親子の会話
せめてお休みの一言ぐらいは言っておこうか。
明日になれば、彼女は故郷に帰るかもしれないし……手洗いに行くついでだからな。
彼女の部屋の前まで来て、ふと気配に気づく。柱の影からじっと見つめる顔二つ(父&母)。
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「見事にぱっくり割れてるな」
トリスさんが、マルスの傷口を見て言うと、マルスは渋い顔をした。
「明日、行けるか?」
マルスの怪我は二針縫う怪我だった。
「今のところ、痛くないし、大丈夫だ」
「すまない。大事なご子息を」
「いいですよ。どうせ森の神々を怒らせたのはこいつなんでしょうから」
頭を下げるレイス先生とトリスさんの横で、マルスがほそりと「神なんていないだろ」と呟く。
なんか、さっきよりちょっと弱気な否定だ。
かまいたちに遭ったり、幽霊見たりしたら、まあそうなるか。
「僕はもう帰りますが、シャムローには二三日のんびりしていいと伝えてください」
シャムロー? どっかで聞いたことがあるような、無いような?
「サヤカさん。タイシカンとニホンのことできる限り調べとくよ」
そう言うとレイス先生は馬に乗って帰った。
その夜、部屋のドア越しに親子の心温まる……生暖かい会話が、漏れ聞こえ……しっかり聞こえた。
「なんで角からこっち見ているんだよ」
「だって」「なあ」
「お兄ちゃんがあんなだから、あんたの恋愛事情が気になるのよ」
「これが子どもできやすくする薬で、こっちが子どもできにくくする薬で。
あ、産み分けの薬もあるよ。お父さんの希望としては女の子がいいな」
「息子に怪しげな薬薦めるなあああ!!」
その前に、部屋の前で怪しげな会話するなあああ!!
◆
翌朝
「で、マルスのお兄さんって、どんな人?」
ピシっと固まるマルス。
知らんふりもできたが、もし今日帰れなくてまたこの家に泊まることになるのなら、毎晩部屋の前であんな言い合いされたら困る。
「聞いていたのか?」
「さすがに部屋の前で怒鳴っていたら、ね。 あれで聞こえないと思うほうがどうかしているけれど?」
マルスはため息をつくとお兄さんのことを少しだけ話してくれた。
釘を刺すのが目的でお兄さんのことはどうでもよかったのだが、こっちは話を振った側なのでおとなしく聞いた。
「超がつくほど、女嫌い。もし遭っても絶対、兄貴の視界に入るなよ。
うっかり殺されるかもしれないからな。遭うことないだろうけれど」
荒れた道を優しくエスコートしてくれるトリスさんの息子が女の人を殺す?何の比喩だ。
「ところでさ、あんたん家、そういう薬、常備しているの?」
「父さんが趣味で妖しげな薬作っているだけだ!」
まあ、その頃は私もまさか噂のお兄さんに遭うことになるなんて思っていなかった。