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やっとのことで涙を落ちつかせた蜜美は、蚊の鳴くような声でそう言う。
響が育ったこの部屋は、楽器に傾倒しだした中学生のころに防音工事をしてもらった。
だから、蜜美が声を荒げていたことも、階下の母には届いていないだろう。
「わかった。俺と蜜美の秘密だ」
約束する、と響が言うと、蜜美の頬は紅く染まる。うつむいてふたたび床を見つめ、くちびるを固く結んでしまった。
(なんか……)
響は妙な気持ちになる。
どうしようもなく蜜美が愛おしい。
もういちど抱きしめてやりたいばかりか、接吻もしてみたくなった。
(な、なに考えてんだ、俺)
慌てて考えを打ち消すが、それほどまでに庇護欲をそそられる。
母性、もとい、父性本能をくすぐられるというか——蜜美を守ってやりたくなった。
ふるふると震える小動物のようだ。
目の前のこの蜜美は。
「あ……」
響から目を背けたまま、蜜美は小さな口を開けた。
「あり、がとう」
やっとのことで、言いにくそうに、蜜美は発する。
だぼっとしたカーディガンの袖から覗く拳はぎゅっと握られていて、蜜美なりに決意をしてお礼を紡いだのかもしれない。
そして蜜美は立ちあがった。
振り返らずにドアへ行く。
「待てよ」
響は呼びとめた。
ドアノブを握る蜜美を。
「なんかあったら俺に言えよ。また理不尽なこととか、わけわかんないことされたら、俺に言え。助けるからなっ!」
響がそう言うと、蜜美は最後に振り返ってくれた。
少年が微笑したのは、どんな意味からだったのだろう。
バタン、と扉は閉まる。
部屋を出ていってしまった蜜美が、はたしてなにかあったときに響を頼ってくるのか?
返事をせず、曖昧な笑みでごまかしたのは頼る気がないということかもしれない。
(…………まいったなー……)
響はベッドに腰かけると、蜜美が座りこんでいた床を見つめる。
蜜美が巻きこまれている事態に対してもだし、自分の胸のなかに芽生えた気持ちに対しても、困惑がとめどない。
(……可愛いって思っちまった)
泣き濡れた義弟に対して。
女の子よりも、可愛かった。
身体のわりに大きめのカーディガンがまた罪作りで、泣き濡れた瞳との相乗効果は響をみごとに打ち抜いていった。
虐められ泣いている弟を見てドキッとするなんて、不謹慎にもほどがあるだろう。
響はよこしまな感情を追い払うように、ぶんぶんと首を横に振る。
もういちどギターを持ち、旋律を奏ではじめた。