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 ショッピングモールのカフェでサンドウィッチを食べていると、窓から真吾が顔をだし、手を振った。前回会った時から少し時間が空いた真吾の髪は、少し伸びていた。

「ちょっと間が開いたなぁ。相変わらず、どんよりしてんなぁ。心配ないなんてうそばっか」

 私を元気づけようとしているのだろう、酷く明るい調子で私の肩を小突いた。私は苦笑した。

「何か色々あり過ぎて、訳分かんなくなってきちゃったよ」

 私が髪をくしゃっとすると、真吾は「旦那さん?」と言うので無言で頷いた。

 私は向かいの席に置いた鞄を自分の隣に移すと、彼は「失礼」と言って向かいに座った。

「株にハマり始めて、家にいるとずっとパソコンにかじりついてるし、休日出勤って嘘ついて出かけて夜中まで帰ってこないし、もうセックスもしなくなったし」

 一息で話、はぁ、とため息が零れた。

「休日出勤は嘘なの?」

 私の顔を覗きこむ様にして真吾が疑問を投げつけた。

「電話してるのを聞いちゃったんだ。休日出勤ってことにするからって。夜まで大丈夫とか」

 真吾は少し顔を顰めて「それって女じゃないの?」と言った。分かっているんだ。何となく分かっていたけど、認めたくなかったんだ。

「だよね......」

 私は肩を落とし、紅茶に口を付けた。薄い口紅が少しカップについたのを、ペーパーナフキンで拭き取った。

「なぁ恵、彼のどこに惹かれて結婚した?」

 話ががらりと変わり、きょとんとした私を見て、真吾はニヤっと笑った。相変らず表情をころころと変える。

「そうだなぁ、隠し事をしない所とか、いつも私の事を心配してくれる所とか、何でも私の事を優先してくれようとする所とか、まぁ要は優しいって事なんだろうけど」

 言った傍から何だか恥ずかしくて赤面してしまった。真吾はカラカラと笑った。

「それで、今の彼にはそれがあるの?」

「ない」

 今度はアハハと声に出して真吾は笑い「早いな」と言った。だって、ないんだから仕方がない。

 私は自分の言った事を脳内で反芻した。隠し事をしない、私を心配してくれる、私を優先してくれる、優しい。

 目の前にいる、真吾そのものだった。

 私は、真吾の代わりを探していたのかも知れない。

「そんな彼とこの先、夫婦続けてかなきゃなんないのか、酷だな」

 彼は手元に視線を落とし、言った。彼の頼んだサンドウィッチが運ばれてきた。

 一口食べ、彼は咀嚼しながら「あのさ」と声を出した。

「恵って浮気された事ある?」

 私は真吾と別れた後、大学に入って昭二と付き合い始めた。そして結婚に至った。もし今回の昭二の不審な行動が浮気だとしたら、今回が初めてだ。

「今まではない。今回がもしそうなら、初めてだよ」

 ふんふん、と声に出しながらサンドウィッチにかみつく。いつだったか「物を口に入れながら喋らないの」と注意した事があったけど、この癖は直っていないらしい。

「俺ね、嫁が浮気してたって言ったでしょ」

 彼女が事故に遭った日、浮気が原因で喧嘩になったと、真吾は言っていた。私はコクリと頷いた。

「浮気されるとね、夫婦なんて続けられないと思った。一度裏切られるともう、信用は取り戻せないんだよ。俺はあの短い時間でそう判断した」

「へ?」

「彼女が生きていたとしても、俺は離婚してた」

 私はただ茫然と、真吾を見ていた。真吾は自分の口から発した言葉の威力なんてお構いなしに、サンドウィッチに齧りついている。

「だって赤ちゃんが......」

「赤ちゃんがいて夫婦があるんじゃない。夫婦があって赤ちゃんがいる。俺は赤ん坊も嫁も、手放す覚悟を瞬時に決めたよ」

 頑なな語り口が、昔のままだった。頑として譲らない、頑固さとはまた違う、自分の考えを通そうとする頑なさ。

「恵の旦那さんが浮気をしていない事を願うけど、万が一の事は考えておいた方が良いと、経験者は語る」

 彼は真顔でそう言ったが、私は下を向いて笑った。確かにそうだ。万が一の事を考えておこう。経験者の言う通り。

「サンドウィッチ食わないの?」

 私は完全に手が止まっている事に気づいて「食べるよ、取らないでよ」と伸びてきた真吾の手をパシっと叩いた。

「そうそう、その顔でね。俺はそれを見に、ここに寄った」

 恥ずかしげも無くそういう事をいうのも、昔のままで、こういう時に私が赤面する事も勿論、昔のままだ。

「今日は仕事だったの?」

「いや、今日は休み。あ、そうだ」

 彼は鞄の中から名刺入れを取り出し、白い一枚の紙を私に手渡した。

「裏に、休みの日が書いてあるから。ご参考までに」

 私でも聞いた事がある不動産屋の名前と、真吾の名前が書いてあった。

「凄いね、本当に頑張ってるんだね」

「嘘言ってどうする」

 むくれた顔で笑って見せた。

「幼馴染が頑張ってる姿を見ると、私も頑張って仕事しなきゃと思うよ」

 ね、と言って彼の笑顔を待つと、逆に彼は眉尻を下げて困ったような顔になった。

「幼馴染、でしかないんだよな、俺達って」

 諦められない、という言葉。私もそうだと言った。だけどお互いにそれを受け入れる事は、少なくとも今は、できない。

「幼馴染でもいいよ。真吾の幼馴染は私しかいないし、私の幼馴染は真吾しかいない。世界でたった一人の幼馴染だよ」

 そう言うと彼の顔色がパッと明るくなった。まるで子供のそれの様に。

「良い事言うなぁ。世界に一人か、恵にとってたった一人か!」

 どんどん大きくなる声に、周囲の注目が集まりだしたので「しーっ!口、縫い付けるよ!」と声を遮った。

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