末っ子と当主と従兄姉たち
部屋の中央、テーブルの上に山と積まれた高価なお菓子。
これだけあれば子どもが12人は満腹になるんじゃないだろうか。
当主と従兄姉たちは泣き止まぬ私に戸惑い、廊下を歩く子持ちの執事を捕まえ聞いた結果『甘いお菓子で機嫌を直さない子どもはいない』と断言されたらしい。
それを鵜呑みにして行動を起こしたのは従兄姉10人と当主の合計11人。
思い思いに各自が用意した結果がこれ。
気付いた時私の前には片手に菓子の箱を持ちずらりと並ぶ従兄姉と当主。
まさかの光景に驚き過ぎて涙は止まったが、次に待ち受けていたのは『誰の用意したお菓子でエルシュタインは泣き止んだのか』という論争だった。
8人で分けても十分過ぎる大きさのシャンティークリームをふんだんに使ったボンブ状のケーキは当主が用意したらしく、1番目立っている。
その周囲を取り巻くのはクレームブリュレやミルフイユ、エクレール、フルーツのタルトレット。
隣にはひとくちサイズの菓子が積まれており、マンディヤンやトリュフ、オランジェットなどのショコラから始まり、ギモーヴ、パート•ド•フリュイなどもある。
テーブルを囲み勃発中の論争はまだまだまだ終わりそうにない。
内容を要約すると
『なんでお前もショコラなんだよ』
『貴方こそ真似しないで』
『当主大人気ない』
『ミルフイユとか食べ辛いし』
『ギモーヴは安上がりだよな』
『他人の選んだお菓子を貶めるのは止めなさい。 クレームブリュレこそ至高』
『当主のアレはないな』
『季節のフルーツは重要』
『エクレール美味』
『当主狡い』
『ショコラの王様はトリュフ』
『オランジェット舐めるな』
『パート•ド•フリュイはジャムの塊じゃない!』
『当主の財力とコネの使用は我々に対する配慮が無い』
『いい加減私を批判するのは止めろ』
といった感じだ。
…………うん、まぁ、こういう人達だったんだなあってしみじみ思った。
当主相手に従兄姉たちがかなり砕けた話し方をする事も含め、こんな人たちだったのか…という気持ちが凄く強い。
あとこの会話を聞く限り『触れ合う機会が無いから扱いが分からないけど、可愛がりたいし好かれたい』と思われてるって解釈して良いのかな…?
……弱い子どもが珍しいんだろうか?
「エルシュタインはどれを選ぶんだ!?」
「ひあっ!?」
唐突に矛先がこっちに向いて、思わず変な声が出た。
「えらばないと、ダメ…ですか?」
22の瞳が私を見つめたまま頷く。
早く選ばないと顔に穴が空きそうだ。
でもこの空気の中でひとつを選ぶなんて真似を私はできない…。
「えっと…」
お菓子の山と周囲の顔を交互に見ると、全員からとても良い笑顔が返ってくる。
……当主の笑顔初めて見た。
「えーっと…当主のケーキ、すごいですね…」
実際、アルフレイドと一緒に食べるおやつでも見た事が無い豪勢な(というのもいつも2人で食べるのでホールケーキは出ない)物に驚いたのは事実だ。
ちなみに私がこの中で1番好きなのはクレームブリュレだけど、従兄弟たちに亀裂が出来る可能性を選びたくは無いので泣き止んだ理由筆頭のケーキを選ぶ事にしたというのもある。
が、何故か当主は私の言葉を聞いて落ち込み、従兄姉たちは羨むどころか憐れみの目で当主を見ていた。
どこに落ち込む要素があったのかが全くわからない。
「あー…、当主元気だしてよ」
「まあ、仕方ないですよね…。 皆当主を当主と呼びますもの」
「だって当主だからなー」
「俺は今、次世代にエルシュタインのような子が生まれたら呼び方を指導する決意をした」
「皆が当主って呼んでるから、エルシュタインもそれで覚えてしまったのね」
「まさか…まさかエルシュタインに当主呼びされてたとは…」
「アリーシャは叔父様呼びなのになぁ」
「というか俺たちと違って週2回の『エルシュタインお勉強会』に絶対同席してたのに今更知るって、どんだけ会話無かったんだ?」
「キーファ! それ以上言うな!! というかそういうのは思っても言うな!!」
「ほ、ほら当主!エルシュタインはほんの僅かでしたが随身教育をしてましたし、その影響もあるのでは!? だから落ちこまないで下さいな!」
「そうだよ! きちんと訂正しなかったからまだ当主呼びなんだよ!」
「でもアリス叔母さんと第3王子の意向で結局随身教育の『ず』すら教えられなかったし、物心付く前の事なんだから訂正以前の問題なんじゃ…」
「キーファ!! いい加減にしろ!!」
「俺達の事は名前に兄様姉様が付いた呼び方だったから、てっきり当主の事は名前に叔父様を付けた呼び方かと思ってたぜ…」
随身教育は幼子にとって通常なら非道と言われる措置もある。
情に流され容赦してしまう事の無いよう当主は候補者たちに自身の名前を呼ばせず、当主と呼ぶように躾ける。
アルフレイドと私より3ヶ月前に生まれたアリーシャは身体が弱く、随身教育と無縁だったので、当主の事を叔父様と呼んでいた。
……私は随身教育を受けたつもりだったから当主と呼んでいた…けれど…。
というかもしかして週2回の随身教育…もといお勉強会に当主だけでなく兄様姉様の誰かが代わる代わる来ていたのは、私の成長を確かめていたんじゃなくただ単に関わりたかっただけだった…のかな?
そしてもう十分理解したけど私は全く随身教育を受けた人間扱いされてないというか随身教育されてなかったらしいので、当主は私に名前で呼んで貰えると思っていたらしい。
それでこの嘆きようみたいだ。
……こんな事を思うのも可笑しな話だけど、可愛らしいというか何というか…。
「いつもおあいするときは、と…とうしゅもにいさまたちもねえさまたちもむずかしいおかおをされていたので、ほんらいならずいしんになるはずだったぼくは、ずいしんとしてふるまうべきなんだとおかんがえなのかとおもっていました。 だからなるべくことばすくなにしようと、うけこたえしかしなかったのですが、おもいちがいしちゃってました……ごめんなさい。 とうしゅのことを、ぼくはなんとよべばいいのでしょうか?」
これを聞いた従兄姉たちの驚愕の顔は筆舌尽くしがたいものだった。
そういえば今までアルフレイドの前以外でこれほどの長文で会話した記憶が無い。
寡黙な子どもだと思っていたのに自分たちの態度で言葉少なになっていたと聞いてショックだったのかもしれない。
だが…
「私の事はオリス様、と呼びなさい」
とう…オリス様は衝撃を受けてはいたが呼び方の訂正の方が重要だったらしい。
「わかりました、オリスさま」
「………それでは、エルシュタインとの和解を記念して、皆で茶会としよう」
オリス様の言葉に従兄姉たちは意識を取り戻し、その後始まったお茶会のせいで私は訪問理由を思い出す事無く、散々可愛がられてから家に帰ったのだった。