第八話 謎 の 敵 あ ら わ る
そして、一週間が経った―――
何の疑問も持つことなく、いつも通りアオと一緒にソファで寝転がる。
「……優斗、せんべい……お茶」
「うん、待っててよ」
僕は部屋の隅の戸棚からせんべいを取り出し、お茶を入れるとアオのいるソファまで持っていく。アオの世話が日々の日課となっていた。
「……あ~ん」
アオは口を大きく開け、口にせんべいを近づけると、パクッとせんべいを咥えポリポリと音を鳴らす。
動物にエサを与えてるような気分になる。でも、世話をするのは苦じゃない。
「優斗……その巻、あと見せて」
「うん、いいよ。もう少し待ってて」
アオと仲良くなるには、時間は掛からなかった。アオは口数は少ないけど、僕を安心させてくれる。ゆったりとした時を刻んでくれ―――
「……てかさぁ!謎の敵、いつ攻めてくるの!?」
僕は立ち上がり、クロに答えを求める。
「ちゅーん、ドドドドドドド! へあ! ワシにかまわずに行くんじゃ! 行けえ!」
……聞いてない。……仕方ない、オペ子に聞こう。
「オペ子、謎の敵ってまだ来ないの?」
「優斗さん、今いい所なんです。静かにして下さい」
オペ子は熱心に漫画を読みながら興奮している。結局、まともな回答は得られなかった。僕は真面目に聞くのが馬鹿らしくなり、思考を停止する。
まあいいか……漫画を早く読まないとね。アオが待ってる。
その日も何事もなく、平和な一日を過ごした。
次の日―――なんの前ふりもなく、謎の敵が現れた。
……嘘だろ?
「クロ司令! 緊急連絡! 海上、DR2ポイントに謎の敵出現! 距離九千二百です!」
「ぬ、まだ遠いの~もう少しブンドドしてからにしようかの?」
「クロ司令、いい加減にして下さい! 住民の避難勧告開始します!」
けたたましいサイレンと共に、住民への避難勧告が街中に響き渡る。
「しゃあないのう。オペ子! 作戦司令部に伝達! 黒子軍を対空砲へ配置。街中に対空自走型戦車を配置せよ! モモ、アオはイカロスへ行けえ! キイは黒子軍のおもりじゃ!」
「了解しました。各自行動、開始します!」
僕はいきなりの事で呆然としていた。……緊張感漂う部屋に取り残される。
「優斗はガクガク震えながら部屋の隅っこで泣いておれ」
「……泣かないし! クロ、僕も戦うよ!」
「駄目じゃ! きさまは死んではならん! オペ子!まだ目標はこんのか!?」
「目標は今だ、対空砲の射程範囲外です。……待ってください!司令、DM海軍から連絡が入りました!」
「なんとっ……! グハ、グハハハハ、ついに……ついに、出来たかあああぁあぁ!! 括目せよ! 国費の二十%を費やした痛空母艦載機!咲流!」
アニメ絵の戦艦がモニターへ映し出され、クロは満足げな顔で叫ぶ。
「フフン、さらにじゃ! さらに、じゃ! 世界初の電磁投射砲兵器を装備した痛駆逐艦! とある駆逐艦のレールガンじゃぁああああああああぁ!!」
戦艦にアニメの絵が描かれ、とてもカラフルだ。……税金でなんて物作るんだよ!
「さらに! 空母には12機のDM-18、痛戦闘機ストレンジ! 全機発進させよ!」
「了解しました。DM戦闘機、全機スクランブルお願いします」
ウーとサイレンが響き戦闘機が発進する。それはまるで、カルガモの列が空を飛ぶかのように、美しくVの字を描き飛んでいく。
「司令! DM戦闘機から目標の映像入りました!」
「遅いのう! オペ子、なにやっとるんじゃ!」
「……私のせいじゃないですよ。ジャミングが入って映像に出なかっただけです」
オペ子は声のトーンを低くし、不機嫌オーラを出しつつある。
「屋上でブンドドして、衛星監視装置を壊したのはクロ司令じゃありませんか」
さらに声のトーンを下げ、頬杖をつき、ジッとクロを見る。
「……ほら、あれじゃ、その……とりあえず、映像見せてくれんかの?」
「わかりました。映像入ります」
「ほお……これはこれは……見事なタマゴじゃのう」
海上に巨大なタマゴが浮いており、その周辺で戦闘機が飛び交う。順次攻撃を繰り返し、ミサイルで殻を吹き飛ばして、キラキラと破片が飛び散る。
「こりゃ、イカロスを出すまでもないようじゃの! DM海軍の恐ろしさを思い知ったか! よし! 今晩は目玉焼きか、タマゴ焼きか、スクランブルエッグじゃの! グハハハ!」
クロは小躍りして、オモチャを取り出すとブンドドし始めた。
「オペ子、僕にも見せて」
「どうぞ、優斗さん」
「……あれっ? 戦闘機が落ちていく……」
「緊急報告! クロ司令、目標から衝撃波! DM戦闘機全滅しました!」
「なんじゃと!?」
「衝撃波、学校到達まであと十秒! 伏せてください!」
「「「わあああぁあああ!!」」」
ガタガタッと窓ガラスが揺れ、パシャーンとガラスが割れる音がする。しばらくすると揺れが止まり、みんなの無事を確認する。
「オペ子! 被害報告じゃ!」
「街の被害、家屋、およそ千五百戸倒壊。半壊状態がおよそ二千百戸。被害甚大です!」
「そりゃまずいのう。む……どうかいの! ワシのオモチャが…なんということじゃ……」
クロはがっくりと頭を下げ、壊れて散らばったオモチャを眺めている。先程の衝撃で倒れたらしい。
「クロ司令! 謎のタマゴから、白いヒヨコが生まれたようです!」
「ゆるさん……ゆるさんぞ! ……ワシのコレクションを壊すとは! 仇は必ずとっちゃるけえのう!!」
グッとクロは手に力を入れ、手を前に突き出す。
「オペ子よ、とある駆逐艦のレールガンを呼べ! あやつに電磁投射砲兵器を食らわし、ぎったんぎったんに玉砕せよ!」
「了解。駆逐艦とコンタクト。発射準備完了しました」
「よっしゃ!てぇえええええええええぇ!!」
あれ……?何も起きない……。
監視画面を見ると駆逐艦からもうもうと、煙がうねりを上げている。
「……駆逐艦、沈んでいきます。我、失敗しせり、だそうです」
「なんじゃとおぉおおおぉ!! バンダイめ! やってくれおるわ! ワシが、いくらバンダイ押しでも、これは由々しき問題じゃぞ!? いくらお布施しとると思うとるんじゃ!」
クロはバンバンとドアを叩き、くやしそうに八つ当たりをする。
「バンダイとかいいからさ! なんとかしてよ! クロ!」
「優斗……む、そうじゃの。少し作戦を練ろう。落ち着く事も大切じゃけえの」
「第二次衝撃波!来ます!」
「な……なあああぁああああぁ!?」
「きゃあああぁああああ!!」
爆弾でも落ちたかのような衝撃が司令室を襲う。しばらくして僕は気がついた。
……生きてる? 頭痛とキーンと耳鳴りがして何も聞こえない。僕は叫んだ。
「クロ! オペ子! 大丈夫!?」
「あー? なんじゃって? なに? 聞こえんぞ?」
「私は大丈夫です。黒子のマスクには、遮音壁が標準で装備されてますから」
それなら最初から、黒子の仮面つければよかったなぁ……。
「クロ! クロ!はやく戻ってよ!」
「ぬ……少し聞こえるようになったの。よし! オペ子! 状況はどうじゃ!」
「ヒヨコは海上を南下しています。約一時間で学校へ到達します」
「ふむ、名がヒヨコでは締まらんの。うむ!†デス◇ヒヨコ†と名付けようぞ!」
クロは敵に適当な名前を付けると、部屋の惨状に気づきうなだれた。
「な……なんということじゃ……魂ネイ限定じゃぞ?これも…デカール張るのに苦労したやつじゃ。これは…プレミア付いておる……こなごな……じゃと!? オクで買えと言うのかぁあああぁあああぁ!! ワシを完全に怒らせおって!! †デス◇ヒヨコ†よ! きさまっ!! チキンカレーにして食ってやるわ!!」
荒ぶるクロは全軍に指令を出す。
「DM軍よ、よいか! なんとしても、†デス◇ヒヨコ†を倒せ!! 倒した者には国民栄誉賞を与える! さらに!ノーベル賞と、芥川賞と、アカデミー賞も超プッシュじゃ!! なんとしてでも、ヒヨコをタンドリーチキンにせい!!」
クロはマイクから離れる。ヨボヨボと綿がはみ出したソファに深々と座り、頭を抱えこみ「なんたることじゃ」とつぶやき、落胆した。
「クロ司令! 敵、有効射程範囲内に到達……ど、どうします?」
身も心も、ボロボロになったクロにオペ子も困惑する。
「……打て……打つんじゃ……打ちまくれぇええええぇ!! 八つ裂きにせええぇえぇえ!!」
「了解。黒子軍、一斉射撃! GO! GO! GO!」
ドーン、ドドーン!と大砲が大地を震え立たせ、空高く煙が舞い踊る。大砲のつんざく音が部屋にも響き渡る。ヒヨコに命中するも効き目がない様だ。
「……司令! 動物愛護団体から苦情が来てます!」
「そんなものガチャ切りせえ! まったく、電凸は他でせえや! 目標が、海上五百メートル地点に来たらイカロスを出す! モモ、アオ! 用意は出来とるな!」
通信画面に、二人乗りのコクピット内が映し出された。モモが手を振ってニコニコとはしゃいでいる。
「おひさしぶりで~ス。退屈で寝ちゃうところだったですヨー」
「すぴー…………」
「こりゃ! アオっ! 寝るでない! はよ起きい!」
ガンガンと通信画面をクロが叩くが、ぐっすりと寝ているアオには無力だ。
「アオちゃんは、わたしが起こしますヨ。発進準備は出来てますヨー!」
「もう少しで出撃じゃ。よろしく頼むけえ! オペ子! 黒子部隊の方はどうな?」
「黒子軍、苦戦中。黒子の半分が衝撃で倒れたそうです」
「ふむ……オペ子、次の衝撃波はいつ来るかわかるかの?」
オペ子はしばらくキーボードを叩くと、
「衝撃波は一定の周期で放たれる事がわかりました。つぎは約八分後です。この距離では、学校にも甚大な被害が起こりうると予測されます」
「その次は何分な?」
「約二十分後です」
「うむ、黒子軍を下がらせよ! 一度衝撃波を受け、次の衝撃波が来る前に叩くけえの!」
「了解しました」
その間、僕はある物を探し持って来た。苦しまぎれだけど無いよりはマシだ。あの衝撃波はとてつもなく強力。気を失ってはどうしようもない。
「……クロ!」
「なんじゃ?優斗。部屋の隅でガタガタ震えながら泣いとったんじゃないんか?」
「だから、泣かないってば!ほら、クロ。テッシュだよ。耳栓替わりに耳に付けようよ。気絶しちゃったり、耳が聞こえなくなったら困るだろ?」
シュッシュッと三枚テッシュを取りだし、クロはチーンと鼻をかむ。
「うむ……すっきりしたの……」
「使い方が違うじゃないか! いや! 間違ってないけど!」
「ワシは意気消沈中での! ……よし、衝撃波に構えよ!」
「カウントダウン入ります。あと、六十秒……」
オペ子のカウントが始まった。僕とクロは机に隠れ、オペ子は「大丈夫です」と言い張った。
「衝撃波まで、あと二十秒!」
学校の空気が緊迫する。†デス◇ヒヨコ†の距離も海上にぼやけて見える、その大きさに誰もが驚愕する。対峙したヒヨコの圧倒的な存在感に、僕は脅威を感じていた。
この衝撃を耐えれば、黒子軍からの反撃である。
―――一方その頃、上空を高速で飛行するヘリが学校へと向かっていた。
「早く学校へ急げ! ワタシは急がねばならない! キサマらの給料を減らして、永遠に葬ってやるぞ! ……クロ様、待っていてください!」
「キイ先生!このDM-08攻撃型ヘリではこれ以上、スピードは出ません! それに、荷物が大きすぎます!」
「ガタガタ言わずに死力をつくせ! それでもDM軍の黒子部隊かっ!」
キイは焦燥に駆られ、くちびるを噛む。この兵器が、あの怪物に効くかわからない。しかし、絶対に成功させなければクロ様に顔向け出来ない。
積荷はバンダイ工場にDM軍が製作を頼んでいたライフル型レーザー兵器である。
「そうだな……ヘリの乗員を一人ひとり、海に投げ込めば機体は軽くなるな……」
「お願いですから! キイ先生やめてください! ……あっ、衝撃波!来ます!四時の方向からです!」
「キサマら! 落ちるなよ! しっかり捕まれ! パイロットは機体を維持し、もたせろ!」
「「「わあああぁあああぁあ!!」」」
ズガーン!とハンマーで殴られるような衝撃が、ヘリを襲う。
一瞬、乗組員たちの視界が暗転し、ヘリの警報器が鳴り響く。
「みな……生きているか……」
「佐々木が……! 佐々木が……落ちました!」
「よし、大丈夫だ。緊急パラシュートを開いている。訓練の賜物だな!よし、学校が見えて……なんだ、これは!!」
学校は半壊状態。街も壊滅状態であった。