第二話 黒 子 の友 達
「おおーい!優斗ー!」
誰かが大声で僕の名前を叫び、手を振りながら走ってくる。
顔だけ黒子の仮面をかぶり、身体にうちの学生服を着た、誰かが僕の方へ向かって来た。
「誰だよ!……ふざけるなよ!」
「俺だよ! オレオレ! 南川だ! わかれよ、それくらい。なに怒ってんだ」
「わかるわけないだろ!なんだよ、その黒子の仮面は!」
「はぁ?俺ら、公務員になったんだぜ?これが公務員たる正装だぜ?おまえはいいよなぁ。黒子じゃねぇし。ほれ、黒子の下は俺の顔」
黒子の顔の布をそっとめくり上げ、友人、南川の顔が覗く。
「ていうか……なぜ黒子……」
「知らねぇよ。俺たちの中学は全員黒子だぜ? 公務員のたしなみってやつだ。優斗、おまえ覚えてねぇの?」
黒子の面で南川の表情はわからない。多分、ドヤ顔で語ってるのだろう。
そういえば、学校に近づくに連れて、黒子の生徒が多くなってきた……って、異常だろ! 冗談じゃない! 全員黒子? 何事だよ!?
「……南川、僕を騙してないよね? 演劇やドラマの撮影じゃないの?」
「なにを言ってるんだ、優斗。騙すわけないだろ。でも、俺のイケメン顔が隠れてしまうのは実に惜しいぜ」
ヒヒヒと、表情は見えないが南川は笑った。
「別に……イケメン顔じゃないし。ところで、あのさ……公務員ってなに?」
そう、忘れてた。『公務員』というキーワード。今朝の殺し屋にも関係しているに違いない。
「イケメンじゃねぇって? どういう事だよ! このデリシャス☆イケメン☆ボーイ南川を愚弄するとはなぁ!……まぁ、告白とかされた事ねぇけどよ!」
相変わらず話を聞かないやつだ。昔からそうだからなんとも思わないけど。
「悪かったよ。デリシャス、イケメンボーイ、南川。公務員ってどういう事なの?」
「ああ?わかりゃいいんだけどよ。公務員か?俺たち、稜徳中学校自衛隊第二課に所属してんだぜ?それが公務員つーこと。給料も出るしマジすごくね?それでな、第一課が一年生で……」
「いや、もういいよ。わかったから」
稜徳中学校自衛隊……公務員。なるほど、そういう事か。ドラマの撮影にうちの学校が使われてたんだな。僕が世界を守る、生徒が黒子で殺し屋が僕を狙っている。……なんてふざけた設定をするんだ。ついさっき、変質者に襲われたことも演出なのだろう。シャーペンの芯で殺そうとするなんて、頭悪すぎだしね。
学校の校門まで行くと、黒子の生徒たちが普通に登校している。
「バカふたり発見!」
黒子の女子生徒が僕たちに話しかけて来た。服装から女子生徒とわかるが……。
……特徴的な声からして、藤宮優子だろう。
「おいおい!藤宮。バカはないだろう!このセクシー南川がバカなはずはない!」
「あ、でも~片山は『世界を救う戦士』だからバカは脱出かな?」
正直、わけの分からない事とバカと言われ、僕はムスっと頬を膨らませる。
この口の悪い女は中学一年からの友人。一年の時から僕と南川で話をしていると、いつも話に割り込んできた。二年に上がっても同じクラスで……正直うんざりだ。でもまあ、悪いヤツじゃない。勉強も出来るし。
「……藤宮、おはよう。南川、なんで藤宮ってわかったの?」
「あん? おまえ、わかんねぇの? 仕方ねぇな。俺が教えてやるよ」
「片山、このバカ相手しない方がいいよ?バカが感染るし! ほらほら! 片山わかんない? 見えないの~?にゃはは」
「おい!藤宮、俺が優斗に教えてやるつって言ってんのに邪魔すんなよ!」
「あんたは黙ってなさいよ!バカが感染るからさ。片山、黒子の面の予備があるから、これ付けてみなよ」
藤宮に黒子の仮面を手渡され、戸惑いながらかぶってみる。
「あ、ああ! 見える!」
くっきりと藤宮の黒子の布の表面に大きく、二年五組、藤宮優子と浮かび上がった。
「なんだよぉ優斗!そこは、見えるぞ! 私にも見える! だろうが! わかってねぇな」
……別にわからなくてもいいし、どうでもいい。
しかし驚いたね、黒子の仮面に特殊な機能があるとしか思えない。
「ほれ~わかったでしょ? とうっ!」
藤宮がつま先を上げ、僕の頭へと手を掲げるとサッと黒子の仮面を取った。
「おい……これって…間接キスじゃね?」
「はぁ?あんたのバカさに拍車がかかったね。小学生にかえって一から出直しなよ!」
「うっせえ! このちんちくりんが!」
……いつもの光景に僕はほっと胸を撫で下ろす。
今朝から心臓に悪い事ばかりだったから。黒子だとはいえ、人間の性格までは変わってない。でも、南川も藤宮も黒子のままでいると、誰が誰だかわからないな……
「ねえ、お願いがあるんだけど。何か目印つけてくれないかな?黒子かぶってると、僕には誰だかわからないよ……」
「ふうん?そう。ん~……あ! そうだ! 髪飾りがあるから付けてあげる……どお? これであたしだってわかるでしょ? わかる様にしてあげたんだから、ジュースおごりなさいよ」
……相変わらず一言多い。
しかし、とても可愛く、女性らしいデザインの髪飾りだ。黒子の無機質な仮面に花柄の髪飾りが鮮やかに咲きほこっている。遠目から見ても藤宮だってすぐにわかる。
「そんじゃあ、俺は……これだな。エヴァのピンバッジ! 映画館で買ったやつ!優斗の為に付けてやっから! 俺にもジュースおごれよ!」
南川はピンバッジを頭につけると、黒子の布から顔を出し、ニヤリと笑った。
「……わかったよ。今度、ジュースおごるから。二人ともありがとう」
今度は藤宮が顔を出すと、意地悪るそうにニヤニヤと笑う。
それにしても―――周囲の微妙な雰囲気が気掛かりだ。黒子の生徒たちが、僕らを見ているような……というか、僕が見られている錯覚に襲われる。
……不安で押し潰されそうになって、二人に言った。
「ね、ねえ。早く教室に行かない?」
「んあ? 優斗は司令室だろ? 『地球を救う戦士』がなに寝ぼけてんだ。まったく、授業免除なんて羨ましいぜ」
「え、え? どういう事? 地球を救う戦士?」
「片山、司令室の行き方くらいわかるでしょ? 三階の突き当りの部屋! それに、二年五組には片山の席はないからね!」
え?……ちょっと待ってよ! 司令室?なに?
「おい、優斗。なに固まってんだよ! 早く行かないと司令にどやされっぞ?」
「なに? 片山、ビビッてんの? ママがついていきまちょうか?」
なんだよ―――友達の罵倒に、僕は我慢できない。
「うるさいよ! 行ってくればいいんだろ! どうなっても知らないからな!」
……どうなってもって……どうもならないけど。友達に八つ当たりして……なんだよ。
走る。走る―――不確定要素が重なり、脳がパニック状態になる。
考えをまとめられない……僕の精神状態も穏やかではなかった。
階段を駆け上がる途中、黒子の生徒たちが、
「がんばれ」「地球を救ってー!」「応援してるぞ!」「おまえはヒーローだ!」
などと……黒子の生徒に激励され、なんとも滑稽な事になっている。
―――逃げたい、帰りたい、わからない、怖い。
三階まで行くと走ってるのか歩いてるのか、僕はわからなくなっていた。
司令室へたどり着く。稜徳中学校国防省司令室のプレートの文字が霞んで見える。呼吸が乱れ、体中から汗が吹き出す。身体の力が抜けドアの前でへたり込んだ。
……夢にしてはよく出来てるよね。この中にきっと、映画監督が居るはずだ。居たら本気で抗議してやる。バカバカしいにも程があるよ。
早くこのおかしな事態と決別したい。何がどうなってるのかなんてどうでもいい。早く元の生活に戻りたいだけだ……元の…生活……???
僕は―――脈打つ鼓動を押さえ、司令室のドアをノックした。