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「一生のお願いは、二回までだって言ったよな」

 そんな事をやにわに言い出すので、思い出すのに時間を要した。「あぁ、うん。言った」

「俺、一回分残ってるんだ」

「そうですね」

 真吾は少し俯いて、それから椅子に座っている私の顔を見上げた。

「ここに、座って」

 自分の正面を指差して言った。

「何、それが一生のお願い?」

「違うよ、これは前座」

 何が何だか分からなくて、私は短くため息を吐きながら、真吾と対面する形で座った。

 彼は私の目をじっと見た。あまり強い視線で見るので、私の瞳はちらちらと揺れてしまっているのが、自分でも感じ取れた。

 と、いきなり真吾は土下座の姿勢を取った。

「一生のお願いだ。俺の幼馴染なんてやめちゃってくれ。俺の、嫁さんになってくれ」

 心臓がぎゅっと握りつぶされる感覚だった。何を言い出すかと思えば......。

「何の冗談?」

「冗談じゃない。一生のお願い。嫌だったら恵の一生のお願いを使って断ってくれ」

 脱ぎ捨ててあったダウンのポケットから小さな箱を取り出し、パカっと開いて見せた。

「指輪の大きさが分からなかったから、ネックレスしか買えなかったんだけど」

 そこには、ダイヤではない、キュービックジルコニアなのかも知れないけれど、光を受けて四方八方に輝く石が三つ連なった、美しいネックレスが掛かっていた。

「俺の給料じゃたかが知れてる。こんなもんしか用意できなかったんだけどね」

 言ったもの勝ちの様に、彼は堂々とし始めた。やっと、彼らしさが見えてきた。そんな風に感じ、ふんわり空気が温かくなるのが分かった。


 私は何と返事をするか迷った。

 一生のお願いを使って断ってもいいと言った。

 私の一生のお願い。残り一回。どうせなら有意義に、ずるく賢く使いたい。

 彼はそのネックレスをテーブルに置き、そしてまた私に視線を移した。私はその強い視線には耐えられないと思い、俯いた。

「返事、無し?」

 二十六歳になったら、言いたい事を、言いたい時に言える自分になりたい、そう思ったんだ、私は。言わなきゃ、そろそろ時間だ。


「私の一生のお願い、二回目、聞いてくれる?」

 首をかしげるようにして訊くと、真吾は崩していた脚を正座に直し、「うん」と頷き、相変わらず穴が開く程私を見ている。

 大きく息を吸い、吐いた。大きく瞬きをした。準備はもうできた。あとは口に出すだけ。

「もう勝手にどこかに行ったりしないで。一生、私の手を離さないで」

 言ってから咄嗟に恥ずかしくなってきて、ドキドキして、カァッと顔が赤くなるのが分かって、手が震えた。言いたい事を言うって、こんなに大変な事なんだ。

「これでお互い、一生のお願いを使い切ったという事で」

 真吾は両腕を広げて私を見た。何がしたいかは分かる。

 私は微笑んで、一つ息を吐き、そして彼の胸に飛び込んで行った。

「まだ離婚したばっかりだから、すぐにお嫁さんにはなれない」

 彼の胸に沿っている私の口から紡がれる音は、くぐもっている。

「すぐじゃなくていい。約束してくれたらいい」

「赤ちゃんはできないかもよ?」

 真吾の大きな掌が、私の背中をゆっくりと上下に擦る。

「いいんだ、恵がいれば十分。ネコでも飼おう」

 私は彼の胸から顔を離し、顔を見て笑った。彼も笑った。

「お母さんが飛び上がって喜びそう」

「うちもだな。二階から飛び降りるぞ、多分」

 ゲラゲラ笑った。あの頃と同じだ。


 真吾の一生のお願いによって私たちは幼馴染と言う関係を解消したが、実際には幼馴染であるという事実を変えられるわけはない。

私達の思い出の中には幼馴染だからこその二人の出来事や思い出が沢山ある。

 あえて「幼馴染」である事、そうでない事にこだわる必要は無い。

 偶然隣の家に住んだ二人が偶然同級生で、偶然惹かれあい、成長し、別れ、偶然同じ街で出会って、惹かれあい、結ばれる。

 そう、全ては偶然の産物であって、必然じゃないんだ。



「真吾、啓太がネックレスどっかにやっちゃったんだけど!」

「さっきパソコンのとこにつかまり立ちしてたぞ」

「うそ」

 まさかと思ってディスクドライブを開けると、中からジルコニアのネックレスが絡まって出て来た。

「誰に似たらこういういたずらっこになるんだかねー」

 私は膨れてきたお腹をさすりながら、啓太の頭にぽんぽんと優しく触れた。


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