが、とにかくあそこまで駆け抜けるしかない。距離にして300メートルと言ったところだろうか。


 俺の体力も限界に近づいていた。今日一日動きっぱなしだったのだから当然だろう。さらに後半はずっと、数キロの果物を抱えながらアリから逃げ回っていたのだ。


 もしこのタイミングで出口の光が見えていなかったら、途中で俺の心は折れていたかもしれない。


 俺は必死に走った。


 入り口に近づくにつれて足場はゴロゴロとした大きめの石や、踏みつけると壊れてしまう何かが散乱し始め、俺の足を取ってくる。


 それでも俺は諦めることなく足を動かし続けた。俺が走りづらいということは、後ろのアリどもも同じように走りにくいはずだと信じて。


 ――キィィィィィン。


 心臓が爆発しそうになり、意識が朦朧としながらも走り続けていた俺の後ろから、突然聞き覚えのある高音が鳴り響いた。


 指揮官アリのあの号令の音だ。


 今更何を指揮しているんだ? 優秀な部下たちは今全員で俺のことを追いかけているぞ? 


 後からノコノコやってきた傲慢指揮官が、手柄を全部自分のものにするために、慌てて今更な指揮をする姿を思い浮かべてしまった。


 そう考えるとこいつらも哀れだな。無能な指揮官の元で働かされているのか。


 だが悪いな、俺はお前らに捕まるつもりも、傲慢指揮官の手柄にされる気もさらさらない。


 出口が近づき、谷底に光が射してくる。

 とにかくこの谷底から出て明るい場所へと行きたかった。

 そのあとどうするかなんて今は考えが回らない。


 出口は谷底との明暗がはっきりしており、まるで光の柱のようだ。外の様子が真っ白で何も見えない。


 いや、燦々と輝く太陽のオレンジ色の光だけが真っ白な光の柱の中に浮いて見えた。


 ……何かがおかしい。


 朦朧とする意識の中、心の奥底にある不安を拭いきれない。

 目の前にゴールがあるというのに、俺の心はいまだ暗い洞窟の奥底に居るかのようだった。


 特別何かがあったというわけではない。

 だが、何かちょっとした違和感のような予感のようなものがあった。


 そんな俺の不安を的中させるためなのか否か。ゴールを目前にした俺の目の前に――


 黒い塊が降ってきた。


 鉄の塊が落ちてきたかのような轟音を立てながら落ちてきたのは、アリだった。


 急ブレーキをかける俺の目の前に、次々と空からアリが降ってくる。


 慌てて見上げた俺は、何が起こったのか理解した。


 アリ達は、地面と壁の二手に分かれて俺を追っていたのだ。足場の悪い地面を抜けだした壁班のアリ達は、足を取られてスピードの落ちた俺を追い越して先回りをしていた。


 おそらくあの高音、あれがその指示だったのだろう。


 くそっ指揮官はできる男だった。的確にいま出せる最高の指示をだしてきやがった。


 出口までおよそ10メートル。

 俺は絶体絶命の大ピンチに陥っていた。


 目の前には威嚇を続けるアリ達、ちらりと後ろに目をやると黒い津波が迫っている。


 アリ達はまったくスピードを落とす気配がない。まるで怒りに我を忘れているかのようだ。


 そんなアリ達に気を取られていた俺の体に、威嚇を続けていたアリの突進が突き刺さる。


「がっ!」


 まるで自動車にはねられたかのような衝撃が俺の体を襲い、吹き飛んだ。


 数回地面をバウンドし、ようやく止まった俺の体に別のアリが覆いかぶさってくる。


「うおおおおおおおお!!」


 俺はアリとの間に杖を突き立てつっかえ棒にしながら、アリの体を押し返そうと力を入れた。


 顔のすぐ目の前で、巨大なアリの顎がカチカチと音を鳴らし噛みつこうとしてくる。

 アリの押す力はものすごく、今にも杖が折れてしまいそうだ。


 しかし、目の前のアリばかりに気を取られるわけにはいかない。ちらりと後ろから迫るアリ達の方をみると、轟音を轟かせながら行進するアリ達がすぐそこまで迫ってきていた。


 ――もうだめだっ


 とうとう黒い津波は倒れる俺ごとすべてを飲み込み、それでもなお暴走したアリ達の前進は止まらない。


「ぐっ! ごっ!」


 競馬で滑落したジョッキーはこんな世界を見るのだろうか。

 上に覆いかぶさっていたアリが、盾になって俺が踏みつぶされるのを防いでくれていた。


 だが、それでも上に乗られた衝撃は俺の体に伝わり、さらにカバーできていない部分の手足などは暴走したアリ達に踏みつぶされて激痛が走る。


 まるで永遠かと思えるほどの時間踏みつぶされていたような気がしたが、おそらく時間にするとほんの一瞬の出来事だったのだろう。


 上に乗っていたアリが、とうとう重みに耐えきれず力尽きたように俺にのしかかってきた。


 想像を絶すると重みと激痛が俺の体を襲う。


 俺の意識が途切れそうになった瞬間。そして、津波の先頭が光の柱に吸い込まれていった瞬間だった。

 目の前がオレンジ色に輝き何も見えなくなった。


 ……あぁ、死ぬってこういう感覚なんだろうか。


 俺の視界は、オレンジから黒に暗転した。



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