第三話 学 校 を 死 守 せ よ
『おお、よう来たのう! 入ってええぞー』
ドアの中から子供のような無邪気な声が聞こえ、僕は拍子抜けした。
躊躇せずドアノブを回し、中に入る。
そこは少し薄暗く、広々とした空間が広がり、その奥に中世の王様が座ってそうな玉座が置かれていた。部屋の左側を確認すると、漫画に出てきそうなモニターだらけの機械が置かれている。そこに黒子の女生徒が椅子に一人座っていて、僕を見ると立ち上がり、
「おはようございます。片山優斗さん。司令は……今、ブンドド中なので、もうしばらくお待ち下さい。私の名前はオペ子と申します。ダークマター軍のオペレーターです」
……ブンドド中? さっきの声はこの人じゃない。多分、その司令ってヤツが悪の親玉に違いない。他にも沢山疑問があるけど、ここは後回しだ。絶対に許さないぞ!
部屋の右側を確認すると、棚に大量の書物が置かれ、大きなテレビとゲーム機、その横に玩具が大量に飾られていた。高級そうな絨毯の上には玩具や本が散乱して、その中に小さな子供の遊んでいる姿が見える。
「チューン! ドドーン! ぬわあああ! ……やらせはせん! ……おお! 援軍じゃ、助かったぞ! おりゃ~サーベルじゃあ! ビシュン! な、なんじゃと! 分離しおった! ズガーン! ぬはははは! 援軍が来たとは言え、ワシに勝てると思っちょるんか! スーパーメガトンキャノン砲! 秒読み五秒前! 五、四、三、ニ、一、発射!! うわああああああぁあぁあああ! ぬははははは! 援軍など恐るに足りんわ! ダルガムは宇宙の塵となった! 世界はワジのものじゃ! ……よし、素晴らしい最終回じゃったのう」
女の子がロボットのオモチャで遊んでいて、僕は少し和む。
……この声、ドアに入る前に聞いたような……でもこの女の子、髪の毛がぴょんぴょん跳ねてるし、服装が全身黒づくめで両肩に肩パットしているし、とても変な女の子だ。
「悪は……潰えた!」
一言発すると女の子は立ち上がり、無言で玉座によじ登り、座ると足を組んだ。
「グハハハ、ワシがダークマター軍! 総司令官、クロワッテス・メディカリスじゃ!」
手を前へ突き出し、総司令官とやらの大声が部屋の中にこだまする。
「地球を救う戦士よ! よう来たのう! そうじゃ、ワシのことは略してクロと呼んでええけえの。きさまのような糞ガキは、名前を覚えるのも困難じゃろう」
なんだ、この失礼な子供は! こいつが司令官?冗談だろ?
「おい!おまえが悪の親玉か? このふざけた世界を戻せ! 僕を騙して、絶対許さないからな! それと、ガキなんて呼ばれる筋合いはないよ! おまえの方がガキだろ!」
―――女の子は不敵に笑みを浮かべる。
「まったく、糞ガキが……ワシはのう……17歳じゃああああぁぁぁぁあああ!!」
あまりの大音声に僕は怯んだ。
「ワシはおまえより、遥かに年上じゃけえの。ワシの言う事は絶対じゃ。反論は許さんけえ。それと、世界を戻せとな。ここが現実じゃ! ボケてるのは優斗、おまえ方じゃ!」
年上……子供にしか見えないじゃないか! ここが現実?なわけないじゃないか! 映画の世界だろ! こいつ絶対、嘘ついてる!
「おまえ! ……いや、クロ! ここが現実だなんて嘘だ! 説明してよ! ここが現実だって事を! 映画の撮影か何かだろ?」
「……よかろう。優斗よ。おまえ、過去の記憶を思い出してみい」
「えっ……?」
まさか―――過去の記憶が、プロテクトが施されているように思い出せない。
……嘘だ。なんでさ……そうだ!友達は覚えてる! これは間違いないよ!
「覚えてるよ! 南川に藤宮! それに佐竹! 友達だ! それに……それに……」
「過去は、覚えておらんのじゃろう?仕方ないのう……話しちゃろうか。昔々、あるところに、片山優斗という少年がおったそうな。それはそれは糞ガキで、近所ではしゃぎ回って暴れておった。……ある時、優斗少年は車にひかれ、記憶の一部をなくしてしまったそうな。おしまいじゃ!」
「……嘘をつくな!母さんに聞けばすべてわかるんだ!」
「ほお……聞いてみい、事実は変わらんしの」
……これでハッキリとするはずだ。僕が記憶喪失だなんて、冗談じゃないよ!
「……あ、もしもし? 母さん? あのね、僕、記憶喪失なの?」
―――本当だった。クロの説明通り車にひかれ、記憶喪失で……ここが現実だって?
僕は……放心状態で力なくその場に座り込んだ。
「現実を受け入れよ! 優斗よ!おまえはおいしい役じゃのう。マンガやアニメじゃと記憶喪失は鉄板じゃからの! しかも、おまえは『地球を救う戦士』じゃ。こんなうまい話なかろう!」
「クロ司令、少女漫画での男の鉄板はスーパーボーイでイケメンで、ブレないお金持ちが鉄板です。記憶喪失は話が進んでからです」
「う、うむ……オペ子よ。ワシらが話している間、少女漫画を読むのはやめえ」
「いいじゃないですか。私の唯一の趣味です。司令だってブンドドしますよね?」
「ブンドドはワシの最大の娯楽じゃ!これがなければ、ワシの威厳が保たれん!」
「それと同じですよ。謎の敵も監視も怠ってませんよ。問題はありません」
「グ……ぬあ! ぬあああぁんと!! 忘れちょった……! 謎の敵じゃ! やってしもうた。優斗よ! 少し待っておれ!」
クロは玉座の後ろでダンボールをあさり始めた。
その光景に僕はため息をつき、これまでの出来事をまとめてみた。
……地球を救う戦士。黒子の生徒たち。どう見ても子供にしか見えない司令官。
優斗、冷静に考えるんだ! これが現実で、僕が記憶喪失で……
「駄目だ! 考えがまとまらないよお~!」
優斗は現実が受け止められず、頭を抱え苦悩する。
「うるさいのう! ……おお、こんな所にあったんか! 18分の1スケール、スコープキャット!むう、カッコいいのう。カッコいいのう……ん?この下に……おおお!あったわ」
クロは黒いマントを身に付け、玉座にスタっと片足を置き、僕に向けて言い放つ。
「よいか! 優斗よ! この学校に謎の敵が攻めてくる! それを倒し、学校を防衛する事がワシらに与えられた任務じゃ!」
クロは、バッとマントを翻し、大音声で言い放つ。
「全力で―――学校を死守せよ!!」
は? ―――学校を死守? しないよ! するわけないだろ!