第六話 ご め ん な さ い と 必 殺 技
―――学校の校門まで行くと、黒子の仮面をかぶった南川と藤宮が話し込んでいる。目印の花柄の髪止めですぐにわかった。
「お、優斗!おっせえ……ってなんだ、そのぬいぐるみはああぁ!」
「なになに?……ちょっ、マジ可愛いんですけど!きゃあああ!!」
可愛い物に目がない藤宮は、真っ先にミドリへ飛びついた。
「なに?このモフモフ感!気持ちいいー!」
「お、俺も俺も!……ってえ、優斗、なんだよ」
意識はしていない。僕は自然と南川の前へ立ちはだかる。
「あ……ごめん。ミドリは女の子だから……」
―――僕は嘘をついた。正直、男なのか女なのか分からない。でも、僕は南川にミドリを触らせるのが嫌だった。
「ちぇっ、いーよいーよ、俺は仲間外れかよ」
そっぽを向き、イジケた素振りをする南川に、藤宮が罵声を浴びせた。
「あんたに触らせるわけないでしょ?バカ菌が感染ったらどうすんのよ!……この子、ミドリって言うんだ。あたし藤宮優子。よろしくねん、ミドリたん!」
ミドリは『宜しくね!』と、藤宮の頭をなでなでしている。
「なあにが、たん、だよ。きもちわりぃ」
「うっさい! このバカ菌が! あんたに触らせるミドリたんはねえ!」
二人の一色触発の雰囲気を、僕が遮った。
「あ…二人とも、昨日はごめん……色々、酷い事言ったと思う」
僕は昨日キレた事や、ジュースをおごれなかった事を思い出し、二人に謝る。
「は、やっぱり、俺と同じでバカだな!」
「そうだよ、片山はやっぱバカだったんだ!」
二人とも、ケラケラと笑い始める。僕は戸惑いながら立ちつくす。
「そんなこと気にするわけないじゃん! ハゲるよ?片山!」
「ま、つーことだ。そんなくだらねぇ事考えるくらいなら、早く地球を救えよ!」
二人の『そんな事、どうでもいい話だ』という結論を聞かされ、僕はキョトンとする。
「ヤバっ、授業が始まる! まったねん、片山、ミドリたん!」
「あ、おい! 藤宮待てよ! じゃな、優斗!」
僕たちに手を振りながら、二人は校舎に駆けていく。
―――簡単な事だったんだ。モモに謝ればいい。許してくれるのか、嫌われるのかなんて、モモの判断に任せればいいんだ。僕なりに精一杯、謝ろう。
「ミドリ、行こ?」
ミドリはうなづくと、僕の手を取り歩き出した。
「ヘロー、ボンジュール、ラーメンライス? チャーハン? チンジャオロース? 優斗よ! よう来たのう! 今朝はお楽しみじゃったのう!」
クロは玉座に悠然と鎮座しており、意味わからない事を口走った。
「お楽しみじゃないよ! どういう事だよ! 佐竹の家に住んで! 引越だって嘘ついて!」
「優斗よ。おまえは……嘘をついた事はないんか? ついていい嘘と、悪い嘘があるじゃろが? 今日のはついていい嘘じゃけえ!」
「……それは、ついたらいけない嘘だろ。いい加減に…あ……」
―――今日、僕は南川に嘘をついた。……途端に反論出来なくなる。
「優斗さん、おはようございます」
「オペ子、おはよう……モモ…知らない?」
「現在、モモさんとアオさんは、イカロスのドックで開発中です。お昼には上がってくると思いますが……呼び出し致しましょうか?」
「……いや、いいよ。ありがとう、オペ子」
モモに早く謝りたいのに、不在なのか……。タイミング悪いよ。
その時、管制装置から連絡音が鳴り響く。
「はい、はい、それで……ええ、完成しましたか、少々お待ちください。クロ司令!ミドリのカスタムパーツと、マシンボイスが完成したそうです!」
「なんと……! よし、ミドリを技術開発へ回せ! これで謎の敵にも勝てるの!」
ミドリは部屋の中央へ行くと、円筒のエスカレーターで下へと降りて行った。
「……キイは?」
「キイは先生じゃ。敵の殺し方から銃の操作まで、みっちりと黒子に教えとるけえの」
「なんてひどい事してるんだ!」
窓の外を眺めると、銃を撃つ訓練をする黒子の生徒、腕立て伏せ、ロープ一本で高い所をわたる黒子たちがいる。軍事訓練と言っても過言じゃない。
「黒子どもは体力がないけえ、基礎訓練を主にしておる。しかし案ずるな、銃はエアガンじゃけ。これからもっと実戦的になるけえの」
……ため息しかでない。南川や藤宮……大丈夫だろうか。
僕はソファに深々と座ると、天井を見上げ両手を頭の後ろに回した。ちらっとオペ子を見てみると、漫画を読んでいる。
クロは……? 玉座の方を見る……いない。どこへ行ったんだろう……まあいいや。しばらく、のんびりしよう。今日は朝から色々ありすぎたから。
スッと目を閉じる。視界が闇に包まれ、時計の音と、機械のきしみ合う鈍い音が両耳を支配する。
僕は一体なにをやってるんだろう……いくら考えても答えは出ない。昨夜、ネットで調べた情報を考えてみる。ダークマター軍は1999年設立。謎の敵を倒す為に作られた軍事組織。元々WSP世界警察という団体だったようだ。しかし、ネットには団体名と目的のみで、詳しくは載っていなかった。色々、陰謀論が囁かれていたが、どれも信憑性に欠けている。
ダークマター……暗黒物質と言うらしい。だから、どうだっていうんだ。
僕は力を抜き、ソファに寝転ぶ。すると、誰かが僕の上へと乗ってきて顔を出す。
「優斗、あそぼう!」
「あ……クロ。なに?」
「優斗、あそぼう! 優斗、あそぼう!」
僕の周りを子犬のように、クロはまとわりつく。
とてつもなく……ウザい。僕はやれやれと、力無くクロに話しかける。
「クロ…わかったからさ。なにして遊ぶの?」
「ゲーム! ゲームじゃ! はよう! はよう!」
「それで、なんのゲーム?」
「これじゃ! これ! ストⅡ!」
また古いゲームだな……格闘ゲームならまあいいや。自慢じゃないけど、僕は格ゲーが得意だ。いままでの憂さ晴らしに、フルぼっこにしてやる!
僕は絨毯の上に座り、ゲーム機本体の電源を入れる。……とても古いハードだ。
―――何度かクロと対戦して、僕は気がついた。クロは必殺技コマンドを知らない。
こいつ……絶対、説明書を読まないタイプだな。
「ぬあぁああぁ!! なんでじゃああああぁ!! 勝てん、勝てんとはぁあああ!! くやしい……くやしのう! 優斗め! 玉なんぞ飛ばしおってからに、この卑怯者めが!」
クロはゴロゴロと絨毯の上を転がり回る。いや、暴れている。
「オペ子! DM軍を集結させよ! 第五支部、第二支部にも連絡、援軍を呼べ! この戦い、絶対に勝たねばならん!」
「クロ司令、今一番いいところですから、静かにしてください。爽子が告白するところなんです。黙っててください」
オペ子はクロを冷たくあしらうと、コーヒーを一口飲んで漫画の閲読を再開する。
「なんでじゃぁあああああぁあああ!!」
クロは叫びながら絨毯をロードローラーのように転がり、手の施しようがない。
「そうだ……クロ。必殺技コマンド教えてあげるから、もう一度対戦しようよ」
クロは壁の前で止まるとヨボヨボとこちらへ歩き、僕の隣へ座った。
「…ほんまか……?」
クロの顔を見ると、うっすらと涙を浮かべ、鼻水をすすっている。
……そんなに悔しかったのか。……クロが必殺技を覚えたら、負けてあげようかな。
「じゃ、コマンド教えるよ? 下、右下、右、Pって押してみてよ。あと、反対側へ移動したら下、左下、左、Pだよ?」
「う、うむ……それでは、やってみようかの……」
『シャオリュウケン!シャオリュウケン!』
画面の中で、ケンがこぶしを突き上げ、高く舞い上がる。
「やったじゃない!必殺技出たよ。これで戦えるよ!」
クロの目に光りが灯り、肩をゆらしながら不気味に立ち上がる。
「グハ、グハハハハ! これじゃ! ワシの求めていた必殺技というのはこれじゃ! 勝てる、勝てるのう! 謎の敵に!!」
いきなりクロは大音声を部屋にこだまさせ、オペ子に告げた。
「オペ子よ!DM軍を至急、呼び出せ!これは冗談などではない。漫画なんぞ読まずにはようせえ!」
「なにかの余興ですか?……わかりました。でも、ミドリは技術開発で換装中ですよ?」
「かまわん! 呼び出せ!」
『……ダークマター軍は至急、司令室まで集まってください。繰り返します……』
オペ子は放送を終えると、通信回線を開き、
「……技術開発部ですか?ミドリを司令室まで戻してください。……え?ダメ…そこをなんとかお願いできませんか?クロ司令の命令です。……お願いします」
最中、カラカラ……と、キイが窓から入って来る。
「参上致しました。クロ様、ご命令を」
「うむ、全員集合するまで待っとれ」
「御意……」
「クロ司令!技術開発から苦情がきています。強行するなら換装が遅れても知らない、との事です。相当怒ってます……」
「ふん!そんなものは聞き流せや。開発予算を90%減らすと脅してやれえ!」
クロが何を考えているかわからない。いきなり全員呼び出して、どうするつもりだ?
カチャリとドアが開き、モモとアオが入ってくる。
「一体なに事ですカ~? もう少しでエンジンが完成するですヨー?あ……」
僕と目が合うとモモが目を逸らした……胸がチクリと痛む。
……このままじゃいけない。僕は勇気を振り絞ってハッキリと言った。
「モモッ!今朝の事、許してとは言わないけど……ごめんなさい!」
その場に誰がいても構わない。深々と頭を下げ、モモの言葉を待つ。
「ゆるさない! 絶対にゆるさないぞ! ……殺してやる!」
「キイちゃん、なにやってるの! だめだヨ!」
三角定規を持って暴れるキイを、モモが抑える。
「キイ……邪魔……」
アオはキイを押しのけ、ソファへとダイブし、ゴロリと寝転んだ。
「……優斗クン、わたしの事なら気にしないで? 優斗くんは、わたしの弟みたいなものだから、見られても平気だヨ?わたしの方こそ、びっくりさせちゃってごめんネ?」
はにかむような笑顔で、モモは僕の頬にやさしく手を添えた。
……謝って良かった。心のわだかまりが消え、モモと一緒に僕も微笑む。
「ほう……見られても、か。なるほどのう! まあええ! ミドリはまだか!」
「ミドリ、到着します!」
モクモクと白煙が上がると共に、ミドリの堂々たる姿が現れる。体に変化はない。
〈ゆ……ゆっ……くりし、て……いって……ね!〉
「なんじゃ。この、まぬけな声は! オペ子! 苦情じゃ! 至急、技術開発へ連絡せえ!!」
「クロ指令、駄目ですよ!無理やり開発を中止したんですから、自重してください!」
「自重はせぬ! 自重はせぬのだ……!!」
ドンドンと、クロは地団駄を踏みながら暴れまわる。
「むう……ぬぬ……ふう…少し、取り乱してしもうたの。皆の者! よく聞け! これから特訓を行う! 見本を見せるけえ、しかと見よ!」
「行くけえの!」と、クロは走り出し、下、右下、右、Pと呪文のように唱え、
「シャオリュウケン―――!!」
と、大声で叫び、こぶしを突き上げ高く飛び上がった……。
「……ふ、これより必殺技を会得し、謎の敵に備えるのだ! では、行くけえの!」
―――特訓が始まった。僕は特にする事もないので、漫画を読みながら、ダラダラと過ごす。「シャオリュウケン!シャオリュウケン!」と、部屋の中をバタバタと、DM軍がうるさく跳ね回る。
―――時刻を見ると、夕方五時過ぎたところだ。
「あ……僕、帰るよ」
「うむ、ワシらは残業じゃけえ。気を付けて帰れや。ミドリも帰ってええぞ」
〈ゆ……ゆっ、くり、帰り……ま……〉
ミドリのたどたどしい言葉に、僕はたまらない痛々しさを感じた。
「無理しなくていいよ!……ミドリ、帰ろう僕の家に」
こくりと、ミドリは頷くと僕の手を握る。
「それじゃ、僕たち先に帰るから」
「優斗さん、おつかれさまでした。明日も必ずミドリと一緒に登校して下さいね」
「うん、わかったよオペ子。また明日ね」
―――家路につく。下校途中、南川と藤宮には会えなかった。