エルシュタインの決意
私の前で嬉しそうに焼きたてクッキーを頬張るアルフレイド。
「やっぱクッキーはやきたてがおいしいよな!」
「うん、ぼくもやきたてのクッキーだいすき」
こんなに純粋な笑顔を17歳のアルフレイドは無くしちゃうらしい。
私の記憶にいる17歳のアルフレイドの冷たくて怖い顔。
そんなの嫌だ。
身体は5歳でも、記憶のおかげで知識や精神年齢が大幅に変わった私。
私ならきっとアルフレイドを守りきる事ができるはず。
私はアルフレイドの友達で、随身だから、怖い事全部からアルフレイドを守ってあげるんだ。
だって私は使命なんか関係なく、アルフレイドの笑顔が大好きなんだから。
アルフレイドが誘拐されるのはアルフレイドが6歳の時。
設定資料に書かれていた通りなら第1王子の生誕祭の準備の慌しさに託けた犯人が城内に入り中庭で遊んでいたアルフレイドを誘拐する。
という事はあと1年の間にアルフレイドを守れるようにならなくちゃいけない。
……どうしたらアルフレイドを守れるかな?
「エルシュタイン、どうかしたのか?」
思案顔になっていたみたいで、アルフレイドは不安そうに私を見た。
「うーんとね、つよくなるにはどうしたらいいのかなっておもってた」
「つよくなりたいのか?」
いつも強くなりたいと言って無茶をするアルフレイドを宥めている私の意外な言葉に、アルフレイドの目がきらきらと光った。
これで素直に頷いたら、絶対にアルフレイドが無茶をするのが分かる。
うっかりしてた。
「えっと、つよくなりたいというか、そう、きちんとしたほうほうがわかればきょうみたいに、ぼくのあたまのうえにオレンジがおちてくることはなくなるかなっておもって」
「うぐっ…わるかったなあ!」
すでに立ち直ったアルフレイドはさっきの事を言っても悲しんだり気に病んだりはしない。
ちょっと反省するだけだ。
「おとなは、ぼくたちにはあぶないからまだいろいろはやいっていうけど、きちんとおしえてもらったほうが、ぼくのみのあんぜんはかくほされるとおもうんだよね」
もしかして週2回の随身教育…もといお勉強会に当主だけでなく兄様姉様の誰かが代わる代わる来ていたのは、私の成長を確かめていたんじゃなくただ単に関わりたかっただけだった…のかな?
「わるかったっていってるだろー…」
「でもまたするでしょ?」
「むむう…」
そう、いつもいつもアルフレイドはこうだ。
ちょっと反省しても全然懲りない。
魔法は今日が初めてだったけど、いつも強くなるためだなんて言って無茶をする。
第1王子のスアリエル様と第2王子のテオスギフト様が剣や体術、魔法の扱いに長けているのを知ってからは余計に。
歳の差を気にしているのは分かるけど、その歳の差分御2人が強い理由を納得して欲しい。
前に
『スアリエルさまとテオスギフトさまがつよいのは、アルフレイドよりとしうえだからなんだよ? だからいまのアルフレイドがおふたりにかつんじゃなくて、いまのおふたりとおないどしになったときにいまのおふたりよりつよくなることをもくひょうにしようよ』
と言ったときのアルフレイドの返事は、
『おれはアリックにいさまとテオにいさまにはやくおいつきたいんだよ!』
だった。
一生懸命考えて最高の説得だと思ったのに、全く意味が無かったからあの時はすごいショックだったなぁ…。
今の私だから思うけど、この歳でこんな説得を思いついたのはすごいと思う。
自画自賛したい訳じゃなくて、素直にそう思った。
「でも、レーマスもギルもおしえてくれないのに、どうするんだ?」
レーマスさんとギルハルトさんは、スアリエル様とテオスギフト様の指南をしている騎士と魔術師の1人。
全然手足が伸びてない子どもに武術を教えてくれる人がいるはず無いし、魔力が発達未満制御不能の子どもに魔法を教えてくれる人も絶対にいない。
それがアルフレイドには不満らしいけど、当たり前なんだから仕方ない。
「かんがえたけどむりだからあきらめよう。 きょうはオレンジだったからだいじょうぶだったけど、あれがはちうえやおきものだったら、しんじゃうかもしれないんだよ。 ばしょをえらべばだいじょうぶっておもうかもしれないけど、アルフレイドのちからがぼうそうしたらとおくからでもおもいものをはこんじゃうかもしれない。 かぜじゃなくてひだったりすれば、おおけがしちゃうかもしれない。 アルフレイドはおうぞくだから、ぜったいすごいちからをもってるんだ。 まほういがいならぼくがとめることができるからいいけど、もうまほうはつかわないでね」
だからアルフレイドには今すぐ強くなる事は諦めてもらうしかない。
「……あしたはきのぼりのとっくんだからな!」
…うん、魔法を諦めてくれただけ良しとしよう。
アルフレイドが強くなるのは、きちんとした順序を経て成るべきだ。
でも私は違う。
ルーテルベルク家は代々特殊な教育を駆使し王家の随身を輩出してきた。
今現在3歳で随身として生まれたばかりの王子に付くなどという常軌を逸した事が出来るのもその積み重ねがあったからこそ。
私自身が望めば、母も反対はせずに当主の元で教育を受ける許可をくれるはず。
当主も時期当主に改めて教育現場を見せる事ができるのだから、きっと拒否はしない。
昔ほんの少しだけ受けた教育は酷く辛いものだった。
今では週2回、2時間ずつ程度当主直々に様々な事を教わるが、それの比にはならない程厳しくなるだろう。
だけど私自身が望む程度になる為にはそれ以上、想像も付かないほど辛く苦しい思いが必要だと思う。
私はアルフレイドを守る為ならきっと、どんな事でも耐えられるから。
アルフレイドの笑顔は、私が守ってみせる…絶対に。