そして彼らは、夜空を見上げて眠りについた。
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「やぁ、瀬里君。探したよ」
ある晴れた日の午後。うららかな日射しの下、公園のベンチで気持ち良さそうに眠る少年の元に聞き覚えのある声がかかる。
「……この時間、まだ学校で授業あると思うんですけど。生徒会長」
薄眼を開けた少年は声の主を確認し、嘆息する。
視線の先にあったのは、最早見慣れたを通り越して若干見飽きてきている燃えるような赤毛。そしてその下で輝く、太陽の如き金色の瞳。少年は眩しげに眼を細め、無言で手を差し出す。差し出された相手はそれを当然のように掴み、彼が身を起こす手伝いをする。
「たまには良いんじゃないかい、こういうのも。僕自身はもう学校の授業なんて受け飽きてしまっているしね」
「……今って何回目でしたっけ?」
「五三〇〇と、飛んで五回目だったように思うよ。このコロニーも随分と長生きだ」
問えば、打たれた鐘が響くように即座に答えが返ってくる。
「そりゃ、元から何千年と使われ続ける事を想定して設計されてますからね。本当にメンテナンス無しで何千年も稼働し続けられるとは思ってませんでしたけど」
「まぁ、このコロニーはニッポンという国が作ったものらしいから、長期間使い続けられても不思議はないかな」
そういうものなんですか。そういうものなんだよ。そして二人の間にしばし沈黙の帳が降りる。
「流石に同じ一年を何千回と繰り返してると飽きますね」
日の光に照らされながらも表情に翳りを差させた少年がぽつりと呟く。返事はない。けれども、目の前の相手も同じことを感じているだろうという確信が、彼にはあった。
「本体はとっくの昔に死んでるっていうのに、正確にコピーされた意識だけはいつまでも仮想空間の中で生き続けてるとか、いったいそれどんな拷問だって話で」
やはり答えはない。
けれどもそれがどれほどつらく苦しいものであるのかを、彼らは身を以て知っている。そして、だからこそ彼という「同じ現実を共有してくれる存在」が現れた時、目の前の人物は狂喜乱舞せん程に救われた表情をしたのだという事も。
「あーあ、偶然隕石がセントラルプールを直撃してこの世界が崩壊してくれたりとかしませんかねー」
既にコロニーは無人と化しているとはいえ、何とも不謹慎な発言をして少年が蒼く澄んだ空を見上げた時、
「探したぞ、少年! こんな所に引き籠もっていたとはな!」
雲一つない快晴にひびが入り、粉々に砕け散る。突如として開いた穴から現れたのは、様々な生物の骨格を雑多に組み合わせた無骨な骨細工。最早懐かしさすら感じられないほどに記憶の彼方で埃を被っていたそれが、新品同然の姿で彼らの頭上で停止する。
そして、その不格好な骨細工の機首に立っているのは、紛れもなく
「せ、先輩……?」
陽光を受けて艶めく黒髪を風に遊ばせ、規定通りに膝下まで伸ばされたスカートを翻す、ヘッドホンをカチューシャ代わりに使っている一つ年上の幼馴染。
「な、なんで先輩がそんなものに……」
「そもそも君は誰だ! 私が管理しているデータの中に該当する人物は存在していないぞ!」
茫然と疑問を口にした少年が、隣の生徒会長の言葉を聞き、ぎょっとして振り向く。
「いや会長、あの人は俺とあいつの幼馴染で、小学生の頃から一緒で……あれ、でも、俺先輩とどこでどうして知り合ったんだっけ? というか、そもそもなんで先輩とあいつが一緒にいる記憶がないんだ――?」
「細かい事はいいんだよ!!」
パニックを起こしかけている少年から混乱を吹き飛ばすような一喝。訳も分からず見慣れていたはずの少女を見上げると、彼女は先程の彼のように手を差し出していた。
「私がいつ君と知り合ったのかとか、学年が違うだけなのにどうして一度も校内ですれ違う事すらなかったのかとか、いつも一緒に行っていたはずのカフェなのに一人で行くとどうしていつも辿り着けずに終わるのかとか、そんな疑問など今は一切関係ない! 大事なのは君達が私の手を取るかどうかだ!」
そこまで言ったところで、少女はふっと表情を和らげる。
「安心してくれていい。私は君達にハッピーエンドをもたらすためにやってきた。大事なものの為に、譲れないものの為に自らの命を賭して戦った君達を、このまま延々と続き続ける絶望のループの中で死なせたりはしない。私は『バッドエンドを否定するもの』だ」
夏の日差しのように苛烈に、けれども春先の陽光のように優しく、少女が微笑む。髪の毛と同じ黒色のはずの瞳が、一瞬虹色に輝いたように見えた。それは目の錯覚だったのかもしれない。けれども少年には、目の前の見慣れているはずの見知らぬ少女が、何故だか信用のおける存在であるように思えた。どうしてそう思ったのか、理由など彼には分からない。
けれども、そして――