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白の指輪伝説―バグを修正せよ  作者: くらげ
バグを修正せよ
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シャム兄とエリエールちゃん

 両親は恩人の名前をもらったって言っていたけれど、昔から友達どころか親まで『シャム』って省略するのが、とても嫌だった。


 子供時代は『シャム猫』やら『猫』やら呼ばれて……。


 実は今でもその顔も知らない恩人をこっそり恨んでいる。   


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 私らは荷馬車に乗って、かっぽかっぽとのんびり王都を目指していた。

 後ろの荷台には、野菜、果物と一緒に男の人が乗っている。……ついでに怪しげな薬も。


「辛かったら交代するから言えよ」


 荷台の後ろからそう言ったのは三十代くらいのおじさ……お兄さんはシャムローさんだ。

 さっきからマルスが『シャム兄』と呼んで、シャムローさんに怒られている。


「いや、大丈夫だ」


 シャムローさんはもともとマルスの村の出身で、小さい頃からトリスさんに勉強を教わってて、大学に通うためにシリウス=レイス先生の養子になったそうだ。

 ついでに言うとマルスのお姉さんの旦那さんのお兄さんらしい。

 微妙に近いんだか遠いんだかわからない親戚だ。


「何で大学に通うのに養子になんなきゃならないんですか?」

「大学に通うには結構な金がかかるんだよ。図書館も『農民』じゃ、入れないし」

 

 シャムローさんは荷台に積んでいるスモモをかじりながら、答えてくれる。


「って、商品かじるな」

「ちゃんといたんでいるのを選んでいるさ」 


 ついでに小ぶりな桃を私とマルスに渡してくれる。渡された桃は、下のほうがほんの少しだけ傷んでいるが、夏の太陽の下で一口かじると、甘い果汁が口の中いっぱいに広がって、初めて喉が渇いていたことに気づいた。隣を見るとマルスも不機嫌そうな顔で桃をかじっている。


 そこの住民じゃないと本を借りれないとかならわかるが、入るのに制限があるなんて……


「私らのところなら、図書館なんて誰でも入れるのに……。そんなに簡単に、養子とかなれるんですか?」


 みんながみんな貴族の養子になれるんだったら、貴族になってしまうだろう。


「まあ、もともとシリウス先生の父親が男爵ってだけだから。長男の養子ならたぶん駄目だったろうが、シリウス先生は三男だから養子になるにもそんな大層たいそうな手続きは必要なかったな。

 図書館に関しては……農民の識字率が低いんだ。そんな者には本なんて必要ないし、例え王族、貴族以外に解放しても、本を盗まれて売られるのが関の山と思われているんだろうな。 

 俺らの村もトリス先生が村に来るまでは、村長以外ろくに字を書けなかったし」


 シャムローさんが二つ目のスモモをかじった。


「でも、不思議なものだな。行き倒れていたトリス先生が、今度は行き倒れの女の子を拾うなんて」


「最初に見つけたのは俺だ」とマルスが抗議するが、私の方は別のことが気になった。


「行き倒れ?」

「そ。俺がガキの頃に村の前でばったり。そんでそのまま村に住み着いて、ロザリーさんと結婚して、正式に村の住民になったんだ」


 結婚するまではよそ者扱いだったのかな、などとぼんやり思っていたら、「帰れそうに無いんだったら、そのまま結婚しちゃえば?」 などと言われて、二人して「絶対帰ります!」「人の心配よりも、自分の心配しろ!」と怒鳴った。


「俺は仕事に生きるんだ」

「そう言っていると、レイス先生みたいに一生独身だぞ」


 そして会話が尽きた頃には、王都に到着していた。



「シャム兄がいると高値で売れるな」

「シャムって呼ぶな。今の時期あれだけ甘いのはそうそうないさ。

 もう少しふっかけても良かったと思うよ」

 

 貴族の養子になったって言うシャムローさんは、王都の物価に詳しいらしく、市場での交渉をしてくれた。


 野菜と果物、怪しげな薬を売り払い、紙とインク、村の人に頼まれていたこまごまとした品を買い込んで、レイス先生の家に向かった。


◆ 


「お兄様お帰りなさい」


 長くて艶やかな漆黒の髪と黒真珠のような瞳。目じりの端がほんの少しだけ上がっているせいで全体的に子猫のような印象がある。って、どっかで似たような人いなかったっけ。


「エリエールただいま」


「エリエール?」

「はい」


 十二・三歳だろうか、名前を呼ばれた少女は小首を傾げて返事をする。


 そうだ。

 ちょっと小さいけれど、髪の毛をおかっぱにすれば幽霊のエリエールさんにそっくりになるんじゃないだろうか?


「はじめまして。エリエール=レイスです」

「あの幽霊の子供?」


 エリエールちゃんの顔がほんの少し引きつる。


「そんなわけないだろう」


 マルスに軽くはたかれた。だって似てたんだもの。


「俺も森で見た幽霊っぽい何かがエリエールに似ていてびっくりはしたがな」


 幽霊っぽい何かって……。


「でも、レイス先生は結婚していないって」

「私はシャムロー兄さんと同じ養子です。

 赤ん坊の頃に森の奥に捨てられていたので、本当の両親の顔はわからないですけど」


 エリエールちゃんの顔には引きつった笑みが張り付いている。


 森の奥に娘を捨てた両親に怒っているのか、幽霊と同じ名前をつけた養父に怒っているのか、無神経な質問をした私に怒っているのか。

 もうこれ以上余計な質問はしないでおこう。


 エリエールのついでに思い出した。シャムローさんの名前、どっかで聞いたと思っていたら――


「シャムローさんの名前って死霊王子からとったの!? 」


 そう、レイス先生から聞いた死霊王子の名前が『シャムロック=ラハード』だったはず。


「いや。父と母を助けてくれた恩人からとったって聞いたけれど?」


 あれ? 思いっきり的はずれだったか。

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