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指名手配犯のオシゴト

指名手配犯のオシゴト

作者: くー。

ボーイズラブって言うかそう言う人がいるだけです。

 「じゃあ、お兄ちゃんはいつも通りこの辺うろうろしてるから、終わったら連絡して」

 運転席の兄さんが相変わらず青白い顔で微笑む。また少し痩せたか?

 「おう。ありがとう兄さん」

 「みんな忘れ物無いか? お弁当は?」

 『大丈夫でーす!』

 つなぎ姿の仲間たちが揃って答えると、兄さんはさらに嬉しそうに笑った。

 「んじゃ、行こうぜー!」

 俺はドアを全開にして太いロープを下に垂らした。

 他の奴らもロープをポンポン投げていく。

 「行ってらっしゃい」

 『行ってきます!』

 そう言って、俺らはロープにしがみつき、ヘリコプターから飛び降りた。


 俺たちがこの戦いに身を投じたのはつい数ヶ月前の事だ。

 いい加減仕事がマンネリ化していて退屈だった俺たちは、ある春の日、共通の敵を発見した。

 それは、


 「杉花粉殲滅!!」

 杉林に降り立った俺がギュンッ! とチェーンソーを鳴らしながら叫ぶと、後ろでもチェーンソーの音がした。

 ちょこちょこと隣にやってきたのはサンバンだ。

 身長は俺の腰ぐらいまでっていうチビで超童顔で無表情寡黙キャラ。

 こいつが着るニバン手製の真っ黒なつなぎには、裾や袖に白いフリルが付いていて頭のカチューシャも同様だった。

 「……もう、切って良いの?」

 「おう、頼むぜサンバン」

 「……」

 こくっと頷いたサンバンが脱兎のごとく駆け出すと、チェーンソーを思いっきり振り回して目の前にあった太めの杉の木をざくっと切り倒した。

 さすが、バラバラ死体で巷を騒がせるシリアルキラー。次元が違うぜ。

 「おお! やっとるなあ!」

 とか考えてる間にもざくざく木を倒していくサンバンを見ていると、隣にやってきたのはゴバン。

 2メートルを超える長身と、山のように筋肉の付いた腕。ボサボサの茶髪はまるでライオンの盾髪のようだ。

 人の良いおっさん顔してるけどまだ28歳。28歳!

 何かこの間、ヤで始まるとこの偉い人を軽くど突いたらヤッチャッタとか言ってたけど、あれはもう大丈夫なのだろうか。

 「イチバンは切らんのか?」

 「今からやる。けど、さすがにサンバンみたいには出来ないから、お前はあいつに付いててやって」

 「おうさ!」

 特注のデカいスコップを軽々と持ち上げて、ゴバンはサンバンが切った木の切り株をガシガシ掘っていく。そうそう、根まできっちりな。

 「さて、俺もやるかね」

 チェーンソーのエンジン入れ直そうとした時だった。

 「イチバ~ン」

 「あ?」

 背後から聞こえた女の声に振り返ると案の定そこにはニバンがいた。

 ほっそい体を絶妙にくねらせてでかい胸揺らしながらこっちに近付いてくる。

 あの歩き方はもう染みついたもんなんだろうなあ。

 「どうした」

 「今気付いたんだけど、盾がもうだいぶボロボロみたい」

 「ああ、もうだいぶ使い込んだし、最近は銃撃戦続きだったからなあ。新しいの頼むか」

 「よろしく~」

 「おう。そっちも見張りしっかりよろしく」

 「はいは~い」

 ヒラヒラと手を振って去っていくニバンを見送り、今度こそ作業を……、と振り返る。

 と、目の前に人。

 「うわ! ……びっくりした。ヨンバンかよ」

 「ふふっ。相変わらず、イチバンの反応は面白いですね」

 「お前は……」

 いつの間にか俺の背後にいたのはヨンバン。

 すらりと高い身長と、女も羨むつやつやの長い黒髪。

 甘いマスクで柔らかく微笑めば、そこらの女なんて一発KOもの、なんだが……。

 「と言う訳で、今度二人でホテルに行きませんか?」

 「何がと言う訳なんだよ話が繋がってねーよ。行かねーよ」

 「イチバンの面白い反応を、もっと見たいです」

 「ますます行かねーよ」

 ……そう言うやつだ。

 出会った頃より、こいつの標的は何故か俺らしい。


 ニバンとヨンバンは詐欺師だ。

 ニバンは赤詐欺……結婚詐欺とかな。

 整形を繰り返して、数多の男を手玉に取り、地獄のどん底に突き落としてきた。ちなみに胸は本物らしい。

 ヨンバンは青詐欺……金融詐欺とか、なんか色々あるんだよな。

 物腰柔らかで誰にでも礼儀正しくて、人の懐に入るのが上手いから、相手はあっさり騙される。

 多い時は年間何件やってたって言ってたかな。100は超えてるとか聞くんだけど、良く知らね。

 この二人、同族嫌悪なのか何なのか、すこぶる仲が悪い。

 二人とも殺しは専門じゃないけど、いつも互いを潰せる機会を狙ってる。とりあえず、うるさい。 


 「見張りの仕事をしろ」

 「素直じゃないですね」

 「黙れ」

 ……もういい。何を言っても聞かない奴は無視に限る。

 俺はヨンバンの横をすり抜けて近くにあった杉の木の側に立ち、チェーンソーのエンジンを入れた。

 何やら怪しい視線を感じて背筋が凍った気がするが気のせいだと信じたい。

  

 *  *  *

 

 伐採作業を始めてから数時間後。

 「おうらああああ!!」

 がっ、とゴバンが掘った最後の切り株が宙を舞って、俺のすぐ隣に着地する。危ねえなおい。

 「これであらかた片付いたか」

 辺りをぐるりと見回すと、まだ木は残っているものの、それは別の種類の木で、杉の濃い緑はほとんど無かった。

 「……やってやった」

 ふん、とどこか満足げにサンバンが息を吐いて、俺とゴバンも揃って頷く。

 これで、また世界は平和になるな。

 しかし、やることはまだ残ってる。

 だって、丸裸になったこの山を、そのままにしておくのは、人としてダメだろ。

 「植樹だー!」

 『おー!』

 三人揃って拳を突き上げた時、ニバンとヨンバンが苗木が大量に入った箱を持ってきた。

 

 始めたばっかの頃は、杉の木を切るだけ切って放置して帰ってたんだけど、何か調べてみたら、杉って昔建築のために需要が高まって植えられたんだけど、育つ間に別にそこまでいらなくなったみたいなバカみたいな話があるんだと。

 でさ、さらに調べると、無花粉杉っていうのがあるんだってさ。

 これは、取り換えるしかないだろうよ。

 ってことで、それからは木を切って、切ったやつを木材にして、切った所には無花粉杉とか、別の樹木を植えて。ってやってる。

 木材にする工程はまた別のところでやってるんだけどな。さすがに、俺たちにそれは出来ないし。

 あ、出来た木材は色んなとこの貧民街とか、自然災害で結構でかい被害を受けた辺りに持ってって、家とか建ててもらってる。俺らが持ってても使えねえしな。

 色んなとこの木、勝手に切り倒したりたりとかってガッツリ犯罪なんだけど、まあ、今まで自分らのしたい事好き勝手してきたんだから、もう何も気にすることなんて無えよなって、みんな思ってる。


 「あ、もしもし兄さん? 今どこ?」

 植樹も終わって、木材にしてもらう用の木もまとめて。

 掘った切り株を立て、そこに座って弁当を食べながら俺は兄さんに電話をしていた。

 「あ、5分で来れる? じゃあお願い。うん。もうすぐ飯も終わるし。うん。あ? 大丈夫大丈夫。みんな無傷。うん」


 ああ、兄さんと俺は、う~ん、まあ色々やったよ。

 バスジャックとか、コンピュータの遠隔操作とか。

 俺はこうやって現地で木を切ってるけど、切った木の流通を担当するのは兄さんの仕事だ。

 昔から身体がそんなに強くなくて部屋にこもりがちなんだけど、人脈が恐ろしく広い。

 あと、乗り物の免許も色々持ってて、原付からヘリコプターまで、なんでもござれ。

 

 むぐむぐとおにぎりを頬張りながら、兄さんとどうでもいい話をしていると、隣に座っていたヨンバンがすっと立ち上がった。

 「……」

 それから、無言でつなぎの内側から銃を取り出して、

 パン

 何のためらいもなく撃った。

 「うわっ!」

 木々の間から声がして、どさっと重いものが倒れる音がする。

 その後すぐガサガサ聞こえたから生きてる。

 顔面スレスレを狙ったか。

 「数は10前後でしょうか」

 「あ、兄さん。うん、来た。あ、もう上に居る? んじゃ、ちょっと待ってて」

 俺は通話を切ってスマホをポケットに突っ込んだ。

 「おっしゃ!」

 立ち上がって、ぱんぱんと手を打ち合わせる。

 「ずらかるぞ!」

 それを合図に、全員が別々の方向へ走りだす。もちろん、各々の荷物と盾を持って。

 「おとと……」

 飛んできた銃弾を盾で防ぐ。

 確かに、ボロくなってきたな。兄さんに頼んで新しいの注文してもらおう。

 ふと、背後に気配を感じた。

 俺は隠し持っていた拳銃を取り出し、後ろに向かって適当に撃つ。

 「おっと」

 「やっぱりお前か」

 隣に並んできたのはヨンバンだ。

 「ふふっ。偶然ですねえ、イチバン」

 にっこり笑って言いやがった。こいつ。

 「いや、お前完全に付いて来てたよな」

 「何を言います。あの場所から合流場所まではそう遠くありません。ルートが被ってもおかしくはないでしょう?」

 「山道なんだからルートなんていくらでもあるだろーが」

 「……ふふふっ」

 「おい」

 はぐらかして笑うそいつをじとっと睨む。

 だけど、いくら睨んでもにこにこにこにこ。

 しまいには、

 「可愛いですね」

 「うるせーよ死ね」

 っていうと、そう言うところも素敵です、とか言うから撃っていいよね? この至近距離なら外さないから撃っていいよね?

 とか思っていたら、俺とヨンバンの顔の間をシュッと何かが通り抜けた。

 弾だ。

 追いつかれたか、と思って銃を構えながらぱっと振り返る。

 だけど、そこに居たのは武装したあいつらじゃなくて、

 「……」

 「おやおや」

 ヨンバンに向かって真顔で銃を撃つニバンがいた。

 こいつら本当に仲悪いな。

 「きゃー」

 「?」

 少し離れた所から聞き慣れた高い声が聞こえて、横で始まった銃撃戦を横目にそちらを向くと、ドスドスと、しかし身軽に山を走るゴバンと、それに担がれているサンバンがいた。

 サンバンの表情は変わらず無表情だが、どことなく楽しそうにも見える。

 運ぶゴバンも楽しげだ。

 仲良いよな、あいつら。

 走っていくと、急に上空から強い風が吹いてきた。

 見上げると、一機のヘリコプター。

 俺たちと平行に走るそれは、しばらくすると少し先で速度を緩めて、側面から縄梯子を5本吐き出した。

 一斉に開けた場所に出た俺たちは、それに飛びつく。

 もちろん背後を守ることは忘れない。

 特に大事なのは足元だ。撃たれると登れないからな。

 下を見ると、見る見るうちに山が遠ざかる。

 いつも武装隊の先頭にいるおっさんが、悔しそうに地団駄を踏んでいるのが見えて、何か笑えた。

 つかの間の空中散歩を楽しんでからヘリへ上がり、助手席に座ると、兄さんがペタペタと俺の身体のあちこちを触って来た。

 「大丈夫? ケガは無いか? お前の血を見るのは嫌いじゃないがやっぱり辛いからな……」

 「大丈夫。大丈夫だから兄さん。ちゃんと前見て」

 「貞操は?」

 「大丈夫だから」

 「ちゃんと段階は踏みますよ?」

 「お前は黙って」

 つか嘘吐くな。ホテルうんたらって言ってたのは誰だよ。

 「ヨンバンは相変わらずだなあ!」

 「……」

 がはは! とゴバンが豪快に笑う。隣ではサンバンがどこか目をキラキラさせてこっち見てるけど、俺にそう言う趣味は無いから。期待の眼差しは困るから。お前の想像だけにしといてくれ。

 「ねえ~、イチバン。こんな奴相手にしないで、私にしな~い?」

 ずっ、とニバンが助手席を覗き込んできた。

 流し目でこっちを見てるけど、きっちりヨンバンの足を踏んでいるあたり、本当にあいつの事が嫌いなんだと思う。

 「うーん……」

 「ね! どう?」

 「体は良いけど顔がタイプじゃねえ」

 「えー!?」

 何よそれ! と言ってニバンは俺の頭をべしべし叩いた。

 確かにこいつは美人なんだけど、俺はもうちょっとこう、清楚な感じが好みと言うか……。

 「何よ何よ! イチバンのばーか!」

 「はいはい」

 バカバカ連呼するニバンを適当にあしらうとまた頭を叩かれた。いてえ。

 「……三角? NL? BL?」

 なんか聞こえたけど気のせいだ気のせい。

 「あ、そうだ」

 操縦に戻った兄さんがぱっと顔を上げた。

 「そう言えばさっき友達から連絡があってね。良い牛肉がいっぱい手に入ったから分けてくれるって。なんと3キロ!」

 『おお!』

 その言葉に、俺たちは揃って目を輝かせた。肉!

 「となると、ゴバンの出番か」

 「おう! 任せとけい!」

 「あ、ねえねえ! 私、ローストビーフが良いわ!」

 「……ステーキ」

 「バーベキューもいいですね」

 わいわいとヘリの中が盛り上がる。

 つか食い意地はってんなあ、こいつら。

 「楽しそうだね」

 「だな。ま、俺は嫌いじゃないよ。こいつらのこういうトコ」

 「ああ」

 飯の話になると元気になるところとか、花粉殲滅とかいう馬鹿な事本気でやるとか。

 欲望に忠実と言うか、人間らしいと言うか。

 「イチバン! お前は何が良いんだ?」

 今日の夕飯のメニューは何だろうか。もしかしたら全部やったりしてな。

 まあ、何はともあれ、

 「焼き肉は譲らん」

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