第四話 ダ ー ク マ タ ー 軍 結 成
「……僕、帰る。学校を死守なんてしないし、謎の敵なんて知らない! ……帰る!」
振り返り、部屋を出ようとすると、勝手にドアが開いた。
「はわわ~疲れました~あれれ?お客様ですカ?」
ピンク色の髪、ピンクと白のスタイリッシュな衣服を着た女の子が目の前に現れた。
続いて、青髪の背の高い、大人びた女性が部屋に入ってくる。
「……寝たい……体がだるい」
「あ……ぁ」
僕はあまりの唐突さに、曖昧な言葉しか出てこない。
「おお、モモ、アオよ。ええところに来てくれたのう。この少年が世界を救う戦士、片山優斗じゃ。糞ガキじゃが仲良うやってくれ。ところで、イカロスプロジェクトはどのくらいまで進んどるかの?」
「んーと、開発は七十%くらい進んでるかな~。アオちゃん、そのくらいだよネ?」
「モモので……めんどくさい……」
呆然としている僕に、ピンクの女の子が優しく話しかけてきた。
「初めましてー。私の名前はモリン・モーティアです。あなたが世界を救う戦士、優斗クンですネ? 会えて光栄ですヨ。モモって呼んで下さいネ」
とても綺麗な声色で、物腰も穏やかだ。僕は見とれてつい反応してしまった……。
「は、初めまして、片山優斗です。13歳です」
「じゃ、わたしの方がお姉さんだネ! 私は15歳だから。ほら、アオちゃんも挨拶して」
二つ上の女性だけど、僕より頭ひとつ小さい。顔立ちは優しく、とても可愛い。
「めんどい……パスしていい?」
終始……ジト目をした青髪の子が僕を見下ろす。
「アオちゃん、ダメだよ? ちゃんと挨拶しなきゃ」
「…………アオリキット・フィン。アオでいい……13歳、同級生。以上」
あ……同級生なんだ。随分大人びてる子だなぁ……背は高く、出る所は出ている。顔立ちも同級生とは思えない美人っぷりだ。でも、眠たそうな目はやめて欲しいな……。
「……寝る」
アオはソファに寝転んで、お菓子を食べ始めた。
「まったく、とんだエロガキじゃのう! モモの色香に惑わされおって! モモは今から『魔性の女モモ』と名乗るが良い!」
「クロ司令、なに言ってるんですカー! 魔性じゃないですヨー!」
「冗談じゃけ。優斗よ、これからどうするんな?家に帰って部屋の片隅でガクガク震えながら、泣くつもりか?現実はここじゃ。いい加減、観念するがええ」
クロは目を細め、僕を説得し始める。
「いやだよ……僕は…僕は……」
「まったく、強情なヤツじゃのう! ほれ、ワシの作ったプラモをやろう。ホビーワールドに掲載され、全世界で絶賛を浴びたDMー18戦闘機ヴィエント!最新鋭機じゃぞ?」
そんなもの要らないし、プラモデルの戦闘機を自慢されても……。
「仕方のないヤツじゃのう。これでも駄目ならマーグ、トマキア、アイゼルン、アムドゥ好きものを指名するが良い! ワシの魂を入れた懇親の世界の戦闘機プラモじゃ。いいか?どれか一つじゃぞ? 絶対に一つしか選んではならん! 絶対じゃ!」
クロは丁寧に、五機の戦闘機を並べ始めた。
その時、バッと天井から何か落ちて―――僕の後ろに回り込まれる。あっと言う間に口を塞がれ背中に固いものを押し付けられた。
優斗は今朝の事件を思い出す。今回は口を塞がれ言葉が出ない! さらに背中に突きつけられた物が何かもわからない!
「……むむっむ~む~」
「黙れっ! キサマ、クロ様の怒りに触れたらしいな。この場で殺してやる!」
―――ものすごい力でギュッと捕まれ、優斗は動けない。
「まて、キイよ。そいつを殺してはならん。地球の存亡に関わるけえの。しかし、困った事に、このガキはダークマター軍に入ろうとはせんのよ。ワシの懇親のプラモをやろうと言っとるのに、悲しいことよのう……」
「キサマ、クロ様の誘いを断るつもりか! 手っ取り早く腹に銃弾をぶちこみ、次に両手両足を動けなくしてやる!」
……この声! 今朝のあいつだ! 今回は本当にやばそうだ! 銃弾って言ってる!
「ふがー! ふが、ふがふがー!」
「ククク、抵抗するな! ……今すぐ楽にしてやる……そうだな。我ら、ダークマター軍に入れ! クロ様に仕え、その身を投じるがいい! イエスの場合は縦にふれ! ノーの場合は顔を横にふれ! 考える時間は一秒だ。ノーの場合は消えてもらう」
あ……
「よし、イエスかノーかどっちだ!」
考える暇もなく、僕は―――恐怖に駆られ、うなずいた―――
「ふははははは! クロ様、こいつ、ちょろいです! 簡単に落ちましたよ! なんたる根性なしめ! よし、開放してやる。妙な真似したら殺すぞ」
束縛から開放され、僕は咳き込みながら倒れた。
こいつは……クロの差し金で僕を殺そうとしたのか?でもおかしい。クロは殺すなって言ってるし。マジで危険な人物だ。気をつけないと殺される!
痛みに耐えながら体を起こし、周囲を見渡した。
―――黄色い女は銃を持っているのだが……なんだか安っぽい……。
隣を見ると、モモが心配そうな顔をして僕を見ている。
「キイちゃん、やりすぎだヨ! 優斗クン、かわいそう」
「モモ、ワタシは殺しのプロだ。クロ様の君命ならば誰でも殺してやる。それがおまえであろうとも、だ」
「その意気!素晴らしいのう。キイよ。ワシのオモチャを返せ。変形モードにして遊びたいけえ」
「はっ!クロ様これを……」
クロは銃を手にすると、器用に変形させて……ロボットになった……。
「はあ? オモチャ!?」
「キサマ……本当に鉛玉を受けたいらしいな」
キイはカチャリと、拳銃を額に突きつけた。今度は本物のよう……だ。
「キイよ、その辺にしておいてやれ。さて、ワシはオモチャで遊びたい。その間、優斗に自己紹介でもするがよい。……チューン! ドカ―――ン! ヒャッハー!」
……クロは楽しそうにオモチャで遊び始める。
殺し屋と対峙した僕は、気まずい雰囲気の中、キイにジッと睨まれ額から汗が流れる。
「……キイール・ダルフォーンだ。ダークマター軍陸海空部隊、隊長。名はキイと呼べ。必ずおまえを殺してやるから覚悟するんだな。今朝の事は挨拶がわりだ」
「片山……優斗です。あの……なんで僕を殺そうとするんですか?」
「個人的私念だ。きさまは『地球を救う戦士』と言われ、有頂天になっているだろう。ワタシはそれが気にくわない。特に、クロ様に対する侮辱、万死に値する!」
……意味がわからない。絶対に話を聞かないタイプだ……安全を第一に考えよう。
「と、とりあえず……僕もダークマター軍に入ったし、一時、休戦にしない?」
「いいだろう。五分ほど休戦してやろう。寝首をかかれぬよう気をつける事だな。クックク、ふはははははは!」
キイはマントを開くと、笑いながら闇へと消えていった。
彼女の言い分は色々間違ってる。僕が有頂天なんてとんでもないよ。
……顔の可愛いさと凶悪さのギャップに、僕は恐怖を感じて愕然とする。
「優斗クン、大丈夫?顔色悪いから、ソファで休んだ方がいいヨ?」
「う、うん。モモありがとう。少し休ませてもらうよ」
ヨロヨロとソファに座ると、先に寝転んでいるアオと目が合う。
「……チッ」
アオに舌打ちされた……なぜだかわからないけど。
「アオちゃん!そんな態度とったらだめだヨ! ……優斗クンごめんネ?アオちゃんはくつろいでる時、周りに人がいると不機嫌になるの。許してあげてネ」
「うん、モモ、気にしてないから……」
本当にモモは優しい。お姉さんだけの事はあるね。
アオは不機嫌そうに反対側へ寝転ぶ。つかみどころのない女性だ。彼女と仲良くなれるだろうか? それにしても、緊張の連続で喉が渇いた。
「お茶はどうだ?」
「ありがとう。キイ」
ぐいっとお茶を口に含んだ所で、ブ―――ッとお茶を吹いた。
「ちぃ! やるな、片山優斗め! 毒入りと知っての事か! また殺してやるから覚えてろ! クックク、ふはははははは!」
キイはスッと闇へと消えた。休戦してからちょうど五分過ぎた所だ。
僕はまた、殺される所だった……
僕の勢いよく吹いたお茶は、アオの顔面に命中し野獣のような眼で睨んでいる。
「ごめん、アオ……悪気はなかったんだ。ごめんね」
「……寝てるところを……邪魔しないで……」
淡々と喋りアオは怒ることもなく、顔を拭くとまた寝そべった。
僕が戸惑っていると、突如、クロの声が響いた。
「オペ子ー!」
「なんですか? クロ司令」
「ミドリのロールアウトはまだかの?」
「もう、完成してます。お披露目しましょうか?」
「そうじゃの! やってくれ!」
「了解しました。ミドリ起動までカウントダウン、五、四、三、二、一、起動!」
ブーンと音がなると、部屋の中央辺りの床が開き、シューシューと煙が立ち込み始め、何か上がってきた。
それは、緑色の物体。とても丸く、ペンギンのようで、犬でもなく猫でもない。とても奇妙な物体だった。両耳はちょうちょ結びされていて、つぶらな瞳が印象的だ。
「おい、ミドリ。どうじゃ?気分は」
「……………………」
「ぬ、こいつ、喋らんぞ? どうなっとるんじゃ!」
「クロ司令。今のミドリは赤子同然です。まだプロトタイプです。これからですよ」
「なるほど、ま、仕方ないの。ん? ……優斗。何やっとるんじゃ!」
僕は気がつくと、ミドリへ抱きついていた。
「うわあ! 可愛い! 可愛いよ!」
丸く、ぬいぐるみのような風貌に魅せられ、僕は虜となった。モフモフして、さわり心地は最高! ミドリがいるなら僕はダークマター軍でも構わない! はあ……本当に可愛い!
―――これが、誰にも言えない僕の初恋だった。
「やれやれ……糞ガキがエロガキと化したか。どうしたものかのう」
「司令、いいじゃありませんか。優斗さんも楽しそうですし」
「ふむ……そうじゃ、優斗よ。今朝、殺されかけたそうじゃの?」
突然のクロの言葉に僕は驚く。確かに殺されかけたけど、やったのはキイだ……。
「……なんで知ってるの?」
「ヘリで監視しとったけえの。うむ、優斗よ。ミドリを護衛につけちゃる。寝起きを共にするがええ!」
「それ本当? やった―――! ミドリ! 僕と一緒に帰ろう!」
こうして、優斗は正式にダークマター軍に入隊した―――