第七話 カ レ ー と 誘 惑
「ただいまー……ん?」
あ、いい匂いが……鼻の中を通っていく。
今日はカレー。僕の大好物。どうしよう、先にお風呂入ろうかな? でも、お腹空いてるし、ああ、その前に制服着替えなきゃね。
機嫌よくトントンとリズムを刻み、階段を上がって行くと、ミドリもヒョコヒョコとついて来る。まるで生まれたばかりの雛の様だ。その光景に、僕の表情は緩む。
服を着替えると、問答無用でミドリへと飛びついた。モフモフ……モフモフ……はあ、可愛い……僕がミドリを愛でていると、
「ゆうくーん! ごはん出来てるよー! 早く下りてー!」
うあ! 由美ちゃんだ! 一緒に住んでるの忘れてた! こんな所、見せられないぞ!?
「いま!行くから!」
バタバタと階段を降り、急いでリビングへいく。もちろんミドリも一緒だ。
「あれ? 母さんは? 由美ちゃんひとり?」
「おばさんなら、近所の人たちと遊びに行くって言ってたよ? あたしが作ったから、おばさんのより……美味しくないかもしれないけど……」
由美ちゃんは恥ずかしそうにカレーとサラダ、漬物を並べていく。
みんなで「いっただきま~す」と合唱し、僕はカレーを一口パクリと頬張る。
「うん、由美ちゃん、とても美味しいよ。ミドリも美味しい?」
〈お……い…しい……〉
「わっ!ミドリちゃん、喋れるようになったの?」
「まだ、未完成らしいけどね……」
由美ちゃんは「ふーん、そうなんだ」と言い、エプロンを脱ぐ。
「お風呂沸いてるから、あたしが先に入るね。食べ終わったら食器を水につけておいて」
「うん、わかった。洗っておくから」
「そんなの、気にしなくてよし!」
笑いながら由美ちゃんは、お風呂に行ってしまった。
僕は―――ミドリを見ると、なんとなく聞いてみた。断じて、なんとなくだ。
「そ、そのっ、ミドリ……一緒に…お風呂入る?」
ドキドキからバックンバックンと鼓動が高鳴り、身体中から汗が吹き出てくる。
〈……ご…めん……な…さ。…が……こう…で、ク…リニン……グ〉
あー、学校でクリーニングか。はあ…なるほど……。
「ミドリ、気にしないでよ!一緒にテレビ見よう!」
カレーを食べ終え、ソファに座ると僕はミドリに頭を任せ、一緒に野球中継をのんびりと見ていた。
「ふ~、ゆうくん、つぎ入りなよ」
バスタオルで髪を拭きながら、由美ちゃんがリビングへと来た。
「うん、ミドリと遊んでて」
「ふふ……言われなくても、一緒に遊ぶから!」
ポーンと由美ちゃんはミドリに飛びつく。
やれやれ、ま、人の事は言えないな。お風呂入ろうか……。
脱衣所で服を脱ぎ、洗濯機に服を入れようとすると、多分だけど…由美ちゃんの水玉の下着が見える。僕は幼なじみの下着に何も感じない。モモの時はドキドキしたんだけど。
おかしいなーと思いながら、ガラッと引き戸を開けた―――
「わ、わ、わ、わわ。なにやってんのさー!!」
「あ、こんばんワ~優斗クン。お風呂に入ってるですヨー」
「ちょ、見えてるから!モモ!湯船に浸かって……っ!」
モモはトプンとお風呂に入ると恥ずかしそうに言った。
「……一緒に入る?」
「ごめんなさいっ!!」
バババっと服を着て、僕は風呂場から飛び出した。
血流が逆流し、ばっくんばっくんと、心臓が飛び出しそうになる。
「……ゆうくーん、どうしたの?なにかあったー?」
「な、なんでもないよ! 由美ちゃん! ホントに、なんでもないから!」
現状を整理だ。モモがお風呂に入ってた……以上。いや、違うよ!こんな事する奴は、一人しかいない。クロっ!
猛ダッシュで二階に駆け上がり、窓を開ける。
……あれ? 家の明かりが付いていない。まだ学校から帰ってないのかな?微妙な状況だなあ……大声で叫んだら近所迷惑になるかもしれない。
「おーい、クロぉ~」
「なんじゃい?」
ひょいっと屋根の上から、クロが顔を覗かす。
「わっ……って、おい! クロ! どういう事だよ!モモがお風呂に入ってたぞ!」
「うん? ワシはなんもしとりゃあせんよ。佐竹家の風呂が壊れてしもうての。ちょっとだけ無断で借りただけじゃけえ。モモが一番風呂に入りたがっての。許してくれえや」
「無断ってダメだろ!モモが……モモが……」
かあ~と顔が燃えるように熱くなる。そう、下着とはレベルが違う。真っ裸だ。脳が緊急事態を知らせ、鮮明なモモの艷やかな肌が脳裏を霞める。
「じゃけえ、これからDM軍が入浴するけえの。くれぐれもラッキースケベには気をつけえや。じゃあの」
スッと屋根からクロが消えた。
「なんなんだよ!もおおおおおぉー!!」
僕は……やりきれない気持ちでその場に座り込んだ。
―――次の朝。ウサギのような目をした僕は、ミドリと一緒に登校していた。途中、南川と藤宮が合流し、いつもの漫才コントが繰り返されるが……僕は心あらずだ。
司令室の前まで行くと、躊躇しながらドアを力なく開ける。
「おはよう」
「グハハハ。優斗よ! 昨日の晩は、お楽しみだったようじゃのう! このエロガキめが! おいしいのう、おいしいのう!」
「やっぱり、おまえか! クロっ!」
「優斗クン、いいんですヨ?わたしは全然気にしてませんから。今度は、一緒に入りましょうネ!」
「……モモ」
モモが怒った様子もなく、逆に積極的な発言をされ、僕は一気に力が抜ける。
「優斗さん、おはようございます。昨晩はお楽しみだったようですね!」
「オペ子もやめてよ!」
アオは素知らぬ顔で、朝からのんびりとソファに寝転んでいた。
オペ子はクロの前に立ち書類を読み上げる。
「本日の予定は……ミドリ、換装とメンテナンス。第六支部と第七支部への作戦連携通達。ならびにイカロスプロジェクトの進行。クロ司令、よろしいですね?」
「うむ、それでよい。はようミドリを完全体にせんとのう」
「司令、技術開発からのクレームが酷くて……。司令、どうにかして下さい」
「わしゃ、知らん。知らんがな。オペ子、おまえに任せるわ」
「……もうっ!」
僕の予定は……クロとブンドドで遊んだ後、ソファに寝そべり、アオと一緒に漫画を読む。のんびりしているとキイが現れ、殺されかけたけど、アオの反撃で未遂に終わった。あとでモモに聞かされる。……アオとキイは犬猿の仲だそうだ。
太陽が沈みかけた頃、ミドリと一緒に家へと帰ることにした。