エルシュタインと随身の兄様
あっという間に時は流れ1週間後には第1王子の生誕祭。
先週から私の警戒は最高潮、もはや一分の隙も無い。
オリス様と従兄姉たち、さらには過去随身教育を受けていた母様までもが私を鍛え上げたのだ。
魔法に関してなら、そこいらの刺客に負ける訳もない。
武術を教わらなかったのは、
『赤ん坊の頃から鍛えた訳でもないのに急に身体に負荷をかけるのは逆に危ない』
という母様の言葉があったからだ。
週2回の鍛錬は随身教育を受けた人間にとって負荷の部類に入らないものだったらしい。
赤ん坊の身体を鍛える、という言葉については敢えて触れない。
どんな方法なのか考えたくも無い。
あとその後の
『可愛いエルスの手足のぷにぷにを損なうなんて母として絶対に許さない!』
という言葉にオリス様と従兄姉たちが真剣な顔で頷いていたのも見てない。
当主と随身以外の結婚率が低いルーテルバーク家で母様が婿養子をとってまで妊娠した理由と随身教育を反対し続けた理由が弱くて可愛い子どもが欲しかったからだなんて告白をオリス様にしてたのも聞いてない。
「エルシュタイン、どうかしたか?」
遠い目になった私に気付いたアルフレイドが心配そうに声をかけてきた。
…………うん、多分大丈夫だ。
「城内が賑やかだから、落ち着かないだけだよ」
「アリック兄様の誕生日が近いからなー。 騒しいのが苦手なんて、神経質だよなお前は」
「せめて繊細と言って欲しいな…」
「はっ。 そういえば今日はテオ兄様が一緒にお茶を飲もうって言ってたぞ。 遅れないようにしないとな」
私はともかくアルフレイドの言葉遣いは5歳とは思えない内容だが、それは私のせいらしい。
アルフレイドのお付きをしているナハトに寄れば、アルフレイドの唯一歳の近い友人が私だけなのだからその影響でアルフレイドが口達者になるのは当然、だそうだ。
ちなみに第1王子と第2王子は随身の影響で4歳の時には大人顔負けの詭弁を披露したらしい。
それにしても……テオスギフト様とお茶会か…。
……そういえば、公の場で無ければ王子と随身が実は物凄くフレンドリーという事実を知ったのは半年前の事だったな…。
今日は久々にアルフレイドがスアリエル様とテオスギフト様に会う日だ。
御2人は月に2度ほど、アルフレイドに会うために時間を作られる。
余裕があるとアルフレイドの遊びに付き合い、そうでなければ簡単な茶会を開きアルフレイドの話を聞かれたり、アルフレイドの好む話をなさる。
「今日は茶会だけど、その代わりにアリック兄様とテオ兄様が一緒に来てくれるんだってさ!」
「そうなの? 珍しいね御2人が揃うなんて」
いつもならどちらかが仕事を引き受け、アルフレイドに会いに来るのは御1人だ。
御2人が揃うのはとても珍しい。
何という僥倖だろう。
これで随身の2人に接触できる!
実はつい最近、鍛錬の後のお茶会でオリス様に
『エルシュタインは随身2人と接触した事は有るか?』
と聞かれた事があった。
何故突然そんな事を聞くのか。
それにはこんな理由があった…。
当主と随身は月に1度会合をするそうで、基本的な話の内容は随身2人の報告から次世代の随身教育の改善について考える真面目な内容らしい。
だが先月の会合でオリス様が何気なく、
『エルシュタインが可愛い』
という話をしたところその日は私の事で話が盛り上がり、さらには先日行った会合で随身2人は厳重に封印された報告書をオリス様に提出すると、
『で、エルシュタインについては?』
と言ったらしい。
これまでずっと外部に洩れないよう口頭での報告をしていたにも関わらず、私の話が聞きたいが為に無駄に力を使って封印された書類にオリス様はかなり苦戦したらしく、次に同じ事をされたら堪らないので私にどうにかしてほしい、という事だった。
……………なんだそれは。
随身2人もオリス様や母様や従兄姉たちと同じ人種なのか。
『王子に仕える身としては此方側からエルシュタインに声をかける事も出来ず、精一杯のアピールは気配を感じさせて姿に気付かさせるだけ。 当主も兄弟も姉妹も従兄妹も狡い!!』
というような内容を愚痴っていたらしいがアレは本当に挨拶のようなもの、というかアピールだったのか!?
などなど色々突っ込みたい所は多々あるが、オリス様の頼みを引き受け機会を窺おうと思った矢先にこのお茶会だ。
廊下では護衛の目があるけれど、アルフレイドの為に空けられたら時間は兄弟でゆっくり過ごす為に随身以外は場を離れるので正に僥倖。
2人同時に話が済むのも嬉しい。
「久しぶりだなアルフ。 きちんと勉学に励んでいるか?」
「また無茶をして怪我なんてしていないでしょうね?」
「ちゃんとしてるよっ! 兄様たちみたいになろうと頑張っても、すぐにエルシュタインに止められるしさー」
「いつもすまんな」
「いえ、私がアルフレイドに怪我をしてほしくないだけですから」
「その調子でこの子を見張って下さいね」
「畏まりました」
「兄様たち酷い!」
さて、今回のお茶会の場所は庭園なので随身の2人はそれぞれ仕える王子の後ろに控え立っている。
いつ声をかければ良いだろうか。
流石に王子の会話を放って話し掛ける訳にもいかない。
今はアルフレイドが一方的に色々と話し始めたけど、それを置いて声をかけにいくのもちょっと…。
それにしても全く感情の見えないこの2人は、本当に私と会話したいと思っているんだろうか。
これで実はオリス様にからかわれただけで、
『仕事中に話しかけるな小童!』
とか言われたらどうしよう。
もしそうなったら私は最低でも1ヶ月はオリス様と口を利かない。
というかそんな事を考え出したら声をかける気すら無くなってきた。
うーん…。
「ところでアルフ、エルシュタイン」
「ん? 何?アリック兄様」
「はい」
どうやら悩んでいる間にアルフレイドの話は終わったみたいだ。
テオスギフト様の顔が穏やかなので、アルフレイドは飛び越えようとした植木に引っかかって盛大に転んだ話をしなかったらしい。
「今からお前たちにとある秘密を明かそうと思う。 絶対に他言しないと誓うか?」
「はい、誓います」
「もっちろん! 秘密って何!?」
とある秘密?
一体何だろうか。
「彼らについてですよ」
まさかの秘密とは随身2人の事だった。
「えっ!? 誰!?」
どうやらアルフレイドには突然現れたように感じたらしい。
「俺の後ろにいるのが俺の随身で、テオの後ろにいるのがテオの随身だ」
「そしてさらに言うなら、エルシュタインの従兄ですね」
「そうなのか!? エルシュタイン!」
「うん、そうだけど…」
「兄様たちの随身初めて見た!! なんて名前なの?」
「随身は仕える者以外に名を教えてはならない。 だからまぁ、私の随身もしくはテオの随身と呼ぶように」
「アリック兄様の随身とテオ兄様の随身、もしかしてずっとここにいたの?」
「ええ、今だけでなく、いつも私たちの傍にいましたよ」
「凄い! エルシュタインも出来るようになるのか!?」
「無理」
「即答かよ!?」
「アルフ、少し落ち着け。 今回随身をお前たちに会わせたのは訳がある」
あ、何だか分かった気が…
「きちんと自分たちで伝えたらどうですか? せっかく場を設けたのに私たちに任せるなんて勿体ないですよ」
「それもそうだが…」
初めて声を聞いた!
というか…
「アリック兄様の随身どうしたの?」
「アルフ、ちょっと静かに」
まさか…本当に?
「エルシュタイン」
「何でしょう?」
「俺の事は兄様で」
「俺、の…事は…兄様…」
「と呼んでくれ」
…………………微笑ましそうにこちらを見る御2人と、呆気に取られたアルフレイド。
と、とりあえずオリス様の言葉は本当だった。
うん、そういう事…だよね。
御2人が珍しく共に来られた訳…それはあにさまとにいさまが私に会いたいと強請ったから……らしい。
王子相手に随身が強請る…。
どう考えてもおかしい。
でも御2人がそれから
『生まれた時から傍にいる上に死ぬまで一緒の相手だぞ。 仲良くなっておかないとお互いに苦痛だと思わないか?』
『世話をしてもらっていますから、多少の融通くらいは利かせますよ。 人目がある場ではそんな素振りは決して見せませんけどね』
『そもそもアルフの友人がエルシュタインでなければアルフにも教える事は無かっただろうな』
『最近2人の時もしくはアリックたちがいる時の話題が全部エルシュタインの事なんですよ。 前から廊下で擦れ違うだけで部屋ではしゃいでいましたが、よほど実家に住む家族が羨ましかったみたいでしてね…』
と言っていたので、御2人とにいさまあにさまは本当に仲が良いみたいだ。
そして御2人の気遣いから、兄弟別で会話をする事になったがアルフレイドは珍しい随身ともっと話をしたかったらしい。
だがテオスギフト様に窘められ渋々と私たちが少し離れた位置のテーブルに着くのを見送ってくれた。
「にいさまとあにさまが、私と話をしたいと思っていたなんて全然気付きませんでした。 ごめんなさい」
「気にするな。 俺たちも当主に自慢されるまではこんな強硬手段に出る気になるなんて夢にも見なかった」
私もそんな理由でこんな事をするとは思ってもみませんでした…。
「にいさまはスアリエル様の随身ですから、22歳ですよね? 17も年下の私についての話はそんなに気になる話でしたか?」
「………俺、は?」
あにさまは凄い途切れ途切れに話すのが癖なのだろうか?
声は聞き取りやすいから、聞き逃しはしないけど残念ながら言葉が少な過ぎて会話の流れが分からない…。
「えっと、何でしょう?」
「多分あにさまって呼んで欲しいのと、自分の歳も当てて欲しいんだろう」
あー、なるほど。
「そう…ですか。 あにさまは確か17歳、で合っていますか?」
にいさまはスアリエル様より2歳上で、あにさまは1歳上のはずだ。
「……………ん」
「慣れないと分かり辛いが、まぁ気長に待ってやってくれ。 これからはアルフレイド様に会いに行く時俺たちはエルシュタインと一緒にいても良いって許可もらったから」
まさか今回だけじゃないとは…これは隠身の方法を聞いたりする事もできるかもしれない。
「そうなんですか!? 何だかこれからはこの時間が凄く楽しみになりそうです」
「……………エルシュタイン」
「はいあにさま」
名前は途切れずに言えるのか…
「……エル」
と思ったら短縮された。
愛称にあと一文字足りない…。
「はい」
「…………………………良い子」
……………これは、駄目だ。
もし私が年頃の女性であにさまが随身だという事を知らなければ確実に恋に落ちた。
前世の記憶から『萌』という字が現れ突如として暴れ出すぐらい動揺する。
「お前のそんな表情初めて見たわ…」
にいさまも動揺している!
あにさまは心臓に悪い……気をつけよう。
……………そういえばそんな顔合わせだったなぁ。
主従仲の良さだけではなくあにさまの恐ろしさを知った衝撃を思い出し私は乾いた笑いを浮かべる。
あの後はにいさまにオリス様に私の事を話題にされたときの悔しさや、実は会う度に頭を撫でたくなる衝動を抑えていた事を聞かされたんだったか。
にいさまは従兄姉たちと似たような可愛がり方をするから直ぐに慣れたけど、あにさまは慣れるまでは本当に心臓に悪かった。
「…………エル、おい…で…」
「はいあにさま」
今ではすっかり慣れたけど。
どれくらい慣れたかというとお茶会で顔を合わせば躊躇い無くあにさまの膝上に座る程度には!
……アルフレイドが呆れた視線をこっちに向けるし、テオスギフト様の微笑ましいと言わんばかりの表情も居たたまれない。
いや違うこれはあにさまの精神攻撃のような子犬の如き視線と途切れ途切れの言葉に籠められた懇願のような響きが私に拒否権を与えてくれないから従ってるだけで望んでいる訳では無いというかまあちょっと嬉しいとは思うけどそれは子どもとしての構ってくれる人間への無邪気なものでつまり何が言いたいかって言うと…
随身は怖い。
特に、あにさまは怖い。




