第十九話 優 斗 疑 心 暗 鬼
―――しまった! 懐中電灯持ってくればよかった……。ブレフォンのライトだけじゃよく見えない。
山道の暗闇で、呼吸を乱しながら立ち止まり、ブレフォンのライトを消すと現在位置を確認する。辺りは虫の鳴き声しか聞こえない。
「なんだ……あと少しじゃないか」
落下地点までそれほど距離はなかった。しかし道はなく、暗闇の草むらをかき分けながら行かなくてはいけない。ブレフォンのライトでは足元が見えず、ゆっくりと暗がりを慎重に進んでいく。
「……あった!」
地面が円形に陥没して、辺りは硫黄のにおいで充満し、パチパチと木の焼ける音がしている。どこをどう見ても、何かが落ちた事は明白であった。
僕は恐々と底へと近づいていく。中心部に何かある……。
それは―――鈍く黒い炎と白い炎が交じり合う、歪な石であった。
「これ……見たこともない石だ……」
その奇妙な石に顔を寄せると、足元がパリッと音がする。慎重に地面を触るとそれは氷のように冷たい。そんな事は些細な事で、好奇心は石へと向けられる。
―――触ってみようかな?もしかして、すごい発見かもしれない。
危険をかえりみず、僕は手を伸ばし石を両手ですくい上げた。
「なんや……おまえも見えるんか?こりゃまいったのう……」
……誰かいる! 声がする方へ顔を向けた。
空に浮かんでいる、黒衣を纏った人物―――
「……クロ!」
「ワシはおまえみたいな糞ガキは知らん! な、なんじゃと! ……その石は!!」
……優斗……ダイジョウブか……優斗……
「あ……」
頬にモフッと柔らかい抱き慣れた感覚が。寝ぼやけた頭が夢だと告げる。
〈優斗。うなされてた。ダイジョウブか?〉
「うん……大丈夫だよ、ミドリ。ちょっと夢見てただけかな」
また…変な夢……でも、なんでクロが……。
「ミドリおはよう。ふぁああああ」
大口を開けて、脳に酸素を送り込み、少し目が覚める。
〈おはよ優斗。学校いくか?まだ時間ある〉
「そうだね……時間があるならブラッシングしてあげるよ。ほら、こっち向いて」
見渡すと部屋が散らかっている。またアオの仕業か……やれやれだなあ。
―――いつもの日常。
この間の敵の攻撃から、既に一カ月経過していた。
変わったと言えば、由美ちゃんの両親が帰ってきて実家に戻った事。それと、ミドリが直り、喋る事が出来るようになった事かな。
そして、僕のプライベートも守られ、穏やかな―――
突如、部屋のドアがバンッと開く。
「片山優斗、メシだ。五分以内に準備しろ。さもないと殺すぞ!」
銃口を構えたキイが傲然と言うと、ドアをバンッと閉めた。
「は……? なんで? なんでっ! キイがいるんだよっ!?」
しばらく呆然としたあと、階段を一気に駆け下りた。
リビングを覗くと……。
「おお、優斗よ。ようきたのう! ママさんのごはんは美味いのう! おまえもはよう食え」
「……ようきた、じゃないよ! クロっ! なんで僕の家にいるのさ! それに…DM軍、全員って聞いてないよ!」
食卓の周りにずらりと並んだクロ、アオ、モモ、キイ、オペ子に唖然とした。
クロは深刻な顔をして「そうじゃの……」と、そっと箸を置く。
「最近のう、ワシは思ったんじゃ。宇宙人、物の怪、許嫁、12人の妹、突然同居成分が足りん……とな」
「どうでもいい! ミドリだけで十分だよ! 着替えてくるから、その間に出て行ってよ!」
僕はドタドタと階段を駆け上がり、部屋へと戻った。
「……クロ司令、だから言ったじゃないですか。迷惑になるからやめましょうって!」
「うむ! オペ子よ! これから学校へ戻るけえの!」
「別に……ここに……住んでも……」
「アオちゃん、ダメだヨ~。さすがに人数が多すぎるヨ」
「クロ様、ヘリの用意が出来ました」
「うむ。ママさん、朝食美味かったけえ! また来るけえの!」
「気を付けてね! 皆さんいってらっしゃーい」
バラバラと上空で音が鳴り響き、ヘリが空中で静止している。DM軍は垂れ下がった縄はしごを上り、学校へと向かった。
「……ふう、やれやれじゃのう!」
「クロ司令、今日の行動は何か意味があったのですか?」
「なんもないよ? オペ子も心配性じゃのう! グハハハハ!」
「……あとで、片山家に贈り物を送っておきますね」
まさか……優斗め。記憶が戻ってきておると言うのか。これ以上、記憶が戻られるとやっかいな事になるのう……。早めに手を打っておく必要があるかもしれん。
いや、もう、その時が来たのか……。
―――藤宮が、ケタケタ笑いながら軽口を叩く。
「あっははは! ホントに? クロちゃん、家に来たの?」
「そうなんだ。朝から洒落になんないよ。今日こそ抗議してやる」
「そうだ! あたしがミドリたんと一緒に住むから、受け入れてあげたら?」
「だ、駄目だよ。ミドリは!」
〈優子。それは無理。優子も好きだ。でも、無理〉
「あーミドリたんにフラれちゃった~しくしく」
スッと黒子の布を上げると、藤宮は白々しく泣き真似をして、ミドリに抱きついた。
「ウッス! 優斗!」
軽く肩を叩かれた僕は、南川に「おはよう」と言った。
「そういえばさー、優斗。おまえ、世界を救う戦士なんじゃねぇの? 謎の敵が来てんのにおまえ戦ってないじゃん? 黒子軍で噂になってんぞ?」
「……えっ?」
「バカだね! あんたはっ! DM軍には片山が必要なんだよ! あんたこそ役に立ってないじゃんか!」
ガツン! 藤宮の蹴りが弁慶の泣き所にクリーンヒットし、南川は地面に転がり回る。
「ぐあああぁ! いってーな! このチビ、ふざけんなよ!!」
「ちょ、ちょっとやめて! 二人とも!」
〈ケンカだめ。だめ。仲良く。仲良く〉
ミドリの言葉にその場は収まった……でも、僕は。
―――僕は『地球を救う戦士』という事になってる。実際、地球どころか誰も救ってはいない。謎の敵はDM軍の活躍により、地球は守られた……。どういう事だろう?
それに僕に敵なんていない。ミドリやキイをわざわざ護衛に付けるなんておかしい。
結果的に、僕は守られている立場になっている。
―――きさまは死んではならん。
……たしか、クロはそう言った。
逆に例えるなら、僕が死ぬと何かが起こるという事だ。
だとしたら……『地球を救う戦士』という名前はまったく意味を持たない名称となる。
―――そう、僕が死んだら。
挨拶もせず司令室のドアを開け、急ぎ足でクロの目の前に立つ。
「クロ……教えて欲しい……。地球を救う戦士って、僕の事じゃないんだろ?それに、必要以上に僕を守ってるのはどうして?」
クロは腕組みをし、玉座からゆっくりと立ち上がる。
「ふむ……誰に吹き込まれたかは知らんが……。少し落ち着かんかの?おい、オペ子!お茶じゃー!」
「ご自分で入れてください! ……優斗さん、今日はすみませんでした。明日にでもお詫びに上がりますので」
「あ…うん、オペ子おはよう。気にしなくていいよ……」
クロは「なんでワシが…」と念仏のように愚痴りながら、お茶を入れ始めた。
「ほれ、優斗。こっちへこい。ブンドドしながら聞いちゃるけえの」
「別に…いいけど……」
クロは絨毯へお茶を置くと、オモチャを持ち出し、ギュイーンと叫び出した。僕もオモチャのロボットを持たされ、対戦する事となった。
「おりゃー、光粒子ビーム! ほりゃほりゃ!」
「クロ! そんなにガシガシしたら壊れるよ」
「バンダイ製じゃけえ、壊れりゃせん! ……ほいで地球を救う戦士の事じゃったかの?」
「うん、そうだけど…」
「優斗よ。誰に言われようと、おまえは地球を救う戦士じゃ。安心せえ」
「でも、僕はみんなを救っていない。何もしていない……」
「な~にを言っとるかわからんの~。ワシは地球を救う戦士と言っておろう?なにも人類を救え、などとは言っておりゃせん。誰が死のうが考えるだけ無駄じゃけえの」
「じゃあ……地球を救うってのはどういう事さ?」
「おまえはもう、すでに地球を救っておる!天変地異からの。おまえは英雄じゃ!!」
突拍子のない事を言われ、僕は言葉を失う。
「優斗よ。これから地下へと降りるぞ。そこですべて話しちゃるけえ」
……地球を救ってる? 英雄…? どういう事?
「オペ子よ。優斗としばらく留守にけえ。あとは頼むの」
「……了解しました」
―――長く暗いエレベーターを、クロと地下へと降りてゆく。
「優斗よ。1999年にダークマター軍は設立されておる……何故じゃと思う?」
「……設立されたのは知ってるけど、謎の敵を倒す為じゃないの?」
「ではのう、少し昔話をしようかのう。1971年、世界政府は近い未来、巨大隕石が地球へ衝突する事を予測しておったんじゃ。世界政府はその事実を隠蔽するため、WSP、ワールド・シークレット・プロジェクト、WSPを全世界各地に発足させた。表向きの名は、ワールド・セイフティ・ポリス。つまり国際警察組織の一つとされ、裏では巨大隕石衝突を防ぐ、研究組織というわけじゃ」
僕は黙ってクロの話しを静かに聞く……聞く事しか出来ない。
「そして、巨大隕石衝突の事実は、世界政府の思惑通り、WSPによって隠蔽された。そりゃ、発表したら世界中で暴動が起こるからのう。しかし、いくら研究しても人類に勝算などなかったわ。ところが、1985年に暗黒物質が発見された。目に見えぬ物質が放つ暗黒エネルギーは人間、地球、宇宙すべてを司る事がわかった。これを利用し、人類は巨大隕石回避の手段を見出したんじゃ」
「つまり……どういう事?」
「まあ、あせるでない。暗黒物質により暗黒エネルギーを得た人類は、ある物を建造し始めた……ところがじゃ、1998年、謎の敵により世界各地のWSPは襲撃される。この事により、人類は窮地に追い込まれるが、謎の敵は破壊行動を終えると消えてしもうた。WSPは一年後に復旧したが、謎の敵に危機を感じた世界政府は1999年、世界防衛省ダークマター軍と名称を変え、軍事兵器を持つ事になる」
「へえ……だから警察がいなかったり、暗黒エネルギーって不思議な物があるんだ」
「まあそうじゃの。おまえは記憶がないけえ、わからんじゃろうがの。そろそろ99階じゃけえ。ここからはワシと優斗しか入れんようにしておる所じゃ」
99のランプが灯り、ドアが開くと、そこは真っ暗で何も見えない。
「ねえ、なにも見えないんだけど…」
「グハハハハ!見よ!」
バン! バン! バン! とスポットライトが照らすと、中央に丸い物体が見える。
「―――スイカじゃないか! なんだよ! 意味わかんないから!」
「いや~そういえば海で食べれんかったけえ、一緒に食おうや」
クロがスイカを食べなければ先に進めないと、言うので仕方なく食べる。
「よう冷えておるのう~優斗、塩いるかの?」
「別にいいよ。このまま食べるから」
二人でスイカ一個なんて食べれるかなあ……そろそろキツい。
「げぷっ……もうええわ。あとでスタッフがなんとかしてくれるじゃろう」
クロはよたよたと暗闇に行くと、手をかざした。
「見よっ!これが、対隕石人型兵器!DM-LN、ダモスウェルじゃ!!」
ズズズズと地響きが鳴り、大扉が開いていく。辺りを眩い光りが差し、その奥には……
巨大なロボットが! ずっしりとした巨大な足が威圧感を醸し出す。下から見上げると、顔が見えないほど大きい。体色は黒く光沢を放っている。
「これ―――なに?」
「うむ!これが巨大隕石を退けた、DM軍最強の兵器、ダモスウェルじゃ! スペックは、全長25メートル!体重は計測不可能!推進力不明じゃ! そんで、」
「クロ! そんなのいいから! これ、なに!?」
「これはのう、2005年に完成させた対隕石人型兵器じゃ。接近する巨大隕石をこの兵器で破壊し、世界を救った。そのパイロット、地球を救った戦士、優斗!おまえじゃ!!」
「パイロット!? ……僕が?」
「うむ。2008年におまえは、このダモスウェルで巨大隕石から地球を救った……じゃがの、過酷な戦いにより、その記憶はおまえから消えてしもうた。この事は世界政府、DM軍しか知らんのじゃが……。インターネット上に、おまえの情報が漏えいしてしもうての。巨大隕石隠蔽と、優斗をマスコミから守る為、謎の敵から『地球を救う戦士』として世界中に公表した。そして、DM軍第一支部が保護する事となったわけじゃ」
……とんでもない話だ。でも、巨大隕石ってなぜか既視感を感じる。
「ねえ、なんで…僕がパイロットなの?」
「そんなもん、ワシが知るかいや!ダーツで選ばれたか、シンクロ率が90%くらいあったんじゃないかのう!」
「じゃ……僕が死んだら?」
クロは間を開けて「なんもならんよ?」と答えた。
僕は家に帰り、インターネットで自分の事やWSPなど検索してみた。クロの言った事は事実であり、隠蔽されたと言われる巨大隕石の事はまったくヒットしなかった。
椅子の上で、グッと両手を挙げ背筋を伸ばし、鬱々とした気分を変える。
……2008年に僕は世界を救った。わからないのは僕が何故あのロボットのパイロットだったのか? 平凡で何の取り柄もない僕が。巨大隕石……既視感があったのは夢で見た気がするからだ。ははは、冗談にもならないや。
〈優斗。夜ごはん呼んでる。食べよ〉
「うん、ミドリ食べようか。アオも食べるだろ?」
「……食べる……ごはん」
寝そべっていたアオは、のっそりと立ち上がった。
―――結局なにもわからないまま、一週間が過ぎる。
「うぃーす!優斗、ミドリっち!」
「南川、おはよう。今日、早くない?」
「まあなー、今日、第二課は早朝訓練があってよー、かったりぃぜ」
〈南川。おはよ。元気?〉
「おう! 元気元気! ミドリっちは相変わらず丸っこいなぁ! 最近、謎の敵もこねぇし! 暇すぎだぜ。なんか起きねえかなぁ~」
「あんた、バカじゃない? 暇な事はいい事じゃん! 隕石にでも、アタマぶつけなよ!」
腰に手を当てた藤宮が、太陽を背に立ちはだかる。
〈優子、優子…おはよ〉
「やーん! ミドリたん、おっはよ! 今日も可愛いよ~」
ミドリに飛びつく瞬間、スルリと黒子の仮面が地面に落ちた事に気にも留めず、藤宮はミドリを抱きしめている。
すると、南川が何か思いついたように、
「優斗。もしも、もしもだぜ? 隕石が落ちて、明日、地球が滅びるとしたらどうする?」
「えっ?……別に…なにもしないよ」
僕は隕石という言葉にドキッとする。平常心を保つため、藤宮の黒子の仮面を拾い上げホコリを落とす。
「つまんねーなぁ。俺なら抗うね!俺が隕石を破壊してヒーローになるって筋書だぜ!」
「バカができるわけないじゃん! それじゃ、あたしはねえ……」
「藤宮、黒子の面かぶりなよ」
僕が藤宮に黒子の面を手渡すと「ありがと」と言い、面をかぶった。
「お菓子、いーっぱい食べて! 好きな人とミドリたんと一緒にいるんだ!」
「なに? 藤宮、好きな奴いんの?ひゃははは!」
「あんたじゃないから安心しなよ。死ね!」
藤宮はドスの利いた声で言うと、南川の腹にキックを一発入れた。
南川は「ぐふっ!」っと言い、その場にうずくまる。
……平和だ。このまま何も起こらなければいいと、僕はそう思った。




