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 その夜のうちに「リリィ・マドンナ」のオーナーから電話がかかってきた。

 クビにされると思っていた響だったが、結果はお咎めなし。

 初老のオーナーは咎めるどころか、蜜美のことを心底、心配してくれる。

 人のいい経営者で助かった。


 また、蜜美を虐めていた連中の態度も、響にとっては意外なものとなった。


「お兄さん、メロンソーダおかわり!」

 店内にはじける明るい声。

 あの日以来、蜜美を虐めていた連中はちょくちょく「リリィ・マドンナ」に来る。

 響にしてみれば理解出来ない。

 怒られたら、普通ならば来づらくなるのではないか?

 肩をすくめながら響は厨房に入り、自らグラスにソーダを用意した。

 かき氷に使われる緑色のシロップ。それを炭酸水で割ってメロンソーダを作る、喫茶店ならではのレシピだ。

「最近の若い子は、怒られ慣れてないのかもねえ」

 バイト仲間は響にそんなことを言った。 

「どうゆうこと、それ」

「叱られたのが嬉しくて、大町くんになついちゃったんじゃない?」

「なついちゃったって……のら猫じゃあるまいし……!」

 響は笑ってから、出来あがったソーダを銀色の丸盆に乗せた。

 客席に届けると、注文した少年は嬉々として飲みはじめる。

「お前さぁ、来るたびにおかわりばっかりしてるけど。小遣い足りんのか?」

 気になっていることを尋ねれば、ほかの少年が答えてくれた。

「こいつんち、会社経営してるからさ。すっげー金あるんだぜ!」

「ふーん、なるほどなぁ……」 

 蜜美の通う高校は学力も高いが、生徒の家庭水準も高いという。

 わりと金持ちの子息が集まっている学校とは、響も話に聞いている。

 そのせいもあって、一般水準の家で育った蜜美がはじかれたのかもしれない。

「金に困ってねぇくせに、蜜美たかったのかよ。最悪だな」

 響はつい表情を歪め、本心から言った。

 すると少年たちは「ごめんなさい」と声を合わせる。

「本当に悪かったよ。ミツミにも謝ったし」

「もう、そんなことしてないから」

「むしろあいつになんかあったら、俺ら全力で守る!」

 ずいぶんと態度が変わったものである。

 響は苦笑してしまう。

「……だってミツミって、なに考えてるのか分からないんだ。話しかけても無視されたときもあったし。それでむかついて……」

 メロンソーダを飲む生徒はばつが悪そうに話した。

 虐めは悪いことだ。

 しかし蜜美が、学校でも家の調子と同じような態度なら反感を買われてしまうかもしれない。

 もしも響も子どものころ、クラスにああいう少年がいたら。

 少々、ウザく思ったかもしれない。

(損な性格だな、蜜美は)

 響はため息を吐く。

「俺もさ、蜜美がもうちょっと態度……やわらかくなるように。訴えかけてみるから。お前らも、長い目で見てやって」

 響の言葉に、少年たちは頷いた。 

 その場の空気を変えたかったのか、素だったのかはわからないが——少年たちはまた響にオーダーをする。

「あ、お兄さんタマゴサンドおかわり!」

「俺はチーズケーキ」

「お前らまだ食うのか! ……っつーか、お兄さんって呼ぶのなんか、やめろよな」

 ずっと一人っ子だったし、後輩バンドから慕われるというよりも、先輩から可愛がられるタイプだった響にとって、兄さん呼ばわりされるのはどうもむず痒い。

 だが、響がやめろといったところで構わず少年たちは「お兄さん」「お兄さん」と目を輝かせて呼ぶのだ。

(妙なことになっちまったー……)

 店的には売りあげが伸びて、良いのかもしれないが。

 まあ、根は悪い連中じゃないと判明したし慕われるのも悪いことではないので、いいかと響は自分に言い聞かせた。

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