随身隠密、能ある鷹は姿も隠す
地下を抜けると廊下にはサルバトーレの私兵とヤナイトスの守衛が並んでいた。
「なんだこれは」
「随分と暑苦しい見送りですね…」
長い廊下の両脇に並ぶ身動きできない兵の列。
全員頭の装備を外され視界は良好にされているらしい。
首と目を動かし此方を見た彼らのほとんどが驚愕の表情を浮かべていた。
「王子様とエルシュタインの為の列ではありませんからね。 自分たちを騙した主君と、主君を殺した犯罪者を見届けさせる為の道です」
「ナタリア姉様」
そう、実は既にこの屋敷は先程の地下以外全てルーテルバークの手によって掌握してあったのだ。
「1人できちんとできたみたいね。 流石だわ」
「ありがとうございます」
速やかにこの状況に持って来れたのは、誘拐犯たちが私をここまで連れてきたからだった。
もし私を置いて、もしくは途中で馬車から放り出されアルフレイドだけが誘拐されたらここまでスムーズに事は進まなかった。
どこからか、というと最早最初も最初、偽者が現れた時点で私はオリス様に魔法を使い連絡していた。
そして私の魔力を辿り馬車を追うように、城仕えだがその日非番だったナタリア姉様と傭兵を職にしていて今日は仕事を請け負っていなかったキーファ兄様とアヴリル兄様が屋敷に来てくれたのだ。
魔法を使い互いの状況や会話を筒抜け状態にしていたので、サルバトーレが地下に入ってすぐに兄様と姉様は屋敷内の人間全員を制圧し、地下から上がってきた兵もそのまま捕らえ列に加えていた。
そして私はナタリア姉様に
『その程度なら1人でなんとかしなさい。 こういう時の為に色々教わったんでしょう』
と言われサルバトーレの対処を任されたのだった。
「エルお疲れー」
「よくやったな」
「キーファ兄様、アヴリル兄様」
アルフレイドと私が地下から出てきた事に気付いた2人が音も無く現れる。
2人は屋敷を一掃したあと城に向かい、アルフレイドを迎える為の馬車を手配に行っていた。
御者や従者を連れずに馬車だけを用意すると聞いていたから、城に着くまでは静かに落ち着けそうだ。
「それでは我々2人でアルフレイド王子様とエルシュタインを城まで送らせて頂きますね」
「ああ、頼む…が」
歯切れの悪いアルフレイドは何故か落ち着かない様子になっている。
「どうかした? アルフレイド」
「いやこいつらの視線がなんというか…変じゃないか?」
こいつら、というのは廊下に並ぶ兵たちの事だった。
確かにそちらを見てみると困惑したような顔ばかりで、それが全部アルフレイドと私に向いていて非常に居心地が悪い状態になっている。
そして私は気付いた。
「ああ…、姉様兄様が穏身を使っているからなんだと思う。 彼らにはアルフレイドと僕が虚空に話しかけているようにしか見えないんじゃないかな」
王子であるアルフレイドが現れただけでも驚くのに、挙句何の気配も無い場所に話しかけていたら戸惑うのも仕方が無いかと思う。
「なるほど…」
というかこの屋敷にいた人全員が突然姿の見えない相手に捕まって身動きできないまま列にして並べられたと考えるとその恐怖は例え様が無く、更にヤナイトスの者はともかくサルバトーレの者は王子を助けに来たつもりが問答無用にこんな目に合わされたら堪ったものではないだろう。
「抵抗されるのも面倒だったから屋敷内では常時穏身にしていた。 ナタリアはともかく俺とキーファは変な怨恨が残って仕事の邪魔をされたら困るしな」
……案の定今も尚穏身をしているのはそういう理由だった。
アヴリル兄様は立場を弁え敢えてアルフレイドと直接会話をしない心積もりのようだ。
アルフレイドもそれを察したらしく、分からない会話に無関心を装っている。
橋渡しは私の役目という事だろう。
「アヴリル兄様とキーファ兄様は傭兵をしているから、何処かで顔を合わせる可能性が0じゃないんだよ」
「へぇ、なら俺が雇う日が来るかもしれないんだな」
『アルフレイドには傭兵を雇わなくても護衛の騎士がいるでしょ』
と発言するより先に
「え? エルが傍に居るなら必要無いじゃんかぎゅっ」
「王子様に失礼な口のききかたをするな!! 申し訳ありませんアルフレイド様」
……キーファ兄様がいつものように素で突っ込みをしてアヴリル兄様に折檻された。
「見ている者も公の場でもないから気にしていない。 それにそうだな、確かに俺にはエルシュタインがいて、エルシュタインには俺がいるんだから傭兵を雇わなくても守りあえるな!」
そしてキーファ兄様の言葉に触発されてアルフレイドの脳内には互いの背後を守りながら戦うアルフレイドと私の姿が出来上がっているような気がする。
「アルフレイドの後始末は僕がするんだから大人しく後ろにいてくれる方が助かるんだけど」
これが10年後の未来予想図ならともかく、魔法や剣を覚え立てでそれをされたら私は外と内の両方の対応をさせられそうで非常に怖い。
今回はアルフレイドが対抗手段を持っていない自覚があったから私の提案をそのまま受け入れ大人しくしていたが、護られるべき立場のアルフレイドが私と共闘する為に前線に出ようとするようになったら困るのは私と護衛の兵だ。
「お前の後始末は俺がすれば良いんだろ?」
違うそうじゃない!
キーファ兄様…もし悪夢が現実になったらその時は絶対に許しませんから…。
「……とりあえず帰ろう。 スアリエル様も心配なさっているだろうし、アルフレイドの口から顛末を話すのが1番だから…ね」
「そうだな。 アリック兄様にきちんと話さないとな」
「では私は地下のモノを城に送る前の下拵えをしておくから、貴方たちはきちんと王子様を城へお連れするのよ」
「分かってるよナーシャねぇさん」
「下拵えに留めるのを忘れるなよ」
……下拵えがどんな意味かは分かるけれど深くは考えない事にした。
まだまだ知らないルーテルバーク家の深みを感じながら、私は兄様に促されアルフレイドに寄り添い城へと向かったのだった。




