ゲームの世界を飛び出して
今の所、前世の記憶により回避できた事は3つある。
1つはアルフレイドが6歳の時誘拐され、魔力の暴走により誘拐犯の屋敷共々貴族の居住区を破壊し、反動で3日3晩昏睡状態になる事。
ゲームのシナリオ通りに事が起こると、彼が学園で畏怖され、それと同時に嫌悪、憎悪されるきっかけとなる。
齢6つの子どもが起こしたにしては規模の大き過ぎる暴走は、彼の生まれも相俟って身分や国境に関係無く広く知れ渡った。
それが畏怖される所以。
そしてその規模による誘拐と無関係の貴族の死は、残された者にとって憤る事しかできない惨劇だった。
犯人が全滅し、唯一生き残った被害者であり加害者となった幼子に集中するしかなくなった感情は、その身分故に表立つ事の無いまま3年後に芽吹く。
大人が撒いた種の植わった、子ども達の中に。
これによりアルフレイドは年相応ではない孤高の精神を育て、氷の王子として学園に君臨する。
そして次に回避したのはアルフレイドの目前で婚約者が殺される事。
誘拐された上に魔力の暴走で昏睡。
心身共に傷付いたアルフレイドを慰めようと既に決定していた婚約者、隣国の第2姫が遠路遙々見舞いに来るのだが、誘拐犯の身内の逆恨みで殺されそうになるアルフレイドを庇い殺される。
恋は芽生えていなくとも目の前で親しかった少女が殺され、さらにその時の犯人の言葉によりアルフレイドは異性と親しくなる事を恐れるようになる。
親しくなる事を恐れる反面彼の立場はそれを許さず、公の場では誰にでも公平な博愛の仮面を被るがそれ以外の場では全てを拒絶するようになるアルフレイド。
そして何かを勘違いした女性たちが傷心のアルフレイドを癒そうと空回り、結果アルフレイドを女性嫌いへと変える事になる。
そして最後は魔法の鍛錬の最中にアルフレイドの膨大な魔力が暴発し、第1王子に怪我を負わせてしまう事。
不慮の事故にも関わらずこれまでの出来事により疎まれ気味だったアルフレイドは、王位継承権を持つ第1王子を妬み殺そうとしたと1部の臣下や貴族達に言われるようになる。
これによりアルフレイドは完全なる人間不信に陥り、エルシュタイン以外を敵と見做しエルシュタインを間に挟まなければ誰とも関わり合いを持とうとしなくなる。
これらを回避できなければ、頑なに他人を拒絶するアルフレイドの心を溶かすのが学園聖女の主人公というゲームのシナリオになった筈だ。
……そして壮大な背景と設定で分かるように、アルフレイドは難易度最高のメイン攻略キャラクターだった。
身分が高く、力も有り、学園内で心を開く異性になれるのは主人公のみ。
さらに心を開いてからは真綿でくるむように主人公を愛しむと同時に強い執着を持つ。 正に女性の母性愛を絶妙に刺激する存在だ。
しかし人気投票はエルシュタインと差が大きく開いた2位。
それはアルフレイドのシナリオ中盤のセリフのせいだった。
主人公と2人きりで星空の輝く湖畔に来たアルフレイドは、主人公にこう打ち明ける。
『お前は俺の初恋のやつに似ている。』
この時点でプレイヤーは衝撃を受けるが更に追い討ちがある。
『俺は今でもあいつが好きだ。
決して祝福されない気持ちだが、
それに偽りは無い。』
『もしあいつが困っていれば
絶対に助けに行く。』
『あいつが幸せになる為なら
俺は何でもする。』
『気付いたら俺はお前に対しても
同じ気持ちを持ってしまった。』
『どちらかを選ぶ事はできない。
こんな俺でもお前は傍に居てくれるか?』
堂々の二股宣言にしか思えないこのセリフにより、アルフレイドの人気は落ちた。
因みにもう1人の事は公式では明言されていないが、エルシュタインの婚約者の事ではないかとファンの間で噂されていた。
エルシュタインの婚約者はエルシュタインの従姉妹のアリーシャで、主人公が現れるまで血縁者以外で唯一アルフレイドが言葉を交わす異性。
女性版エルシュタインという外見に、聡明で理知的なアリーシャは社交界にのみ登場し、主人公とアルフレイドを取り持とうとするアルフレイドルートのサポートキャラクターで、アルフレイドと主人公の幸せをエルシュタインと共に願う人だ。
プレイヤーの憶測では親友の婚約者として幼い頃から面識があり、親友そっくりの彼女に心を開くうちに恋心を抱いたのではないかと噂されている。
しかし様々な理由からそれをひた隠し、思うだけでいようとした所に主人公が現れたのではないかと。
勿論作中では常に主人公に寄り添い、初恋の相手に会いに行く描写は無かった。 だがプレイヤーにとっては自分が2番手という疑惑が付きまとい、二股宣言どころか主人公身代わり宣言と言われるこのイベントで、アルフレイドの人気は落ちたのだ。
逆にこの会話に切実さと直向きさを感じ、アルフレイドの傍で彼を支え、守りたいと思ったプレイヤーもいた。
その1人が前世の私という訳だ。
しかし、彼の人格を形成する大事件を回避した今、アルフレイドはゲームシナリオとは全く違う成長を遂げている。
私自身記憶の関係で随分と変わってしまった。
学園に入学するまであと2年。
聖女に出会うまであと7年。
私はこの世界に生きている。
変えられるゲームのシナリオなど無意味だと知った。
なら私はこれから私の幸せを模索しよう。
アルフレイドの妻になる事は出来ずとも、私の幸せはそれだけではないのだから。