ルーテルバーク家とは
私と前世の私は問題無く融合した。
そう私は認識しているが、社会的には問題が生じてしまった。
それは、私の内面が女性的になった事だ。
前世の私は19年間女性として生きた。
しかし今世の私は融合時5歳。 つまり性を意識するほど長く生きていなかった。
元々腕白ややんちゃという言葉から程遠かった私は内面が女性的になっても変化の自覚は無く、女性の煌びやかな出で立ちを見て抱いた感情も深く考える事無く、これが異性への興味かと思う程度だった。
アルフレイドの傍にいる喜びもアルフレイドを守る事が出来ている事への喜びと思い、前世の記憶はそれを駆使しアルフレイドを守る為のものだと信じて疑わなかった。
しかし10歳の誕生日の夜。
父親が言った言葉。
アルフレイドを守りアルフレイドの為に生きる。
それは違えようも無く、改めて言われる事でも無かった。
そんな私の不相応な落ち着きに何をどうとちくるったか、父はアルフレイドが成人すれば私は妻を娶りアルフレイドの子の乳母にする為、機会を窺い仕込みをしろと言ったのだ。
女性を都合よく孕ませろという言葉の意味に嫌悪を覚え、それ以上にアルフレイドの乳母という言葉に衝撃を受け、その時に気付いてしまった。
女性目線の嫌悪と、私がアルフレイドに抱いていた気持ちへの自覚。
それは融合当初の、何故私は男なのかという前世の私の失望とは全く違った思いだった。
前世の私は融合時わりと直ぐにその気持ちから立ち直った。
それは本来なら知り得なかった幼少期のアルフレイドに出会えた喜びと、作中最もアルフレイドに近い、エルシュタインという存在になれた喜びの方が強かったからだ。
恋仲には成れずとも、アルフレイドの傍にいられるならそれで満足だと前世の私は思った。
そしてその思いは今世の私の持つアルフレイドを守る意志と混ざり合い、恋心は消えた。
しかし自覚は無くとも女性的になっていた私の心は、成長していくアルフレイドに寄り添う内に新たな恋心を芽吹かせていたのだ。
それを私は親愛と疑わずにいた。
しかし自覚した夢物語への恋心ではない、本物の恋心。
苛む思いが誰かに知られてはならない事だという現実。
そして自身の背負う家名の重み。
それらは正に絶望でしか無かった。
ルーテルバーク家は王家の随身となる為の存在。
この国の王家は王子が2人生まれたら、争いを起こさないためにそれ以上子を成さないという暗黙の了解があり、それによりルーテルバーク家は2人王子の随身として差し出し、他の子どもは家の跡継ぎもしくは自由な身となる慣わしだった。
王子の随身は王家のモノと見做される為、ルーテルバーク家は次男以降を随身として育てる。
随身は王子より3歳上を目安とされ、王子が生まれるまで休む間もなく随身としての教育を受ける。
長男はルーテルバーク家の跡継ぎとしてその様子を見る事が教育の一環とされ、いつ生まれるか分からない王子の為に周期を決められ生まれてくる弟や従兄弟を見て育つ。
代々そういう慣わしなのでルーテルバーク家は王子が2人生まれるまで子が生まれ続ける。
当主の長男が次の当主となるが、随身は目安に近い年齢の内から男女問わず優秀な者が選ばれ、当主と随身に選ばれた者以外は特殊な育てられ方を生かし、適齢になると王子の護衛となる者が多い。
それは強制ではなく、兄弟や従兄弟の多さから家を出て新たな事業を起こす者もいる。
そして当主となる長男と随身に選ばれた2人は次の随身候補を周期的に生ませる役目も持ち、婚約者と自分が成人すると同時に周期を決め子を成すようになる。
これがルーテルバーク家の代々続く慣わしの全てであり、架せられた使命。
しかし、2人目の王子が生まれ現世代の随身育成が終わってから8年後、王妃様が御懐妊された。
想定外の出来事ではあったが、偶然にも当主の従姉が同時期に懐妊。
母親は拒否したものの、当主が引き取り随身教育と平行しながら第3王子であるアルフレイドの傍らに仕えさせた。 しかし随身教育の為に引き離される度にアルフレイドが泣いて嫌がり、それを見た国王陛下により『もとより特例であるなら随身ではなくアルフレイドの友人としても良いだろう』と、提案という名の命令を受け友人となったのが私、エルシュタインだ。
その命により産みの母の元へ帰ったのは3歳半ば。
しかしルーテルバーク家としては表向き友人としても、ルーテルバークの家名を背負い王子に寄り添う以上ある程度の教育は必要といわれ、寝る間を割いて正式な随身には劣るもののそれなりの事を教え込まれた。
……そして、それに感化され婿入りした父が禄な知識も持たず母に隠れて聞きかじりの教育として言ったのが乳母云々だ。
私は6歳となった時、当主同伴で国王陛下直々の使命を承っていた。
それはアルフレイドが成人するまで、アルフレイドの良き友となる事。
同時に私は正式な随身では無いのでアルフレイドの成人後は自由にしても良い、とも言われた。
それを父は私が随身として劣るのでアルフレイドの成人を期に解雇と思い込み、それを受け入れた当主と母は私の教育を諦めたのだと思い込んだ。
特例であるから気負わず、出来ることなら義務から解き放たれてもアルフレイドの良き友であってくれたら喜ばしいが無理強いはしない、という言葉の意味を履き違えた父は思い込みのまま婿入りの立場を弁えなかったので2ヶ月ほど前に母から離縁を申し渡された。
当主と母に、父の暴走に気付かなかった事と半端な知識を与えた事を謝られたが、大半は聞き流していたので実害は特に無く、見方を変えれば重大な事実を早期に気付かせてくれたとも言えるので、当主と母に非は無く父の事も恨んではいないと伝えた事は記憶に新しい。
あと1年と半年で私とアルフレイドはゲーム舞台となっていた学園の、中等部に入学する。
性を意識し始める年頃が集まる中に入るまでに、私は自覚したばかりの性をどうにかしなければならないだろう。
アルフレイドに添う者として、付け入る隙は秘匿しなければ。
それと同時にこのちぐはぐな心身を正す術を成人するまでに手にしておきたい。
自覚する事でようやく私はアルフレイドに従う以外の生に気付いたのだから。