アルフレイド誘拐事件 後編
「お目覚めですかな? アルフレイド王子、そしてルーテルバーク家の子息よ」
「お前は…っ!」
目の前に現れたのは城で幾度も見掛けた事がある、子爵ヤナイトス家の当主、ミルリック•ヤナイトスだった。
ヤナイトス家はアルフレイドの母君、カトリーナ様の実家である公爵の称号を持つサルバトーレ家に従属している。
主犯が誰かは分からないが、何故スアリエル様派ではなくカトリーナ様派の家を使い捨てに選んだのか理由が全く分からない。
スアリエル様への不信感を高めるなら、誘拐犯として口封じをする者はスアリエル様派の家の方が都合が良いのでは無いだろうか。
既にアルフレイドにはスアリエル様が偽者だった事や、ルーテルバーク家に伝わる随身しか教わらない初歩の魔法を特別にほんの少し教わっていたからなんとか聞く事が出来た馬車の中での会話から察した憶測を伝え、既に着け直してある枷の開錠も眠りの魔法の解除もその内…という事にしてある。
あとは帰ってから報告する為に出来る限りの情報を引き出そうと打ち合わせもしたので、ヤナイトスには精々1人で踊ってもらおうか。
目だけでアルフレイドと頷きあう。
茶番の始まりだ。
「ヤナイトス…。 私をこの様に扱うなど、私が母から受け継いだ血を認めないという事か?」
普段とは全く違う、5歳とは思えない威厳を持ったアルフレイド。
流石王族と思うと同時に前世の記憶に残るアルフレイドの姿が過ぎった。
敵と見做した相手には、この時点でこんな対応をするんだ…。
「滅相もございません。 我らはサルバトーレに仕える者。 カトリーナ様の形見である貴方様は我らの主でございます」
ヤナイトスには主を鎖で地下牢に繋ぐ作法があるのか。
ははは…それはそれは…。
「ならこの扱いは何だ」
「ヤナイトス家はスアリエル様から貴方様を買い取りました」
「何っ!? 馬鹿な事を言うな!! アリック兄様がそんな事をするはずは…っ」
流石、本音を隠す事も学ぶ王族。
演技など初めての筈なのに見事な動揺だ。
「では貴方様を城から連れ出したのはどなたでしたか?」
「それはっ…、だが、そんな事…」
「何故! 何故スアリエル様がアルフレイドを売るのです!! ヤナイトス家は何故アルフレイドを買ったのですか! おかしいではありませんか!!」
とりあえず今回の筋書きを知りたい。
ヤナイトスはどの様に騙されたんだろうか。
少なくともヤナイトスはアルフレイドに取り入ろうとしているようには見えないから、別の目的で関わっているには違いない。
「………アルフレイド様は唯一、カトリーナ様と同じ髪をお持ちです」
「……それが何だ」
突然の髪の毛の話題にアルフレイドも私もついて行けず、目で互いに困惑をつげあった。
髪の毛が何なんだ?
王家の象徴の1つは紅い髪と言われている。
初代の王は日の光の下では薔薇、夜の闇の中ではガーネットに例えられる見事な髪だったと伝えられているからだ。
紅を保つ為に王家は例外が無ければ3つの家、サヴステット、プラミア、サルバトーレから妃を迎える。
サヴステットの紅は燻した銀の趣、
プラミアの紅は燃え盛る炎、
サルバトーレの紅は眩く輝く暁の光と例えられるらしい。
ちなみに炎や暁はどちらかというと朱色を指すが、3家はそれぞれ多少色と艶に違いがあるが紅に分類される色合いだ。
そして国王陛下とスアリエル様、テオスギフト様はサヴステットの色なのだが、アルフレイドはカトリーナ様と同じ髪色。
それがヤナイトスの思惑にどう関係するのだろうか。
「本来ならカトリーナ様はサルバトーレ家の当主となり、我らの主君となる御方でした。 しかし国王に見初められてしまったばかりに、カトリーナ様は我々の前から姿を隠してしまった。 それどころか唯一カトリーナ様と同じ髪を持つアルフレイド様、貴方様は生まれる筈の無い3人目として生まれたばかりに王位継承権を持たない王子となってしまったのです」
色々とおかしな主張があるが、それは置いておこう。
先ほどの3家は髪の色を例えられてはいるが、その中には当然優劣がある。
近親相姦を繰り返せば身体が弱い子どもしか生まれなくなるので、当然だが他家の血が混じりその結果色が変わるのだ。
カトリーナ様は暁の女神の異称を持つほど美しい髪と言われ、近年では見られなかったサルバトーレ家の始祖の色だと持て囃されたらしい。
つまりは王家の象徴が紅い髪なら、アルフレイドこそ相応しい!! と主張する一派が存在したりもする。
「……継承者が多ければ、それだけ派閥が増え争いを起こす。 幼い私を操り私腹を肥やそうとする者は少なく無いだろう」
「そうです。 ですからこれまで幾度もサルバトーレ家はアルフレイド様をカトリーナ様の形見として、王位継承権を持たない事を理由に引き取りたいと言っておられました。 しかし国王はそれを許さず、カトリーナ様の形見を飼い殺そうとしています。 そんな中、スアリエル様がヤナイトス家に交渉を持ちかけてきました。 『王位継承権を持たずとも、アレが面倒な存在である事に変わりはない。 買い手がいるなら……こちらとしても吝かでは無いが。 この事をヤナイトス家の当主として、どう思う』と」
「アリック兄様が…そんな事…」
まさかアルフレイドをサルバトーレの者にしようとしていたとは…。
王家の血が入った以上、如何に名家といえど子を引き取るなど無理な話だ。
「何故スアリエル様はサルバトーレ家ではなく、ヤナイトスに話を持ちかけたんです?」
「サルバトーレの方々が、カトリーナ様の形見を金で遣り取りする訳無いでしょう。 スアリエル様がヤナイトスに話を持ち掛けるのは当然の事」
「サルバトーレ家はこの事を知らないのですか?こんな事になればアルフレイドは2度と表にでる事の出来ない存在になってしまいます! そんな事をサルバトーレ家が望むはずは…」
「現在サルバトーレ家にはアルフレイド様の従姉にあたるリリアナ様がいらっしゃいます。 リリアナ様がアルフレイド様の子を生み、サルバトーレ家を継ぐ、カトリーナ様と同じ美しい髪を持つ御子を生んで下さるでしょう」
リリアナ•サルバトーレ!?
カトリーナ様には劣るがサルバトーレ家で現在1番美しい髪と言われているリリアナ嬢は確か現在18歳…。
いつになるかは分からないが精通間もなく13歳も年上の女性に襲われるなんて最悪トラウマになりかねない。
「サルバトーレは…知らぬ振りをしているだけだと!? アルフレイドの子種を得る為に、ヤナイトスを使ったという事ですか!?」
「ふっ、ルーテルバークの血は強い。 アルフレイド様の子の伴侶にルーテルバークの血が4分の1だけでも入れば、サルトバーレ家は安泰となるでしょうな」
「そ、そんな…」
想像もしたくない言葉に思わず動揺してしまった。
アルフレイドが13歳年上に襲われる予定なら私は一体何歳年上に襲われるんだ!?
恐ろし過ぎる!!
「俺とエルシュタインの子が結婚するのは良いが、それまでの過程が気に食わないな」
「なっ!?」
あまりの内容にとうとうアルフレイドが指摘してしまった。
というかこの反応からするにアルフレイドはリリアナ・サルバトーレの歳を知らないみたいだ。
知っていたらきっとこんな悠長な指摘ではなく全身全霊で拒否をしているだろう。
「アルフレイド、まだ早いよ…」
「そうか? もう十分だと思うけどな」
「黒幕がまだ来てないでしょ」
「でも思惑は十分に聞きだしたし、どうせ黒幕が来たらこいつは殺されるんだろ?」
まあ、これから使い捨てられるとも知らずに思惑を話したヤナイトスに内心呆れかえってはいたが、わざわざ教えてあげるなんてアルフレイドは敵認定した相手に容赦をする気は無いらしい。
「こ、殺される!? どういう意味だ!?」
「お前が会ったアリック兄様は偽者だ。 それを見抜いていたエルシュタインが馬車の中で眠る前に聞いた話から推測するに、俺にアリック兄様への不信感を植え付け反乱を唆しサルバトーレの髪を次の王座に就かせたい人間がいるそうだ。 お前は俺を誘拐した犯人とされ殺される使い捨ての駒の役を宛がわれているみたいだぞ。 恐らくサルバトーレは、独断で俺を誘拐しその報告を喜々とするヤナイトスに見切りを付けその手で切り捨てるという筋書きにするつもりだろうな。 そのまま俺を懐柔しようとする予定だったらしいが…」
声も無く、ミルリック・ヤナイトスは崩れ落ちた。
否定すると思っていたが、もしや心当たりでもあったのだろうか?
「話し過ぎだよアルフレイド。 最後まで主人を信じさせたままでも良かったよね? 絶望する姿を見たいから話をしたと言うなら、酷く悪趣味な事だ」
「そんな訳無いだろ。 ただ、俺の為に部屋を用意してくれた礼をしただけだ」
ああ、気付かなかったけど牢屋に入れられた事そんなに怒ってたのか。
「……そう。 なら…仕方ないのかな?」
「おいこら、そんな目で見るなよ!」
牢屋の中に鏡が無いから分からないね。
……ははっ。
その時私はこの屋敷に大量の人が入って来たのを察知した。
それは4つの隊に分けられたのか屋敷の中に散っていく。
そしてその内の1つ、1番人数の少ない隊が真っ直ぐ此方に向かってくる。
……どうやら助けが来たようだ。
「ヤナイトスさん、どうやらそろそろお別れの時間のようです」
「もう来たのか? 結構早かったな…」
「誘拐はおしまい。 だけど次はもっと厄介なものが来ちゃうんだけどね…」
「…………トスは…」
「はい?」
呻く様に言葉を紡ぐヤナイトスの声は、がちゃがちゃとした足音に掻き消されよく聞こえない。
「……ヤナイトス家はどうなる? サルバトーレに長年仕えてきたヤナイトスが何故切られる? 何故…何故、何がいけなかった…? カトリーナ様、カトリーナ様、カトリーナ様…」
立ち上がったヤナイトスの目はもはや何も映していない。
激しく音を立てて開いた扉を見向きもせずアルフレイドを…いや、アルフレイドの髪を見つめうわ言の様にカトリーナ様の名を呼び続けたヤナイトスは、勢いのままに切り伏せられ事切れた。
アルフレイドの呟きは、小さ過ぎてヤナイトスには届かなかっただろう。
「お前がサルバトーレではなく、母上に陶酔したから、切り捨てるには丁度良かったのだろうな…」




