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 昭二は相変らず、休日には株価のチェックと謎の外出が続いた。

 真吾は私の返信を真に受けない事にしたらしく、「大丈夫か?」とは送って来なくなった。代わりに「俺は元気です」とか「今日はかつ丼です」とか、返信に困るようなメールばかり送って寄こし、私は全て「苦笑」で返した。

 いつの間にか、通勤途上の梅の木に小さな白い花が咲いていた。もうそんな季節か。

 基礎体温こそつけているものの、不妊治療をやめ、昭二からのセックスの誘いも無く、少し心が軽くなった。

 こんな風に、季節の花をめでる余裕が出来た。

 目下の懸案事項は、昭二の謎の外出だ。


 真吾の「万が一の時は」という言葉について考えていた。

 昭二が万が一浮気をしていたら、私はどうするだろう。

 一度で済むんだろうか。二度目はないんだろうか? やはりそうやって疑ってしまい始めると、負の連鎖が止まらないだろう。

 もしここ数カ月の怪しい動きが浮気なら、現実を受け入れ、離婚するだろう。

 まだ若い。いくらでもやり直しがきく。相沢さんの言う通りだ。

 それでも、昭二が尻尾を出すまで、私は動きようが無かった。



「明日の親睦会旅行に参加される方は、僕の所にあるプリントを一枚ずつ持ってってください」

 そのメールを読んで、同期の親睦会係の机に行き、プリントを一枚もらった。

 当日の集合場所や直接宿に行く人の為に宿への地図も載せてある。

 仕事にもプライベートにもあまり支障をきたさないように、金曜の夜から土曜の一泊で予定されている。

 予定表を鞄に入れ、庁舎を出た。

 帰りにショッピングセンターに寄り、明日のバレンタイン用に、義理チョコを買った。

 相沢さんにも頼まれていたので、二倍量。かなりの量になる。

 普段使わないカートに籠を入れ、適当なチョコを選んでいく。

 少し値の張るチョコレートの棚をスルーして、なるべく安いチョコを多めに。

 ふと思い返し、値の張るチョコレートの棚へ戻った。

 何年ぶりか分からないけど、真吾にあげたい。そう思い、赤いタータンチェックの包みに包まれ赤いリボンが巻かれているその箱をカートに入れた。


 帰りにカフェで夕飯を食べながら、先日真吾にもらった名刺の裏を見た。

 今日十三日はオレンジ色の丸で囲まれている。休みだ。

 私はパスタを食べ終え、紅茶を飲みながら真吾に電話をした。

『お、珍しい、恵から電話が来るなんて今日は雪が降るかもな』

「単刀直入に訊くけど、今暇?」

『真直ぐだなぁ。暇だけど?』

「これから駅前のディーバまで出て来れる?」

『あぁ、いいけど、何かあった?』

「ううん、そうじゃないの。心配しないで。それじゃ私、今ショッピングセンターだから、これから向かうね」


 ディーバにつくと、既に飲み物を持ってテーブルについている真吾がいたので手を振った。

 私はカフェモカを注文し、アツアツの紙カップを手に席についた。足元にあるカゴに、大量にチョコが入った袋をドサっと置いた。

「何なに、どうした?」

 まだ手つかずらしいコーヒーは、湯気を立てている。まだ来てからそんなに時間は経っていないようだ。

「明日、バレンタインだからさ、これ」

 そう言って私は義理チョコとは分けて自分の鞄に入れておいた赤い包装紙の箱を渡した。

「え、マジで、何年ぶり? ありがとう」

 じーっと包装紙を見た後、私に視線を移し、もう一度「ありがとう」と言った。

「どういたしまして。色々相談に乗って貰ったりしてるからさ。お礼」

「何だ、本命じゃないのか」

 私はクスッと笑い、「一応既婚ですから」と言う。

「俺も本命チョコが貰えるように、恋愛しないとなー。置いて行かれちまうなー」

 窓の外を見ながら彼はそう言った。私は何も言わなかった。

 真吾に一生独身でいて欲しいなんて思っていない。だけど、「諦めきれない」と言った彼の言葉にもう少し、もう少しだけ浸っていたかったのだ。



 翌日チョコを配り終え、勿論仕事も終えると、私は電車を乗り継いで箱根まで行った。

 毎年同じような話題で盛り上がり、同じような人が酔っぱらい、同じようなメンツで宴会会場から引き上げてきて、眠る。

 相沢さんはお酒が飲めない人なので、私は相沢さんと一緒に部屋に引き上げてきた。

 相沢さんと布団を並べて横になった。

「その後、治療は続けてるの?」

「いえ、もうやめたんです」

 掻い摘んでその理由を話した。

「そうなんだ。じゃぁ少し解放された感じ?」

 薄暗い部屋の中で私の方を向く相沢さんの双眸が、街灯の光を反射して白く光っている。

「そうですね、気持ちは軽くなりましたけど、夫婦関係は全然うまくいってないですからね。これからが正念場です」

「そうか。牧田さんの事だから、間違った選択はしないと思ってるよ。オバサンはどこまでも応援してるからね!」

 本当にこの人は母みたいだなと思って、静かに、それでも相手に伝わるように笑った。暗がりの中で、相沢さんにこの笑顔が伝わったかどうかは分からないけれど。

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