気持ちと実力のジレンマ
「それは駄目です」
母様の言葉に驚きはしたものの、気付けたおかげで冷静に言葉を紡げた。
私がアルフレイドの随身になる?
それは私が許さない。
私はまだまだ弱い。
今回は相手が私を舐めていたから何とかなったが、私が堂々と随身を名乗るようになれば相手もどんどん上手の人間が現れるだろう。
更に私が居るからと護衛が手を抜く可能性も有り得る。
本当にアルフレイドの立ち位置は複雑なのだ。
国王陛下も第1王子も第2王子もアルフレイドを本当に大切に思っているが、それをあからさまにすると付け込む輩が現れる。
だからアルフレイドに帝王学を学ばせず、随身も付けず護衛も専属の使用人も少なくしていた。
アルフレイドが反旗を翻した場合を考えそうしているという理由もあるがそっちの方が建前だと私は信じているのだ。
付ける人間が少なければ監視も容易い。
それ以外の人間が近付けば直ぐに気付ける。
昇格しそうもない平凡な者ばかりがアルフレイドの御付なのも異動が最小限で済むからだ。
だからこそ油断が出来る可能性は作りたくない。
私に兄様や姉様ほどの能力があれば全てを補う事も吝かではないが今は無理なのだ。
「家名と役職が盾に成る事もあるのよ。 それを聞けば頭の良い人間は軽率な行動を慎み、頭の弱い人間はエルを舐めて杜撰な行動をして始末される切欠になるわ。 それにねエル…」
……母の言葉は間違っていない。
これは私の気持ちの問題なのだ。
私は愚か者のエルシュタインのようにはなりたくない。
随身がどのような存在なのかをしっかりと認識し、実力の差が予想も出来ないほど開いているのを理解した私は嘘でも自分を随身だなんて言いたくない。
だってそれは…
「エル、これは王子を守る為よ。 貴方の拘りやプライドは今は忘れて、話を聞いて頂戴。 私たちルーテルバーク家が何故王家に仕えるか、分かっているでしょう」
「はい」
ルーテルバークの始祖は初代国王陛下に命を救われ忠誠を誓った異国の暗殺者。
使い捨てとして送り込まれた始祖は使命を全うし死を受け入れようとしたが、その命を初代国王陛下が拾ったのが始まりだと言われている。
命令を聞くだけの存在から生まれ変わらせてくれた初代を守り、その結果国王陛下の道を切り開いた1人として歴史書にも名が残っており王家と並ぶ歴史を持つ唯一の一族となったのがルーテルバークの始まりだ。
送られてくる暗殺者を返り討ちにし、所属していた集団から送られてきた刺客は生け捕り一族に加え子孫を残していったのでルーテルバークはこの国では珍しい緑がかった黒髪を持っている。
母様は私の両手を握り、真っ直ぐ私の目を見詰める。
その顔はいつもの母様と全く違うまるで別人のように硬質な表情で、私は声を出す事も身動ぎをする事も出来ずその目を見返す事しか出来なくなった。
「私たちは初代国王陛下が始祖に命を吹き込んだから存在している。 随身は主を、当主は盟約を守る事が使命。 随身でも当主でもない私たちに使命は無い。 だけど、エルは王子を守りたいのでしょう? 貴方は変わったわ……王子を守る為に強くなりたいと言い出した時はまだただの子どもだったのに、それまでオリスやあの子たちの姿を見るだけで怯えていたのが向き合い始めた途端、変わったの。 それまで碌に知らなかった裏のルーテルバークを見たら諦めるか怖がるかのどちらかだと思っていたのに、ただの子どもだった目が段々大人の目になっていったわ。 ……言ってはいなかったけど、随身教育を受ける子どもの目とは全く違う覚悟と直向さを持って挑む目が段々暗くなっていくのも私たちは気付いていた。 貴方は色々な能力が養われると同時に、生まれ持って随身教育を受けた私たちとの果てしない差に気付いて絶望した。 それが今の貴方のコンプレックスであり、随身になりたいという夢がどれだけ無謀だったかに気付いて己を恥じている。 でもね、貴方はそこで止まっていない、そうでしょう? 随身を諦めて、私たちと並ぶ事を諦めて、それでもまだ貴方は王子を守る事を諦めていないわ。 だから私は貴方にはっきり言わなければと思うの。 エル…エルシュタイン、綺麗に生きていたら貴方の守りたいものは守れない。 本当に守りたいなら何でも利用しないと、貴方には守れないの。 随身という肩書き、貴方より遥かに強い家族、そして守るべき王子も利用しなさい」
目眩がした。
自分の世界の壁が、天井が、床が崩れた気がして、私は母様の手を振り解き目を塞いで喘いだ。




