第二十一話 再 生 と 未 来
―――稜徳中学校地下99階。
暗く、静寂に満ちた部屋に足音だけがこだまする。
優斗は黒く光沢のある巨大なロボットの前で立ちすくんだ。
「どうやって乗るんだろう? ……早く、早く行かないと!」
ロボットの足元に、何か起動させるスイッチがないか手探りで探す……一周した所で焦りが苛立ちに変わる。
「この…! 乗せろってば!!」
ロボットの足ををガンッと蹴り上げると、電流のように足に痛みが走る。
その瞬間―――
[やってくれましたね]
「うわっ! なんだあぁぁ!?」
地下内のどこからか野太い声が響き渡り、優斗はフワリと浮かび上がる。そのままロボットの腹部付近まで行くと、小部屋へと吸い込まれ、勢い良く頭をぶつける。
「痛っ…! はあ…? なんだこれ?」
機械……なんてものはない。閉鎖的な空間に椅子だけがある。人ひとり、入れるくらいの狭さだ。優斗は態勢を立て直すと、その椅子へと座った。
「これで……動くのかな?」
ブブブと鈍い音がするとシャコン、シャコンと両手両足を固定、頭にヘルメットのような物が被せられ、目の前が真っ暗になる。突然の事に、動揺を隠し切し切れない。
「あの時と同じトラップ!? ……どうなってるの?」
すると突然、視界が開け、暗がりの部屋が目の前に映し出される。
[お久しぶりです。片山優斗。いえ。マスター]
「え? ……誰?」
[私は、西暦2182年バンダイエレクトロニクス社製、対隕石人型兵器DMーLMダモスウェルです。先ほど、私の足を蹴りましたね? 怒ってます]
「ああ、うん、悪かったよ…ダモス…ウェル。そうだ…大変なんだ!謎の敵が来て、DM軍、みんなやられちゃって! 力を貸してよ!」
[私は、巨大隕石を破壊する為、生まれて来ました。しかし、戦闘となると圧倒的な力で敵を殲滅する形になりますが。宜しいでしょうか?]
「は……ちょっと待って……いま…2182年って言わなかった!?」
[言いましたが、なにか?]
「冗談でしょ? 今…西暦2009年だよ?」
[私は冗談なんて言いません。頭がおかしいのはあなたです。私の方が間違っていると言うのですか? 侵害です。侮辱です。訴えます]
「悪かったよ、ダモスウェル……。あとで詳しく教えて。そう! 早く地上へ出ないといけないんだ! 操作とかマニュアルとかないの?」
[ございません。あなたの思考と選択のみで私は動きます。最善の選択を望みます]
「わかった……じゃあ、今から地上へ出たいんだけど」
[二通りあります。このまま無理やり地上へ出る、ハッチを開け地上へ出る。前者は学校が完全に破壊されます。地下の上部は学校の中心部です]
「え……だったら、ハッチで頼むよ」
[了解。システムと繋ぎます]
……目の前にオペ子が見える。て……オペ子!?
『優斗さん!?』
「オペ子!逃げてなかったの!?ごめん……お願いがあるんだ!学校の中央ハッチを開けて欲しい。それが終わったら、早く逃げて!」
『了解しました。でも…私は逃げません!優斗さんと同じで、最後まで戦います! ハッチフルオープンまであと三分!』
「オペ子……うん! 現在の状況伝えて!」
『現在クロ、白い天使と交戦中!こちらが押してます!』
―――上空。
「グハハハハ!! その程度かの? 暗黒物質を凝縮させ、実体化した暗黒ブレードの威力! ワシは無敵じゃ! シロ、観念せえや!!」
シロは驚いた様子もなく無表情で答える。
「フフフ……肩のアーマーと剣が一つ、飛ばされましたか。前回の戦いより、面白いですね。しかしクロ姉さん。我々の技術も進化しているのですよ」
剣を天にかざし「さようなら、姉さん」と、シロは剣を振り下ろした。
「月稟魔導雷―――」
空から白い稲光が、瞬時にクロへと落ちる。
クロは暗黒ブレードを振り下ろすと、稲光は四方へと飛び散り拡散して消えた。
「グハハハハ!! 無駄じゃと……」
「さよならと言ったはずですよ」
シロはクロの懐へ入り、胸元へと掌底を入れると白いオーラがクロを包む。
「ぬあ!……なん…じゃと……こやつ…これでキイも…ミドリも……」
「ご名答です。暗黒エネルギー、頂きました」
全身から黒いオーラが消え、そのまま力なくクロは海上へと落下し、海へと消えた。
海を見つめるシロは、全世界へと声を響かせる。
「……2009年の全人類よ。我が名はシロウェイル・クロワッテス。西暦2182年の月面より、本来の地球を戻すために来ました。今こそ思い出すのです。あなた達が未来に生き、存在していた事を―――」
―――ダモスウェル内。
『優斗さん! クロ司令が! 司令が……』
「オペ子、落ち着いて! クロが……うっ……なんだ?」
『頭の中に女性の言葉が響きますね…なんでしょうか?』
「そうだね……本来の地球とか、僕にもよく分からないよ」
[マスター。もうすぐ地上です。行動選択。腕を組みますか?組みませんか?]
「……ダモスウェル、何いってんだ!そんな事、別にどうでもいいよ!」
[これは最重要項目です。拒否は許されません]
「……なんで腕組みしなきゃいけないの?」
[もちろん、カッコイイからです。鉄板です。選択をお願いします]
なんだこいつ、面倒だな……ダモスウェル、誰かに似てる……。
「……いいよ。腕を組んで行こう!」
[了解。腕を組みます。私のテンションが上がってきてます。同時にエンジン始動、背部のリフター開放。いつでも行けます]
「よし、行こう! ダモスウェル! ……オペ子! 今からDM軍を助ける!」
『優斗さん、頼みます……必ず帰ってきて下さい!』
ズズズズズと学校が割れ、巨大ロボット、ダモスウェルが姿を現す。
オペ子もその大きさに唖然とし、言葉を無くす。
[緊急コール。足元周辺に生命反応。カメラズームします]
「あ……えっ? …藤宮と南川!?」
二人が倒れている映像に優斗は困惑する。
「早く二人を安全な場所へ! お願い!」
[敵を前にして自殺行為です。敵を殲滅し…]
「そんなのどうでもいい! 早く助けるんだ!」
[了解。救出します。指先より小型マニピュレーターを出し、安全な場所へと運びます]
―――上空。
ダモスウェルの登場に、シロは驚愕していた。
「……何故…ダモスウェルが。あれは我々、地球の兵器……。この地球にあるはずが……とすれば、パイロットは片山優斗。もし本物であれば、我々に勝算はないかもしれません。しかし、私の目的は片山優斗の確保。ダモスウェルが敵となるならば駆逐しましょう」
シロは円盤型飛行船テリオレアと、学校への侵攻を再開した。
一方、稜徳中学校で、二人の救助を終えたダモスウェルが、優斗に注意を促す。
[マスター。敵機は友軍です。敵ではありません。私たちと同じ、人類です]
「それでも……僕は、DM軍を助けたいんだ!」
[これは単なる警告です。あなたの指示なら従います。殲滅のご命令を]
「殲滅せずにDM軍を助ける事、出来ない?」
[不可能です。殲滅以外、選択肢はありません。ご命令を]
「いいから…手加減して戦ってくれよ……」
[私の殲滅戦理論に反しています。……思考タイムアウト。プログラム自動修正。認証。戦術を規制緩和します。ある程度は容認出来るようになりました。ご命令を]
「よし、ダモスウェル!戦ってみんなを助けるんだ!」
[了解。発進します]
腕組みをしたダモスウェルは、背中にある大きな筒状のタンクが、花が開くように割れる。その芯が螺旋状に緑光が広がり、空中へと舞い上がった。
[戦闘開始します。予定戦闘終了時間15分です。しばらくお待ち下さい]
―――やはり、あれは地球軍ダモスウェル。世界を救う兵器。手加減をする余裕はない。
学校防衛ラインへと侵入したシロは、テリオレアへと指示を出す。
「ラクラトンをあるだけ出撃させなさい。敵は手強い。今までのようには行きません」
白い三角すいの形をした戦闘機が、円盤から無数に飛び出す。少しすると空には白い戦闘機で埋め尽くされた。
「攻撃を開始しなさい。パイロットさえ無事ならば、破壊しても構いません」
戦闘機の先端から白いレーザーが一斉乱射される。だが、攻撃はダモスウェルへ命中せず、空中へと弾き返された。
「テリオレア。出力最大でグラフェン砲を打ちなさい」
優斗は敵の攻撃に一瞬目を閉じた。そして―――自分が生きている事を確認する。
「ダモスウェル……今、何やったの?」
[暗黒エネルギーを反転し、バリアを張り攻撃を阻止しました。カッコいいでしょう?今度は、こちらから行かせて頂きます。雑魚をロックオン。ダークグラビトンレーザー照射準備。照射します]
大量の黒いレーザーが飛び出し、敵は一瞬にして消え、空中に沢山の黒球が広がる。
「は……すごい…けど……やり過ぎだよ! 手加減してって言ったよね!」
[失礼ですね。手加減はしました。敵戦艦と指揮官は存命しています。正直、遺憾です]
「……悪かったよ。なんとか敵を追っ払ってくれない?」
[私はカッコいい。敵を大量粉砕。素晴らしい]
こいつ……まったく聞いてない。
「ダモスウェルはカッコいい! だからさ、あの円盤なんとかしてよ!」
[なんとかしましょう。敵、ホワイトマターエネルギー増大中。危険シグナル発生。バリア貫通可能性大。亜空間移動開始]
一瞬だった―――優斗の「え?」と発言した同時には上空へと飛翔し、下方には巨大な円盤の中心部から、黒煙が吹き出している。
[勝負は決まりました。マスター。敵を殲滅しますか? 私は殲滅をオススメします]
「いや、やめとくよ……結局、いま何が起こったの?」
[説明しましょう。亜空間移動し、敵の下部へと入り込み、必殺技、ギャラクシーシャオリュウケンで中央部を破壊しました。結果。敵は沈黙。あとは殲滅するだけです]
―――テリオレアが。
シロは空を舞う、ダモスウェルの圧倒的な戦力差に戦々恐々とする。一体のロボットが戦況を覆したのだ。
西暦2182年より造られた人類の英知の結晶、ダモスウェルがこれほどまでの力を持っているとは、シロには予期しない出来事であった。
シロは顔を歪め「この程度……」と剣を構えつぶやくと、
……シロ……シロ…僕たちの負けだ……
「兄さん……!?」
……まさか…ダモスウェルが、この地球に健在とはね…シロ……今の僕たちには勝ち目がない…テリオレアを回収し、戦線を離脱したまえ……いいね……
「兄さん!私はまだやれます。あと、少しなのです」
……無理だね……この劣勢状況で勝機はないよ……また、クロに地球を破壊されるのは遺憾だがね……
「……分かりました。シロ、テリオレア、撤退します」
聞き分けのいい妹で嬉しいよ……早く帰っておいで……
―――ダモスウェル内。
[敵が撤退しました。マスター。私は殲滅を推奨していたはずです。後で必ず…]
「ダモスウェル!そんな事はどうでもいいんだ!早くみんなを助けなきゃ!」
[了解しました。ダモススコープと暗黒エネルギー探知を行います。同時に右胸部の弾倉をバージし、格納庫にしました。DM軍、回収を開始します]
ダモスウェルは海中に潜り、慎重にDM軍を探す。微量な点滅を繰り返すモニターが現れ、優斗も一緒に探した。しかし、先の戦闘の破片などが暗黒エネルギーを発し、救出は困難を極めた。
[マスター。捜索難航。現在より、精神照射探知に切り替えます。DM軍の容姿、想い、記憶を思い浮かべ、集中してください]
「わかった。それで見つかるなら、やってみるよ」
―――僕はそっと目を閉じ集中する―――
みんなの顔。容姿。声。そして一緒に過ごした日々。僕の中にある彼女たちの姿―――
「見つけた! モモとアオだ……! ダモスウェル!」
[スコープ確認。浮上します]
ダモスウェルは急速浮上し、海上に浮かぶイカロスの破片に捕まっている二人を発見した。久しぶりの再会に優斗は胸を撫で下ろす。
[DM軍二名、格納庫へ回収完了。再び潜水します]
「ちょ、ちょっと待って! 二人の容体は?」
しばらくダモスウェルは海上で静止し、少し間を開けると、
[現在の指示はDM軍の『回収』です。最優先事項とさせて頂きます]
「回収ってなんだよ! 救出だろ……二人の容体はどうなってるんだ!」
[暗黒エネルギー微量。生死不明。潜水を開始します]
「……お前って、本当に機械的だよな」
[よくマスターに言われます。精神照射範囲拡大。集中をお願いします]
潜水してから何分経っただろうか……。焦燥感とは裏腹に時間だけが過ぎていく。
モモとアオの容体が気がかりとなり、集中を阻害する。
優斗の集中力は途切れがちになっていた。
[集中力が乱れています。このままではDM軍は探せません]
「うるさい! わかってるよ! この…ダメロボ!」
[私がダメロボですか。侵害です。侮辱です。訴えます]
このロボット……クロそっくりだ。面倒くさいな……はは。
こわばった身体の力を抜き、息を整える。すると……キイの姿が脳裏に浮かぶ。
[スコープ確認。回収します]
キイは海中を漂っていた。ダモスウェルがキイを回収し、生死不明と告げる。
……海中に漂うキイの姿が目に焼きつき、胸が痛み涙が溢れ出す。
「嘘だろ。勘弁してよ……冗談だろ……」
その時―――
(こりゃぁー! 優斗、なに泣きよるんな! はよ探せえや! ワシが丸く収めちゃるけ! 全力でワシを見つけえ! 話はそれからじゃけえの)
「えっ!? クロっ? ……クロの…声が聞こえた……」
[私も受信しました。捜索再開します。マスター。集中して下さい]
クロの声に安堵し、優斗は意識を持ち直す。
「わかった……ん? …急に目の前が真っ暗になったけど……壊れたの?」
[マスターの意識が乱れます。これより、映像モニターをOFFにしました。集中をお願いします]
優斗は深呼吸をすると、意識を深く集中し、全神経を研ぎ澄ませる―――
―――いた! クロだ!
[スコープ確認。回収しました。生死不明]
「……ダモスウェル、クロは無事?」
[生死不明。忠告。集中して下さい]
……多分、ダモスウェルは『生死不明』としか言えないのだろう。今まで生死を判定出来ていない。すべてにおいて、万能とは言い難いようだ。
―――という事は、DM軍が生きていても不思議じゃない。
絶望を希望に置き換え、優斗はミドリを捜索する。
「何も見えない……見つからない! ダモスウェル! 何故だ!!」
[集中力照射最大値を差しています。問題ありません]
ずっと……ずっと僕と一緒に居たミドリの存在が見えない。どういう事だ……? 一番最初に発見してもおかしくないのに……ちくしょう。
[原因検索……目標が暗黒エネルギーを出していない。精神照射を受け付けていない。既に完全に消滅している。の三点です]
「うるさい! そんなはずないよ! ミドリは……ミドリは生きてる!」
[精神照射モードを熱探知に切り替えますか?]
僕はダモスウェルの言葉に返答をしなかった。ぼんやりとミドリが海の底で沈んでいる姿が頭に浮かぶ。何故だかわからない。だけど、僕はミドリは生きてると感じた。根拠もなく確信も持てないけど……ミドリが呼んでいる―――
「ダモスウェル……このヘルメットみたいなの取ってよ」
[BCIをですか?無謀です。理解不能。断固拒否します]
「そう……じゃ、僕が勝手に外すよ?」
[承認。一時インターフェイスを開放します。現在より私の操作に制限が付きます]
「動けばなんでもいいよ。もう少し右に行って」
[マスターは外が見えないはずです。理解不能]
「いいから、そのまま真っ直ぐ」
[理解不能。理解不能。理解不能]
「ダモスウェルは黙ってて! そこ、少し斜め右。そうそう! ……居た!ミドリだあぁ!」
[―――外部モニター確認。回収します。理解不能。理解不能]
「はあああぁ。よかったあ~……ダモスウェル! 今から学校へ戻る!」
[了解。BCI装着。浮上します]
「ダモスウェル! 司令室に通信開いて!」
[了解。システムにつなぎます]
「オペ子! オペ子! ……聞こえる!?」
『……優斗さん! 無事でよかった……聞こえてます!』
「DM軍を全員救出した! いまから学校へ帰るよ! 救護班お願い!」
『……優斗さん、実は……黒子軍、全員重体です。救護班は病院へ運ばれました』
「え…それじゃ……他の病院に……」
『それは……DM軍は特殊な身体です。通常の医療機関での治療は難しい…です』
「オペ子……わかった…ありがとう……」
『はい…待ってます……それでは』
オペ子の映ったモニターが消える。
……そんな、DM軍の治療が出来ないなんて……。何か、なにかあるはずだ。考えるんだ。そうだ……ダモスウェルでDM軍の治療出来る人を探せないか?
「ダモスウェル。DM軍の治療出来る人知らない?」
[解析出ました。DM軍の中に居ます]
「DM軍の…中……?」
[学校上空到着。着地します]
「あ、そうだ。南川や藤宮の居る所に……」
[了解]
ズシンとダモスウェルは学校の裏庭に着地した。右胸部を開き、DM軍をマニピュレーターを使い、優しく地面へと並べる。先に救出した南川、藤宮も見える。
「ダモスウェル、ありがとう。僕もコクピットから降りるよ」
スッと視界が開け、ゆっくりと体が浮き上がり、地面へ降り立った。
優斗は……いま見ている情景が、すべて嘘だと認識し始めていた。さっきまで元気だったクロ、キイ、ミドリ、アオ、モモ、南川、藤宮……いまは誰一人として動きはしない。
『これは、現実ではない』
『これは、真実ではない』
『これは、認めない』
『これは、夢だ』
『ああ……これは、ゆめ……ゆめなんだ……』
「優斗さん!!」
息を切らしながら走って来た、オペ子が叫ぶ。
「急いで皆さんをを運びましょう! ヘリも、用…意……?」
生気のない優斗の形相に愕然とする。何を話しても返答はない。すべてにおいて正常な状態ではない……。
「優斗さん! しっかりして下さい! 優斗さん、痛いですよ? ……オペ子!パンチ!!」
オペ子の全力の右ストレートに、優斗は地面へと倒れる。
「う…ぐっ……オ……ペ子?」
「はいっ! オペ子です! 優斗さん、お目覚めですか?」
「あ……そうだ! みんなを!」
「運びましょう! 第四支部の救護室が無事だったんです。そこへ行きましょう!」
「よかった……急ごう!」
優斗は立ち上がると、辺りを確認する。すると、微かな声が聞こえた。
「……う……優斗……?」
「南川!喋ったら、駄目だ!」
「……死ぬ……前に…藤宮に伝えて…くれ。あいつの事……好きだって…」
ガクッと南川の頭が下がり、目を閉じた。
「南川!目を開けてよ! こんな時に告って……冗談はやめてよ!」
すると、優斗の腕に優子の手が添えられる。
「片山……絶対に嫌。死んでも嫌だって……バカ菌に伝えて。……あはは、ミドリたんと片山がいるじゃん……願い…叶っちゃった…またね…片山……」
優子の身体から力が抜け、落ちそうになる手を、しっかりと優斗は握る。
「……なんだよ。二人とも…告って振ってさ……それどころじゃないだろ……いま、助けるから……」
優斗は涙が止まらない。視界がぼやけて南川と藤宮の顔が歪んでいく。
「―――助けんでええ!!」
聞き慣れた声に、優斗は後ろを振り返ると仰天する。
小さな背丈。黒々としたもっさりとした髪の毛。丸く意地悪そうな顔がそこにあった。
「―――クロっ!?」
「問答無用じゃああああぁ―――!!」
え……僕の……身体から……白と黒が混ざり合う丸い石が……出て、浮いている?
なんだ……これ?……意味が分からない。どういう事?
そのまま、電池が切れたように視界が暗転した―――
暗い―――
深い、闇の中―――
唐突に色彩溢れるクリアなビジョンが映し出される
―――僕の記憶が溢れ出す―――
―そうだ。
――僕は。
―――地球を。
――――救えなかったんだ。
「オペ子! バックアップ班の様子は!?」
『……だいじ……ぶです!黒子……も万全……』
「やっぱ、宇宙だとノイズが入るなあ……ダモスウェル。なんとかならない?」
[衛星受信を強化しました。これで聞こえるはずです]
『優斗さん、DM軍も万全ですよ! 全力で隕石を阻止して下さい!』
「了解! 頑張るよ!」
そこで記憶が途切れ、身体の感覚が無くなる―――
「う……ダモスウェル……隕石は……?」
[隕石は地球へと落下しています。マスターの心拍数低下。身体に致命傷あり。救助要請を出しました。私も60%破損しています。作戦、失敗です]
身体が……動かない。口の中に血の味がする。このまま……このまま黙って地球が滅びるのを見ているだけなのか……。
隕石が地球へと落ちていく……地球が滅びるのもあと数分だろう。
……何が、地球を救う戦士だ……。
もう…地球は終わりじゃないか。
何もかも僕のせいだ―――みんな……ごめん。
「―――謝るのは早いけえの」
「えっ? ……クロ?」
絶望感からスッと気持ちが軽くなり、目の前がまた暗転した。
暗闇の中にぽつんとクロが玩具で遊んでいる。
「……クロ。今回は酷すぎるよ。DM軍全滅なんてさ……その前も酷かったけど」
「ビュ~ン! ドドド! ……まあのう。全員死亡フラグ立てたけえの。今回はハーレムENDにしようかと思ったんじゃが、BADENDになってしもうたわ。ドーン!……前回はどうじゃったかいの?」
「前回は僕にゲームで負けてさ……クロが逆上して、地球を滅ぼしたんだよ」
「おお、そうじゃったかいの! グハハハ、その時はダークマターが十分あったけえ。じゃが……今回はやばかったのう。監督、演出、シナリオはすべてワシじゃが、シロのせいで計画が台無しじゃ! あやつ……本気で地球を滅ぼしに来おった!」
「シロさんは……そんなに悪い人じゃないよ」
「優斗よ。そんな事じゃから、おまえは記憶操作せにゃいけんのじゃ! だから、2182年の未来の人類に、付け込まれる事になったんじゃ!」
「……それで、また……僕の記憶を消すの?」
「まあの……じゃが、ダモスウェルの記憶は残しておくけ。今回の件で戦力は整えておかねばならん。優斗よ。記憶の方は全部戻ったかの?」
「あ……うん。ぼんやりとだけどね。僕は西暦2168年8月8日生まれ。グレーマターを拾って、DM軍に強制入隊。ダモスウェルを動かせるのは僕だけ。『地球を救う戦士』と呼ばれる。あと…地球を……救えなかった……ええと……あとなんだっけ……」
「もう一つの呼び名が『ダモスウェルを駆る者』じゃ。優斗の記憶の通り、おまえは地球を救えなかった。しかし、隕石衝突寸前、ワシがダークマターにより地球を封じ込めた。結果的に滅ぼした事になるかの」
クロは玩具で遊ぶのをやめ、ニヤリと笑う。
「そして―――ワシが集めたダークマターを使用し、地球も大地も人も復活した。じゃが……後遺症と言っていいかのう?西暦1971年の過去へと戻ってしもうた。何故だかワシにもわからん……何度この話をしたかの?五回目か?」
「……僕もそこまで覚えてないよ。別にビックリもしないし。そんな事よりさ、僕に嘘をついただろ、クロ」
「嘘はついとるよ? 当たり前じゃろうが。安心せえ、WSP、ダークマター軍の歴史は本当じゃけえ。あとは嘘じゃけえの」
クロの無邪気な笑顔が僕を苛つかせる。結局、どこから嘘なのかわからなくなる。
「それでは本題に入るけえ……未来人類の理論は優斗のグレーマターを使用する事により、地球は西暦2182年へと戻る……という何の根拠もない説じゃ。未来人類が住んでおる月面都市、その周辺に浮かぶ宇宙ステーションは西暦2182年のまま止まっとる。優斗。この意味がわかるかいの?」
「僕たちの地球も……今は西暦2009年で止まっている……って事だろ?」
「まあ……時が止まっているは正解じゃ。宇宙では西暦2182年。隕石落下により地球を封じ込め、西暦1971年へと移動した地球。現在の地球は西暦2009年。ワシらは未来へと着実に進んでおるんじゃ! どうじゃ! ビックリしたであろう! グハハハ!」
「……いや、そこは記憶あるからさ……地球を滅ぼすたびに西暦が変わるんだろ?」
「なんや…つまらんのう。ま、そういう事じゃけ。ワシの持論を聞かせよう。地球を破壊、再生を続け、西暦2182年まで戻る。さすれば、宇宙と本来の地球の時が動き出す、はずじゃ。そして、迫り来る巨大隕石を破壊し、地球滅亡の危機を乗り越える。それがワシらの本当の目的じゃ」
「うん…わかったけど……学校を死守って、関係なくない?」
「そうじゃのう……まず、本当の地球は巨大な風船で包まれとると思え。世界各国にあるダークマター軍支部は、風船の小さな穴を塞ぐ栓という事よ。そこを突かれると今回のように地球が元に戻り始める……そういう事じゃ」
「……だったら、別に戻せばいいんじゃないの?」
「優斗よ……戻せるわけなかろうが。よいか! 現在の地球は時空の狭間におる! その状態で戻れば、それこそ地球が滅亡してしまうわ!」
微妙に眉唾ものだ……でも、現在が西暦2009年という事は間違いない。未来……西暦2182年の記憶もある。あの断片的に見た夢は本当の事だったんだ……。
「現在、滅びつつある地球を正常に戻すには、ダークマターが必要じゃ。その為には世界各地に落ちているダークマターを集めんにゃいけん。じゃが、シロとの戦いで使い果たしてしもうた。そこでじゃ!今回はおまえのグレーマターを借りるけえの!」
「また……地球をリセットするの?」
「グハハハハ!リセットではない!未来へと進むんじゃ!また未来で会おう!優斗よ!」
クロが消え、僕は深い闇に包まれた―――
「クロ司令! なんて事をするんですか! 優斗さんが……!」
倒れた優斗をかばい、オペ子が抱いている。
クロの右手には煌々としたグレーマターが輝いていた。
「オペ子! 安心せえ! これより、地球を破壊し再生する!」
クロは空高く上がると、グレーマターを掲げた。
「グハハハハ!まったく、長たらしい設定を考えよって! めんどくさいわっ!」
「―――クロ司令! 降りてきて下さい! 本気で怒りますよ!」
「む……いかん!さっさと滅ぼさねば……」
「暗黒物質の地球よ……破壊と再生を繰り返し、未来へと進めええええぇ―――!!」
クロが放つ光は―――地球を―――飲み込んだ―――




