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 火曜の朝、昭二はいつもの時間に起床しなかった。

 彼の職場はフレックスタイム制をしいているので、きっと私が出かけた後に起床して、出勤しているのだろう。

 私とは顔を合わせたくないのだろう。そりゃそうだ。

 逆に私は、早い所ケリを付けたいと思い始めていた。

 今度の土日が勝負だ。そう思って平日を乗り切った。


 土曜の朝、ベランダで洗濯物を干していると、室内に人が動く気配がした。

 ちらりとそちらを見遣る。格好からするに、まだすぐに出かける雰囲気ではない。

 私は洗濯物をやっつけて室内に入り、朝食の支度をした。私は済ませていたので、昭二の分だけだった。

 ダイニングにお皿をだすと、「ありがとう」と言って食べ始めた。

 私は、特に興味もないニュース番組を、リビングのソファに座りながら見た。どの局を選局しても、同じようなニュースばかりで辟易する。

「ごちそうさま」

 声と、皿を重ねる音が同期した。食洗機に食器を入れる音がする。洗剤のふたを開ける音がする。スタートボタンが押される。足音が近づく。

「話があるんだ」

 私は無言のまま斜め上にある昭二の顔を睨みつけるように見た。それが返事だった。

 昭二は対面に腰掛け、「離婚したい」と端的に言った。

「分かってはいるけど、一応訊くよ。理由は?」

「好きな人が出来たから」

 私は無言で頷いた。続く言葉を待ったのだが、彼は口を開こうとしない。私にはばれていないと思っているのだろう、妊娠の事を。

「相手の女性は?」

「会社の同僚。バレンタインの時にうちに来たのは、彼女だ」

 私の推理は正解だった訳だ。あとは私が難聴だったりしないかどうか。

「で、相手の女性の今の状況は?」

「は?」

 昭二は眉をひそめたが、何かに思い当たったかのように息を呑む音が聞こえた。

「電話で話してるの、聞こえてたよ。隠しておくつもりだったのかも知れないけど、これにて不貞行為は立証された訳だ」

 肩を落とした昭二は「悪い」ぼそっと言った。

「悪いと思ってたら普通はやらないからね。嫁以外の女とセックスしないからね。自分の子孫が残せる女をセレクトしたかったんでしょ」

「違う、それは違う」

 何が違うのかと問いただしたところで、事実は何も変わらない。

 彼は妻以外の女性との間に性交渉を持ち、女性を妊娠させた。

「示談でも裁判でもいいよ。最後の最後ぐらい、誠意を見せてよね。週明け、職場から離婚届持ってくるから」

 私はその場を立ち、物置から掃除機をだし、掃除をした。もうすべて終わるのだ。しばらくしたらここも引き払おう。

 そう思うと、妙にすっきりした気分になってきた。

 今日は一日暇だ。物件を探したり、荷物をまとめたりしよう。そうだ、そうしよう。

 掃除機を仕舞い、リビングに戻ると、ソファに寝転がったまま呆けている昭二がいた。

 ずっとそこで呆けているがいい。生まれてくる赤ん坊の事でも考えているといい。

 私はノートパソコンを立ち上げ、職場の近くに良い物件がないか調べた。

 大きな駅の近くになるので多少は値が張るが、生活していけない程ではない。

 それに、慰謝料をふんだくるんだった。大丈夫。でも、生まれてくる赤ちゃんに罪はない。赤ちゃんが元気に育つぐらいのお金は、残してやってもいい。

 数枚の物件情報をプリントアウトし、「ちょっと出かけてくる」と言ってパソコンを閉じた。



 駅まで歩く間にプリントした物件情報を見ていた。その中の殆どが、見た事のある不動産屋の物件情報だという事に気づく。

 真吾から貰った名刺の裏を見ると、オレンジの丸はついていなかった。

 真吾と、真吾に告白した女性と顔を合わせる事になるんだろうか。複雑な思いでその不動産屋に足を運んだ。


 自動ドアが開くと、「いらっしゃいませ」と一斉に視線を受け、ドキっとした。その中には真吾の視線は無く、ほっとした。男性社員が「こちらへどうぞ」と席を案内してくれた。

「この辺りの物件なんですけど、ちょっと見てみたいんですが」

 男性社員は印刷した紙を順番に眺め、「この物件は不動産屋が違いますが、うちでも取り扱ってますので、一緒に見に行かれますか?」と言った。

「はい、お願いします」

 内覧が出来る物件は三件のみで、あとの二件は外観のみらしい。十分だ。

 不動産屋の名前が書かれた軽自動車に乗り込み、物件を回った。

 外観のみを見た二つの物件は、狭い道を入った所にあったり、階下に飲み屋があったりしたのでやめた。

 内覧した三件のうちの一件は偶然にも、真吾の住むマンションだった。

「ここは築年数も浅いですし、室内も綺麗ですのでお勧めできますね。駅からも近いですし」

 だが私は「仕事場と反対側になっちゃうからちょっと......」と言って断った。

 真吾に告白した女性が、ここの一室に通う事になるかもしれないんだから。そんなのを見るのは御免こうむる。

 結局、駅をはさんで反対側、庁舎のある方の、駅から十分ほど歩いた所にあるマンションに決めた。契約だけを済ませ、これから一部のリフォームをするとの事で、終了したら連絡をくれる事になった。

 担当してくれた男性にお礼を言い、店を出ようとしたところで、自動ドアから入ってきたのは真吾だった。

「恵、な、に、やってんの? ですか?」

 相当狼狽していた。

「何って部屋を契約しに。離婚決まったから」

「ウソ......」

「嘘じゃないよ。それじゃ」

 そう言い残して私は店を出て、電車で帰宅した。



 玄関の鍵を回し、ドアを開けると、そこに見慣れないローヒールのパンプスが一足、揃えておかれていた。

 これは......。

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