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白の指輪伝説―バグを修正せよ  作者: くらげ
バグを修正せよ
7/38

魔女、あるいは侍女

 曰く、裏切られた魔女は王子を恐ろしい姿に変え、姫を大鍋で煮たそうな。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「やあ、久しぶり」






「……って、レイス先生って、電波な人」

「……君の言っている意味はわからないけれど、たぶんんそんな感じ」

 

 レイス先生は、誰もいない空に向かってにこやかに手を振った後、木の根元に真っ赤な薔薇を置いて、ティーセットを取り出して(木工細工なので、一応割れることはない)、人数+一人分の茶を注ぎ始める。


 見たところそれなりの地位のある人だから、ここでちゃんと仲良くなれば、王都だかに行っても滞在費とか浮くかなとか思ってたが、こんな電波に付いてどっか行くなんて、絶対無理!


 急に風が吹き、薔薇の甘い香りが、鼻をくすぐる。


「ああ、怒らせちゃったようだね」


 って、何を!?


「紙、飛んで行ったぞ」


 茶をすすり、マフィンの一個目にかぶりついていたマルスが私の手の辺りを指して、そのままあさっての方向を指す。


 紙?

 

 そういえば、手に持っていた死霊王子の絵が、いつの間にか無い。

 途中から持っていること忘れていたからなぁ。さっきの風で飛んで行ったようだ。

 

「すみません」

「ああ、家に帰れば、いくらでもあるから」

  

 次は、髪がくしゃくしゃになるほどの風が吹き抜ける。

 いや、今のはただの偶然、ぐうぜん。


「そういえば、真夏なのに少し寒いな」


 マルスがにやにや笑いながら言う。

 

「も、森の中だから、ちょっと涼しく感じるだけでしょ?」


 そういえば、ここに近づいた途端、犬が吠え出していたな。

 マルスに『おすわり』って言われてからはおとなしいけれど、レイス先生が見ている方向と同じ方をじっと見つめているのがほんの少しだけ気になる。


「で、何が聞きたいんだい」

「今更だけれど、王子の話をして、怒らないですか?」


 伝説によれば、魔女は王子に裏切られたとか。

 幽霊なんて信じているわけじゃないけれど、念のため。

 

「王子への配慮を忘れなければ」


 配慮? 


「死霊王子の手がかり、何でもいいんです。どこに行けば会えますか、って聞いて」


 せっかく手がかりを持ってそうな人に会ったのに、そいつがお空とお話しする人なんて……半分あきらめながら適当に言う。


「『死霊王子の呪いは解けて、体は大地に還りました』って」

「悪役退治する前に、滅んじゃってたら、どうやってゲームクリアするのよぉ」

「『死霊王子は悪くない。人をゲームの悪役にするなんて何事ですか』って非常に怒っているな」


 いや、さっきの絵を見る限り、化け物じゃん。


「『ゲームの悪役』って、元から御伽噺の悪役だろう」


 マルスが思いっきり馬鹿にしたように鼻を鳴らす。途端一気に空気が冷えた。


 犬が吠えて--



「ぱっくり」


 悲鳴を上げるより何より、反射的に呟いてしまう。

 マルスが私の視線を追って自分の腕の傷を確認し、次いでこちらをぎろりと睨み付ける。


 心配もせずに『ぱっくり』と言ったのが悪かったのか?

 でも、見事に腕がぱっくりと割れてしまっているんだもの。

 肉が覗いているわりに、血は一滴も流れていない。世に言うかまいたちか?


「エリエール、やりすぎだ! を傷つけちゃ駄目だろう」


 レイス先生が空に向かって叫ぶ。なんか、ここ・・に来て、初めて魔法ぽい現象を目撃した。


「エリエール嬢は、『カッとなって申し訳ございません。マルス様』と頭を下げている」


 マルスは「ああ、そうかい」とレイス先生から顔を背ける。

 今の怪奇現象に思いっきり納得していない顔だ。


「村に帰って、手当てをしなければ。エリエール嬢、悪いけれど今日は帰らせてもらうよ。また来る」


 レイス先生はそう言って、真っ白なハンカチをマルスに渡した。


 ティーセットやら、何やらを片付けて、ふと振り返ると、半分透けて見える女性が宙に浮いていた。

 きれいに切りそろえられた真っ黒なおかっぱにお約束メイド服。子猫の目を思わせる瞳、唇には薄く紅をひいている。


 見えたのはほんの一瞬で、彼女・・が丁寧に頭を下げた途端、強い風に視界を奪われ、顔を上げたときにはもう溶けて消えてしまっていたけれど。


 マルスも見てしまったようで、あんぐり口を開けている。



「痛くない?」

「心配するのが遅い。まあ、痛くはないけれど」

「君がいけないんだよ。王子を悪役って言うから」

「ただのアカギレだし、木のうろが木漏れ日の影響でそれっぽく見えただけだ」


 あかぎれだけであんなぱっくりいくか? その上、夏なのに、あんな大きなあかぎれができるだろうか?


「あの、エリエールって言うのは?」

「ああ、あの女性ひとの名前だよ。王子の侍女だった」


 レイス先生の顔にほんの少し切ない表情が浮かぶ。


「魔女じゃなくて、侍女?」

「魔女でもあり、侍女でもある。死んでから魔法を覚えたらしい」

「はっ。魔法なんて」

「まあ、幽霊も魔法も信じたい人が信じればいいさ」


 結局、収穫は『王子は滅んじゃっている』と言うことと『魔女は案外美人だった』ということだけ。

 王子に騙されても、『王子は悪くない』って言うけなげな娘じゃないか、エリエールさんは(いや、実際に聞いたわけじゃないけれど)。

 あんな美人を平気で騙す王子ってどれだけ性悪しょうわるなんだ。


 森を出る頃、薔薇の香りが届いたような気がした。


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