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 つま弾いていると、扉をノックされた。

 アルペジオの音色に夢中になっていた響は気づくのがすこし遅れてしまう。

 だが、何度もされれば気づく。

「……はい」

 誰だろうと思い、ひょっとしたら店の人間が来たのか、と一瞬身構えもする。

 だがそれは杞憂で、現れたのは蜜美だ。

 学校の制服である白いカッターシャツに、ベージュのカーディガンを羽織っている。

「どうしたんだよ」

 無言で入ってきた蜜美に、問いかけた。

 響はアコースティックギターを静かにベッドに置き、蜜美のほうに向く。

 蜜美は黙っている。真剣な表情で。

 しばらく見つめあいが続き、響のほうから今日のことを話そうと思った瞬間、蜜美が引き結んでいたくちびるを開いてくれた。

「……あんたさ」

 予想外に不穏な声色だ。

「とんでもないことしてくれたな……!」

 一ヶ月の共同生活のなかでいちども聞いたことのない低い声。感情がこもっている。

 言うやいなや、ポカポカと響の胸に拳をぶつけてきた。

「蜜美! お、おい!」

 華奢な蜜美の殴打など痛くない。

 響が戸惑っているうちに、蜜美はバランスを崩し床に転んだ。

「……大丈夫か!」

 さしのべた手は振り払われてしまう。

 蜜美は自力で起きあがり、そのまま床に座りこむ。

 うつむいていて表情は見えなかったが、しばしの沈黙のあと、ズズ、と鼻をすする音で少年が泣きだしていることに響は気づいた。

「お前、泣いてんのか」

「うるさいな!」

 響の言葉をかき消すように、蜜美は声を荒げる。

「今日、あんた、バイト先であいつらに会ったらしいじゃないか。それで、掴みかかったんだって……、怒鳴ったんだって……?」

 涙を含んだ蜜美の瞳を、響は凝視する。

 黒目がちなせいで、余計に潤んで見える。

「さらに絡まれるかもしれない。あんたのせいで……。あの兄貴なに?って、さっきメール来て……」

 おびえた声で話す蜜美の瞳から、ついに雫がこぼれた。

 響の胸はしめつけられる。

 切なくなって、いてもたってもいられなくなる。響も床に膝を下ろすと——とっさに蜜美を抱きしめた。

「!」

 その瞬間、蜜美の身体はビクリと跳ねる。

 響の予想よりも、さらにずっとか細く脆弱な肉体だった。

 薄っぺらい胴体で、厚みがほとんどない。

 響がつきあった女の子たちよりも細くて、枝のような身体だった。

「安心しろ。あんなやつら、俺が追い払ってやる。何度でも」

 蜜美を落ちつかせるために、響はゆっくりと喋った。

 背中を撫でてやると、こわばっていた蜜美からすっと力が抜けてゆくのがわかる。

 とっつきにくくて可愛げがないと思っていた義弟は、いま、可憐だった。

「う……」

 蜜美は溢れる涙を拭う。

 腕をほどいた響は、その瞼に触れてみる。

 泣いているせいでよけいに、蜜美は年齢より幼く見えた。

 クラスの連中に虐められている事実を誰にも言えず、その心の裡うちにためこんできたのだろう。ボロボロと止まらない雫。

 響はティッシュボックスを取ると、何枚か渡してやった。

 それはすぐに濡れ湿った。

「父さん、たちには、言わないで欲しい」

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