エルシュタインと従兄姉たち
アルフレイドは王子として様々な教育を受けないといけない。
それに私が付き合うのはアルフレイドが望むからだ。
内容は歴史、毒薬知識、礼儀作法、ダンス、というようなもので、後半2つは王族仕様だから私がそのままそれを覚えて行動すると、ちょっと問題がある。
それでも私がいないと遊びたい盛りのアルフレイドは部屋を飛び出し逃げる。
最近は上の王子2人に言い含められたらしく、必要性を認識して勉強中は集中するようになったけど、習慣になったのか私が共に受ける事は変わらない。
そうなると私は午前10時から午後5時の間、城の中で常にアルフレイドの傍にいる事になる。
家にいる間の私は、食事と風呂以外は本を読んだり母様に甘えたりが大半だ。
週に2度当主の元で強靭な身体を作るための訓練と随身の心得や貴族相手の処世術を教わるけれど、それは母様と当主が譲歩し合った結果らしい。
本来なら随身とは無縁の生活をさせたかった母様と、特殊な事態になってしまった以上必要措置だと言う当主。
『本来なら毎日でも…』
と言った当主に母様が無言で拳を振り下ろした事もあった。
私は国王陛下の命が下された2年前から今の生活になったけど、もう母様に甘えている訳にはいかないんだ。
アルフレイドを守る為には今のままでは駄目なんだから。
「どうして今なんだ?」
家に帰るやいなや、当主に会いに行って教えを乞うた私にそう言ったのは当主ではなく従兄のエリック兄様だ。
当主は何故か私の言葉を聞くと、屋敷内にいた従兄姉全てを呼び出した。
前世の記憶によるとエルシュタインは一族の人間から出来損ないと蔑まれていたらしく、成績優秀にも関わらず自己評価が極端に低いキャラクターだった。
『従兄姉の兄様や姉様はもっと優秀だったから…』
と言うエルシュタインはそのルートに入ると主人公に励まされ、自信をつけていき、アルフレイドの殺害を阻止する事によって一族に認められるイベントを持つ。
流し読みした設定資料によれば確か、風当たりが強くなるのは学園初等部に入学してから。
「こんな中途半端な時期でなくとも、初等部に入ってからで良いんじゃないか?」
しかし今目の前にいる従兄姉たちの目は鋭い。
表面化するのが初等部からなだけで、既に疎まれているのだろうか?
一番年の近いサリア姉様でも10歳年上。
身体の大きな従兄姉に囲まれ、私はすっかり畏縮してしまった。
「そもそもお前は随身ではなく、第3王子の友として傍にいるのだろう? 違ったか?」
「第3王子は随身を望んでいないんだろう? 鍛える必要がどこにある?」
「随身になりたいの? 貴方は何がしたいの?」
「第3王子を守りたいなら城仕えの我らが一族にいる。 まさか…彼らが信用できないとでも?」
「貴方、第3王子の友人なんでしょう?」
その時、ようやく私は思い至った。
何故ゲームのエルシュタインが出来損ないと言われるのかを。
ゲームの中でアルフレイドはエルシュタインを友人であり随身でもあると言っていた。
エルシュタイン自身もそう言っていた描写があった筈だ。
でもルーテルバーク家の認識は友人であり、随身ではない。
それは教育を受けていない事だけではなく、アルフレイドとエルシュタインの関係は間違っても主と随身と言えないからだ。
私はアルフレイドと共にいる事で第1王子、第2王子に会う機会が多々ある。
王子の背後。
それは、空気のようにそこに有った随身の姿。
彼らは私にだけ、正確には王子以外には私にだけ、己の存在を見せていた。
隣を歩くアルフレイドは、王子と護衛を憧憬の眼差しで見るが、その目には随身の姿は映っていない。
それどころか護衛の誰も、随身の存在に気付いていないとしか思えなかった。
私はてっきり、発言を持たない故の、同じ家名を持つ私への挨拶のようなものだと思っていた。
そうじゃなくてあれは私に、私と彼らの違いを見せていたのではないだろうか。
アルフレイドの隣を歩き、アルフレイドと対等な友人の立場を持つ私と、仕える者以外には認知すらさせず控える彼ら。
私は随身気取りをしていたのだ。
それが露わになるのが初等部入学後。
城内では微笑ましく見られた随身ごっこも、学園ではルーテルバーク家から輩出された随身扱いをされる。
しかもアルフレイドとエルシュタインはそれを肯定していた。
ゲームの設定資料にはルーテルバーク家の事は代々王族に仕える随身を輩出する家柄としか書いていなかったから、疎まれるのは嫉妬だと思っていた。
そうじゃない。
数々の事件を阻む事も出来ず、アルフレイドの健全な精神を損なっているにも関わらず随身を気取る私が、疎まれ蔑まれない訳が無い。
ルーテルバーク家の恥である。
幼稚な随身ごっこに、正式な随身教育を受けていた従兄姉が業を煮やして当然。
エルシュタインは随身ではなく、アルフレイドの親身な友人でしか無かった。
つまり今従兄姉たちが私を詰問するのは、私が随身を気取るつもりなのか、友人としてアルフレイドを守る為に強くなりたいのかを見定めようとしているからだ。
考えれば最低でも2年間、長ければ5年近く、休む間もなく随身教育を受けた従兄姉と、アルフレイドと長く引き離される事無く、合間を縫って3年ほど随身教育を受けた私。
比較出来る訳が無かった事に今更気付いた。
傲っていた。
あまりの羞恥に涙が溢れた。
予想外だったのだろうか。
あまりに弱い私を見て、従兄姉と当主はぎょっとする。
「エ、エリック! お前が言い出したんだからお前がどうにかしろよ!」
「ととと歳が近いサリアが適任だろ!?」
「待ってよ私普通の子の扱いなんて分からないわ! ナタリアお願い!」
「無理よ! 私だってこんな弱い子どうしたら良いのか…っ!」
「フェルディナンド! フェルディナンドは次期当主何だからどうにか出来るよな!?」
「…………現当主である父上ならば子育て経験も有り、慣れているだろう」
「私に普通の子どもはいない。 キーファ…」
「俺!? 俺ぇ!? ……エ、エ、エルシュタイン、あのな、今更お前が随身になるのはかなり厳しいしアリス叔母さんもお前を普通の子にしたかったらしいし俺達もフェルディナンドも当主も普通の子どもを宥めながら教育とかどうしたら良いのかわからんし随身ごっこで遊ぶ程度なら教えてやってたけどそれはどっちかって言うと王子の友人の心得にちょっと忠誠混ぜた程度の内容と身体を柔軟にして怪我を予防する程度だったし随身には程遠くて強くなるのは普通の子どもにはまだ早いから無茶は言わずに大人しく……って何で余計に泣くんだよぉ!!」
傲っていた所ではない!
私はルーテルバーク家の基準で考えたら弱い普通の子どもだったのか!
しかも厳しいと思っていた週に2回の教育も、随身教育には程遠い、従兄姉や当主から見たら常識とごっこ遊びの手解きだった。
これで初等部に入り随身気取りをすれば心を鬼にして自覚を促そうとするに決まっている。
ゲームイベントだってきっと『何か頑張ったみたいだし体面も保てるし誇らしげだから許してあげようね。 皆でこの子なりの精一杯を認めてあげよう』だったに違いない!!
私は羞恥で死ねるならもう両手両足合わせても足りないほど憤死している!
感情とは無関係に壊れた涙腺から涙が出続け止まらない。
何が疎むだ!
何が蔑むだ!
子どもが正しい道に帰るよう厳しく促しただけだったんだ!!
「キーファ…」
「俺が悪いの!?」
「エルシュタインはエルシュタインなりに強くなりたいと思って相談に来たのに、母親の名前まで出されて強くなるのは諦めろなんて直球で言ったら傷付くに決まってるだろう」
「エルシュタインを傷付けないように断る方法を思い付かなかったから当主は私達を呼んだのに…まさか直球で言うとはね…」
「しかも我々全員が無理だと思っている事まで言ったから、誰もエルシュタインを宥められん」
誰か私を100回鞭打ちして下さい。
見定めるとか思い上がりも甚だしいと言って打って下さい。
記憶が蘇って精神年齢が上がったから何だと、ルーテルバーク家全体を邪推するなと、罵って下さい。
…………………今すぐ部屋の隅の埃になりたい。
普通の子どもに対して不器用な人々の愛情に初めて気付いた私は、その事実と思いに自身の浅はかさを覚え撃沈した。
……そして、私の涙を止めようとする皆の行動は、私の想像の範疇を、大きく超えていたのだった…。